24-1話 児童図書館
幕生が消えた後、張り詰めた緊張の糸が解けたように力が抜けた。
予想以上に侵入してきた男から嫌な気配を感じていたのだろう、ドッと汗が吹き出した。
承諾したとはいえ、予定外だった幕生との約束もできてしまった。本当はFFLの続きでもと思ったが、居間の時計は午前三時を指そうとしているところだ。浴槽には入らずにシャワーで汗を流し、もう寝ることにした。
翌日、携帯のアラームで目を覚ます。
意識していなかったが、アラームはスムーズ状態になっており何回か寝ぼけて押していたようだ。
画面を見れば、時刻は10時半。慌てて跳ね起きて支度をする。
伊上の家から児童図書館はやや距離がある。このままなら自転車を飛ばしてもギリギリだ。
ジーンズと半袖のシャツを引っ張り出して着ると、一番時間のかかる寝ぐせ直しに取り掛かる。
伊上の寝ぐせは一回つくと寝ぐせスプレーでも中々直らず、いつも苦戦するのだ。
なんなら水を軽くつけても直らない。
今日は手っ取り早く全体にお湯をかけ、ドライヤーで乾かす。
普段なら面倒でやらない行為だ。
髪が乾くと同時に、伊上はリビングにいる母親に口早に出かけてくると言い、家を飛び出し自転車で爆走した。
児童図書館。この町の歴史の中でもかなり初期からある施設だ。
海静高校の開校前からあると言われるこの施設は、一番最初に建てられた小学校の児童のために作られたと祖母から聞かされたような記憶がぼんやりとある。
何回か改装・補修され、蔵書数も多いため今でも小中学生がよく行く場所だ。
「つ、ついた…」
ゼーハーと肩で息をしながら、駐輪場に自転車を停め、正面玄関にある像の前に着いた。像は子供の周りを鳩が飛んでいる構図のブロンズ像で、タイトルは『飛翔』らしい。
「キョーコ」
周囲には注意を払っていたはずだが、幕生は背後から不意をつくように伊上に話しかける。
「…びっくりした。何も脅かさなくたっていいのに」
反射的に身体を跳ねさせてしまった伊上がやや不満そうに呟くと、幕生はニカッと悪戯っぽく笑って
「ごめんごめん」
とどこか嬉しそうに謝った。それでもすぐに昨日のような神妙な顔つきに戻り、先陣を切るように『行こう』と言ってと玄関の扉を押して開けた。
幕生の服装は学校に居る時と同じ学ランだが、色は真っ白だ。学ランのタキシード?というような訳の分からない例えになってしまう。
職員さんにはやはり幕生の姿は視えていないようだった。こんな奇抜な恰好をしていれば、好奇の視線を向けられるだろうが、そんな仕草を見せる人は誰もいない。
伊上は靴を下駄箱に入れ、さっさか行ってしまう幕生を追いかける。
幕生は二階の図書スペースの真ん中でピタッと立ち止った。
「…何か分かる?」
唐突に問いかけられたが、答えは解る。
居るのだ。人ではない存在が。
昨日の男のような存在ではなく、学校のダンジョンで遭った澄川のように微弱な何かが紛れ込んでいるようだ。
伊上が小さく頷くと、幕生はやや口角を上げ『合格』と言うのだった。
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