16話 刑事さんの過去
「私は海静高校の15年前の卒業生なんですよ」
ということは、30代。だがこの刑事からは年不相応の落ち着きを感じる。
あの状況を見ても、どこか達観したような目線を向けていた。
まるで一度、同じような状況を見たことがあると言っているような顔をしていたとも言える。
「刑事さんは海静出身なんですね」
「ええ。小学生の時に母に学園祭に連れていてもらった日から、将来の第一志望校だったんです。難関高校ですから勉強に付いていくのは大変でしたがね」
単純に家が近いからという理由で選んだ伊上とは対照的だった。
海静高校の学祭は市内でも有名で、その規模の大きさから市の祭りと形容してもいいくらい盛り上がる。
出店は丘を渦巻くように百店以上展開され、舞台や合唱コンクールなどもノンストップで開演しているのだ。
中日には運動部の男子が学校伝統の神輿を担ぎ、町内を一周する。
元々海静高校はとても自由な校風で、制服も用意されているが着るか着ないかは個人の自由だ。周囲の煩雑な女子学生は、制服が可愛いからと言っていたような気がする。伊上が着る理由は、勿論服を選ばなくていいからだが。
勉学の難易度が特別高いとは思っていなかったが、頭を使わせるいじわる問題は確かに多く出題される傾向かもしれない。
「私は頭がいい人間ではなかったのですが、なんとか入学できましてね。これから充実した高校生活を送れるのだと思っていました。そして、実際最初の一年間はそうなっていました」
「一年間は…?」
「その一年間で友人もでき、部活も充実していました。でも、その期間は突然終わったんです」
刑事は目を瞑り、少し考えてからまた口を開いた。
「二年生の春から、突然先生たちに疎まれるようになったんです。特に問題も起こさず、課題提出も怠けたことはなかったのですがね。そう、伊上さんを取り押さえて喜々としていたあの方たちと全く同じ異常な眼差しで私を徹底的に敵視していました」
今でも覚えている、と刑事はワイシャツの袖を捲った。そのやや太い腕は、所々に薄い縫合跡。何回も整形手術を受けたのか、やや骨が変にガタついていて痛々しい。
「体罰がまだ合法でしたからね。色んな先生からリンチ寸前の体罰を何回も受けたんです」
失礼、と呟いて刑事は肘まで捲った袖を元に戻し哀しそうに微笑んだ。
「その次は、友人が私から距離を置くようになりました。ただのクラスメイトからは無視され、時には汚い言葉で罵られましたね。『この悪魔め』と。自分が何をした、と一回切れたことがあったのですが、その際に返された言葉は『呪いをかけて人を殺している』『他のクラスの友人に怪我をさせた』と身に覚えのない上に訳の分からないものでしたからね」
同じだ。全くもって伊上と同じ状況が、この刑事にも起きていたのだ。
腕を見て、体罰の凄惨さが伝わってくるのだから。
ただ、若かりし日の刑事はその学生時代に気づいていたことがあるという。
「友人たちは、助けようという心を強制的に縛り付けられているような、複雑な表情をしていたんです。何か行動しようとしたら、縫い付けられるような。友人たちにも耐えがたいものだったらしく、皆感情を無くしていきました」
「…刑事さん、本当に私と同じ状況だったんですね。心中お察しします」
特に表情を崩さず、相変わらず凍り付いたような眼差しではあるが、伊上なりに伝えるために頭を一度深く下げた。
「一つ、お訊ねしてもいいですか?」
「なんですか、伊上さん」
「その異常に嫌われるようになる前に、隕石が近くに落ちたことはないですか?」
幕生は隕石が落ちたために、ダンジョンができたといっていた。
伊上の憶測だが、隕石の効果は一時的で常に在るものではないのでは?と思ったのだ。
警官は少し考えて、何かを思い出したように手をポンと叩いた。
「冬休みの間に、近くの山に流れ星が落ちたというのがありましたね。小さい石ではあったのですが、街中に結構大きな音が聞こえましたね」
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