9話 考察と邂逅
この異空間で何人かに会って分かったことがある。
その人たちへの『正解』を伊上が提示することで、この世界から『消す』ことができるようだ。
この『消す』という行為が正に働くのか、負に働くのかはまだ分からない。
だがここにいる存在は、答えを求めている。
澄川と大賀は『学校の敷地内で死んだ』ことでこの学校の形をした異空間に迷い込み、先に会った榎木はあの少年に引きずり込まれたことで切り取られた意識をこの異空間に残しているのではないかと伊上は推測した。
まだ確定ではないが、伊上が例外的に生身でこの異空間にいるだけで他にいる生徒はただの思念ではないか。
澄川と大賀が粒子になって消えた時も、なんとなくこれで正解なのだ、と初めに思ったのだ。
もう少し、この学校の構成を知りたい。
そう思った伊上は、開いた理科室の後ろドアから廊下に出た。
「…ん?廊下がさっきと違う?」
古びていたはずの廊下に、変化があった。
やや新しく見える白い壁に、光の射す明るめの廊下には、まるで学園祭の開催時のように手作り感のある看板や華々しい飾りが張り付けられていた。
『一年二組』の表札は変わらずにあるが、廊下から覗くと教室は最初に入った時と変わっていない。覗くことはできるが、施錠されており入ることができなくなっていた。
だが教室の中に、一人少年が机に腰かけて足をプラプラ遊ばせているのが見えた。
「あの子、突然現れた…子?」
初めて見たときの恰好と同じ服装をした少年は何やら機嫌が良さそうにしているが、その目は黒板をただ意味もなく徒に眺めている。
集中しているわけでもなく、かといって何も目的がないわけでもないように見える。
少年が気になり、伊上はもう一度引き戸に手をかけたが、やはり糊でくっつけられたように動かない。
それならばと戸をやや音が出る程度に叩いたが、少年は反応を示さなかった。
『焼きそば!焼きそばありますよー!』
『綿あめ食べませんか!!』
突然廊下の両脇から、宣伝の声が大きく聞こえ出す。
先ほどまで誰もいなかったのに、いつの間にか廊下ではセーラー服や学ランを着た学生が密集していた。
ぶつかると思ったが、生徒たちは伊上をすり抜ける。
やはり生きている人ではなく、別の存在のようだ。
人に気を盗られた後、もう一度教室をみると少年の姿はなかった。
戸が閉まっているのだから、出ることはできないはずなのだが…。
【ねえ、お姉さん。僕と一緒に学祭回らない?】
突然かけられた声に驚き、柄にもなくピョンと肩を跳ねさせてしまった。
肝の座っている伊上なのだが、不意に声をかけられることだけは反応してしまうのだ。
声の主は先ほどの恰好から学ランに着替えただけの、教室にいた少年だった。
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