12話 なんだかよく分からない

幕生曰く、ダンジョンというものに時間の概念はなく、現実でも入った時から時間経過はないという。

「キョーコには、まずここの浄化をお願いしたいんだ」

未だ抱き着いたまま、幕生は囁く。

だが何故だろうか、伊上にはその言葉を丸飲みにしていいか悩ましくなった。

それはほんの僅かな棘のような刺さり方で、気のせいと言えなくもない。

「時間は取らないから。ね、お願い」と彼は畳みかけるように懇願してくる。

「『まず』ってことは、他にもあるの?」

伊上が疑念を掃うために問いかけると、幕生はさして躊躇いもなく『うん』と言った。

「だんじょん化したのは、ここだけじゃないよ。この町だけでそれなりの数があるんだ。で、それぞれ管理者がいるんだけどその中には暴走しちゃってるのもいてね…」

大抵は無害なダンジョンであるらしいが、<悪手>を打たれたダンジョンの管理者は危険な存在になるという。

「僕はこの町のだんじょん管理者を纏めてるんだけど、そういう危険な管理者を止めるのも役目の一つなんだよね。だけど僕にはその管理者に対する<悪手>しか打てないから困ってたのさ」

「<悪手>」って?」

素朴な疑問を述べただけなのだが、幕生はその答えを言うことに抵抗があるようだ。

少しの沈黙の後、幕生はまたキュッと伊上を抱く手に力を入れる。

「…だんじょん管理者を、殺すこと。でもそれは一時的な平穏になるだけでなんの解決にもならない、寧ろ悪化させることになるんだ」

幕生の言葉に、おどけたものは一切ない。『真実だ』と伊上はすぐに理解し、思わず唾をゴクンと音を立てて飲み込んだ。

「まあ、そこに行くのはもう少し先の話かな。危険な管理者は積極的に命を狙ってくるから、今はここでキョーコがどのくらいの力を持っているか確かめたいの。ああ、勿論僕はキョーコのこと、守るよ」

また道化のように掴めない声色で、幕生は伊上の耳元に囁いた。

「とりあえず、今日は返してあげるね。キョーコが願えば、『入口』を出すから!それじゃあ、またね!」

「え、ちょっとまtt…」

伊上が一つ小言でも行ってやろうとおもったが、いつの間にか伊上は旧校舎の管理人室前に放り出される形で戻ってきていた。

立ち上がりゲートがあった扉前を確認したが、ダンジョンの姿は見えない。ただ古びた扉が佇んでいるだけだ。念のため管理人室を開けようとしたが、しっかりと鍵がかかっている。

「なんなの、ほんとに…」

伊上がぶつくさ言いながら一階に上がろうと歩き出した時、暗がりで見えていなかった足元に何かが当たる。

人や動物の身体に当たったような、嫌な感覚。

「狩藤先生…?」

管理人室側の階段影に、狩藤の遺骸が転がっていた。

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