8-6話~還ろうか、もう還れるよ~

『アンタは勘が良さそうだ』と大賀はいたずらっぽいようで少し真面目さも含んでいるように呟いた。

「大賀君は…」

澄川は自然と呟いてしまい、慌てて口を手で軽く覆った。

伊上が考察したことを聞かないといけないんだった、と思い返したようだ。

「ごめんなさい、つい呟いちゃった」

「全然。寧ろちょっと澄川さんにはきつい話かもしれないけど…」

不思議そうな顔をする澄川を、大賀が優しく背後から抱きしめた。

「大丈夫」

大賀がそう答えると、澄川も小さく頷いた。

「どこから説明したらいいかな。まずここは、何らかの思念の世界だと思うの。私の世代は異空間と呼んでいたけど、本質は違うような気がする」

「思念の、世界…?」

「この学校に在籍していた生徒で、何かしらの強い感情を抱いた人の思念が、この空間に取り残されているって感じかな。だから本当は死んでいる大賀さんもここにいる」

「澄川が居るのは…」

大賀はその先を言いたくはなかった。顔を曇らせたということは、大賀は分かっているようだ。

「…澄川さんは、もう死んでるの」

「私が…死んでる?」

「サコっていうあの外道に突き落とされた時にね」

澄川は目を丸くしていた。自分があの時、死んでいた?

思えば確かにおかしい点はあった。

時間の流れを感じず、ずっと隠れているのに体力の消耗も全くなかった。

触れる、という感触も伊上に対しては感じられていなかった。

「澄川さんは<帰りたい>という思いと、大賀さん…あなたが死んだということを飲み込めないでいたんじゃないかな。だから、思念がこの空間に迷い込んだ…もしくは飲み込まれてしまった」

『大賀さんもサコに殺されたんでしょ』と伊上は付け足した。

「ああ、そうさ。俺の薬をすり替えたのは、サコの奴だった。知ったのはここに来てからだ」

グラウンドで倒れた時点で、大賀は重篤な状態だった。

救急車が来る頃には、こと切れていたのだと言う。

だが、大賀の意識はこの校舎内にいつの間にか居た。

出ようと校舎を探索したが、外に出ることは叶わない。

偶に別の生徒を目撃するが、ゾンビの様に虚ろな顔をして無反応か、逆に殺意が高く、巨大なハサミのような得物を持って襲い掛かってくるかのどちらかだった。

校舎を何週巡ったかは分からない。

ある時、この理科室を通るとあの忌々しいサコの大きな自慢声が聞こえてきた。

『振り向かないのが悪いのよね。遺骸は私のグループで買い取って剥製にしましたの』

ホホホと取って付けたように上品ぶっているが、会話は相変わらず下衆だ。

引き戸から中を見るが、サコたちはいない。

どこから声がしているかも分からない。

それでも、その言葉が『真実』であると疑わなかった。

また何度か理科室の前を通ると、今度は胸が締め付けられるような感覚になった。

澄川が泣いているのを見たときと同じものだった。

澄川が理科室にいる、と直感した大賀は教室に入ろうと試みたが、今この時までどれだけドアや引き戸に力を入れても開くことがなかったと教えてくれた。

「アンタは俺たちと違って思念じゃないのは何となく分かるよ。アンタが居てくれたから、俺はここに入れたんだろうし。…ありがと」

もう一度大賀は澄川を柔和に抱きしめ、伊上に頭を下げた。

「そっか。…そっかあ。私、死んじゃってたんだ。帰りたかったのは、そういうことだったのかなあ」

澄川は穏やかな表情ではあるが、どこか寂しさを感じさせる。

「…でも、なんでサコの奴もここにいたんだろう?」

「相応の報いを受けたんじゃないかな」

伊上は涼しい顔をして、サラッと口にした。

「報い?」

「この学校には、意志がある気がするの。神様が見てるじゃないけど、悪い存在は許さないんじゃないかな」

なんでもないような顔をしている伊上を見て、大賀は豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに『違いない』と笑った。

「やり方は強引かもしれないけどね」

「だな。でも、そのおかげでみすずに会えてよかった」

クヒヒ、と悪戯に笑った顔は、あどけないものだった。

大賀が笑うと、二人の身体が淡い白色の粒子に変わっていく。

サコや榎木のように、邪悪なものは一切感じない。

「あんがと、えっと…」

「伊上さん、ありがとう」

大賀の言葉を付け足すように澄川が呟くと、二人の粒子は天井をすり抜けてスウッと

小さな流星のように流れて消えていった。


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