11話 幕生のお願い
あまりの気味悪さに、伊上は反射的に幕生のことを振り払おうとしていた。
そんな反応をしてはいけないことは頭で分かっていても、身体と本能は拒絶している。
一度は伊上からやや吹き飛ばされる形で離れた幕生だが、クスクスと笑った後に懲りずにまたフワリと伊上に近づき、肩周りにギュッと先ほどよりも強く抱き着いた。
【僕さ、キョーコのこと気に入っちゃったんだ】
肩に顎をもたれかけ語るその顔はやや頬を赤らめ、茶化した告白の言霊ではないことを示していた。
その言霊は相変わらず不気味だが、声色は朝に教室で聞いたあの声と全く一緒であったことを思い出す。
今まで現実の人間に好意というものを向けられることが皆無だった伊上は、その態度こそ本音であることは分かっていても、どう反応するべきかまるで見当つかずに無表情で硬直していた。
それでも頭は困惑しつつフル回転させ、何かしらの言葉を導き出そうと必死になっていた。
「本当はすぐに現実に返してあげなきゃいけなかった。キョーコは悪いことをしていないし、ここに来てしまったのはあの担任にホールに突き落とされたからでしょう?
生身の善人は、ここには来られないはずなのに入ってきちゃったんだから」
「…」
「でも、キョーコはここに巣くっている悪意も、解決されなかった未練も救い上げて浄化できた。まるで『答え』が分かっているように」
後者は幕生の言う通りだ。榎木の残留思念やサコの悪意に対する言葉も、澄川への言葉も、全部なんとなく『こう言えばいい』というのが分かっていた。そしてその言葉や態度を示すことで、何らかの状況変化が起きることも、だ。
浄化かどうかは分からなかったが、管理者の幕生が言うのならば結果的にそうなっていたのだろう。
幕生の言葉は、先ほどまでの飄々とした声色に戻っていた。
「浄化は、僕にもできないことなんだ。ましてや、思念だけになった者は最期の感情に凝り固まっていて説得なんてできやしないはずだった。…だから、浄化に協力してほしい。ここには悪人だけじゃなくて、澄川さんのような残留思念もいるから」
お願い、と幕生はキュッともう一度伊上の背を抱きしめた。
正直、あまり受けたくはない。趣味への活動時間も奪われるだろうし、そもそも他人のことにあまり首をつっこみたくもない。
だがそう思う反面、何かができるならという気持ちが不思議と湧いている。
今まではそんなことはあり得なかったのに。
「…私はあまり気が向かないけど」
ボソリと呟くと、幕生は『現実時間は取らないから』と小さく笑った。
こいつ、分かってやがると伊上は気づいた。
学校の思念でいつでも生徒を見ているのなら、趣味の本をこっそり授業中に読んでいることも知っているのだ。
盲点だったと悔しがると同時に、薔薇色の趣味を愛読していたことを知られていて冷や汗をかく。
「ここは現実時間とは全く切り離されているから、僕が送り返せば現実では時間は入ってきたときから変わっていないよ」
だから大丈夫だよ、と幕生はまたニヒッと笑った。
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