22話 追い払ってくれた

【ねえ、何してんの?】

幕生は全く感情のない声で、もう一度男に問う。

その声とは裏腹に、男の首に添えられている傘がゾワゾワと目に見える形で変形していた。

真っ黒な傘が、日本刀のような形に変わっていくのだ。

《おお、怖いですねえ。少し遊んだだけではないですか》

男は伊上から手を外し、クルッと幕生の方へ身体を向けた。

あまりにも鮮やかな動きで、プロの道化師を想像させるような身のこなし。

ヘラヘラと嗤う男の首を、瞬時に幕生は無言で斬り落とした。

「ちょ、幕生君…!?」

「大丈夫、このくらいじゃアイツは死なない」

ボトッ、という生々しい落下音と共に男の頭は落ちたのだが、横になっていた首は自立するように起き上がり、伊上と幕生のことをまた気味の悪い、不快な笑みでニタァと嗤う。


キシッ、キシシ―――。

そんな嗤い声を男の頭が上げると、切り離された男の身体が無数の小さい黒虫となりダイニングを飛び回る。

黒虫の群れは頭の周囲で幕となり、すぐに元の姿に戻っていた。

斬られたのが嘘だと思えるくらい、男は平然としている。

身体が元通りになると、男は満足そうに歪んだ笑みを見せて手をパチパチと嫌味に叩いた。

《貴方様も、大切な存在を見つけられたのですねえ。心より祝福申し上げます》

男が一礼するのを見てから、幕生はうんざりした表情で

【帰ってよ。早く】と冷徹な声で促す。

《ええ、ええ。帰りますよ。失礼いたしました。お嬢さん、さようなら。

男はそう言い残し、また無数の黒虫となってフワリフワリと天井をすり抜け消えてしまった。

黒虫が完全に消え去るまで、幕生は黒刀を構えたまま伊上を護るように警戒していたが。気配を感じなくなると形状を傘に戻した。

「…ごめんね」

幕生の第一声は、謝罪だった。

先ほどまでの凍り付いた顔とは違い、心の底からしょんぼりしているようだ。

「なんで謝るの?来てくれたから助かったのは私の方なのに」

幕生が来なければ、あの男は徒に伊上を殺していただろう。

だが幕生には、伊上の言葉が意外だったようで照れ隠しのように顔を一瞬背けた。

…隠しているつもりだろうが、耳まで赤くしている。まあ、そこは突っ込むのは野暮だろう。

「やっぱり、キョーコのこと巻き込んじゃったから。本当は、ダメなのに」

「巻き込んだ…?もしかして、学校で頼んできた『浄化』に関すること?」

別に怒っているわけではないのだが、自然と声のトーンが下がってしまった。

これでもまだ心臓がバクバクと脈打っているのだ。

幕生は傘を不思議な力でポンと消し、委縮した顔つきで『うん』と頷いた。



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