9-2話 彼に敵意はないみたい
少年は手に綿あめを持ちながら、飛び跳ねてしまった伊上に右手をそっと差し出した。手には食券と思われる、カラフルな紙が何枚か握られている。
「あの時榎木さんを連れて行った子、だよね?」
不意を突かれて状況把握に必死になっている伊上の一言目はその言葉になっていた。
最初に学ランの胸元に目を向け、名前を確認しようとしたが少年はバッジを付けていない。
未だ心臓がやや早く鼓動している伊上の様子を見て、少年は食券を一度ポケットにしまい、大賀のようにクヒヒと悪戯っぽく笑う。
「やっぱり、すごいや!ここにいても、僕を見ても君は冷静なんだ」
少年が突然綿あめを宙に放り投げると、舞っている間に嘘のように消えた。
最初に話しかけてきた際の頭に直接響くような声も、今は普通の発声に変わっていた。
「あの人、榎木っていうんだ。そうだよ、僕がここに連れてきた」
「何故?」
伊上が問うと、少年はきょとんとした顔をする。
「だってあの人、えげつないことばっかりしてるでしょ?お姉さんの目を刺そうとしたのが決定打になっただけで、他の人にもいっぱい仕掛けてるし」
あっけらかんとする少年の気持ちと相乗するように、彼の身体はふわっと宙に浮く。
やはり只の人間というわけではなさそうだ。
「僕はね、この学校の【管理者】なんだ。だから、ずっと君たちのことは見ているし、話も聞こえる」
空中に浮いた少年は、そのままふわふわ動いて伊上の肩に抱き着いた。
人に触れられているというより、僅かに質感のある人の形をした空気の塊が当たるような感覚だ。
「君たちはここを<異空間>…巷ではだんじょん、と呼んでるんだっけ。よくわかんないけど、なんかカッコいいよね!」
一気に話を進めてくるが、どこか掴みどころがない。
ただ一つ分かるのは、今はこの少年は伊上に対しては悪意を向けていないようだ、ということだ。
背後に回られた瞬間、榎木のように何かしらの攻撃を受けると覚悟していたのだが、事は起きなかったのだから。
まだ表情のない硬直気味の伊上を解そうとするように、少年はベタベタと張り付いてくる。
「…あの、あんまりスキンシップ取るのは遠慮したいかな」
控えめにそう伝えると、少年は『そっか』と残念そうにはしたもののすんなりと離れてくれた。
「ここのことと、貴方のこと…教えてくれる?」
再び目の前に立った少年にお願いをしてみると、ニッと少年は笑った。
「嬉しいな!学祭一緒に回ってくれるんだ!」
少年は逸る気持ちが抑えられんと言わんばかりに、早く早くと伊上の手を引くのだった。
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