第8-2話 異空間探索~少女の名前~
少女はいかにも気弱そうで、表情に乏しい伊上のこともやや警戒しているようだ。
悪意がないことを証明するために、意図的に表情を柔らかめにしてみる。
「貴方から少し話を聞きたいな。暗い部屋で机の下なんかにいたら、ずっと気が滅入るよ」
ほら、と伊上が優しく手を差し伸べると、少女は少し悩んだ後に恐る恐るその手を握って机の下から出てきた。
少女は机の下に入れるだけあってかなり小柄だった。見たところ140㎝半ばくらいだろうか。だが顔は小学生のような落ち着きのない幼さがあるわけではなく、大人びた印象を受ける。
彼女の制服は今は廃止になったこの学校のセーラー服で、所々悪意を持ってハサミのようなもので切られていた。
露になった足と腕には何箇所か古い絆創膏が張られ、根性焼きと思われる火傷跡が痛々しい。
恐らくこの少女はいじめを受けていたのだろうと、伊上は察した。
「名前を聞いてもいい?」
あくまで傷のことには触れずに少女に問いかけると、『澄川みすず』と小さな声で返事をしてくれた。
「お姉さんは、なんていうの?なんでここにいるの?」
「伊上境子。担任にここに入れられちゃってね」
「入れられた?迷い込んだではなくて…?」
澄川によると、彼女は気が付いたらこの異空間にいたようだ。
入る際に異空間のゲートなど存在せず、あの学校の景色に溶け込んでいつのまにか迷い込んでしまうのがこの場所らしい。
「私、この学校から出られなくなっちゃったの。家に帰りたいんだけど…ずっと学校の中を巡らされるだけだし、それに」
「…それに?」
「嫌な人たちにされたことを何故か鮮明に思い出しちゃって、怖くて動けなくなっちゃうの。私、ずっと理科室を隠れ場所にしていたから、ずっとここにいたの」
「いつからここにいるの?」
「ここ、時間っていうのがないみたい。だからお腹も空かないし、疲れたっていうのも不思議とない」
澄川の言葉に、少々食い違いがあるような気がする。
伊上は明確に体力の消耗を感じていた。朝を食べる習慣もないため、今は空腹になっている。
「…本当に外に出たい?」
そう尋ねると、澄川は複雑な表情をする。
「出たい。出たいけど…でもまた、あの子たちは…」
根性焼きの痕が付いていた左手をぎゅっと庇うように強く握る澄川は、見ていて痛々しい。
『あーあ、面白い!次はどこ切る?』
『それより一発腹パンでしょ!購買でご飯買えなかった罰で!』
「あ…!ああ…!!」
伊上にも明確に聞こえる、悪意に満ちた下衆な嘲笑。
トラウマを掘り起こされた澄川は頭を抱えてしゃがみこみ、やめてと繰り返しながら泣いて震えている。
悪意の塊は理科室の扉を乱暴に開け、ぞろぞろと数名のいかにも底意地の悪い顔をした女学生となって入り込んでくる。
『みーつけた、みすず!』
伊上は澄川の前で女学生たちを鋭い目つきで牽制する。この女学生たちは榎木よりもどす黒い、腐った性根であることを本能で感じていた。
『あんたのせいで私たち、散々だったんだから!』
そういってリーダー格の女学生は、長袖で隠していた右腕をばっと見せつけてきた。
その女学生の右腕は、全体がひどい火傷のせいでカラカラのミイラのようになっていた。
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