明日買うブラは女子高生用

ユリィ・フォニー

プロローグ

夜の11時が過ぎた。

私はヘロヘロになりながら街灯の少ない夜道を会社からの帰りで家へと向かっている最中だった。

(今日も残業疲れた…)

毎日当たり前になった深夜までの残業の嵐。

その上給料は増えない。

「ああー会社辞めたい!」

むしゃくしゃしながら私は電柱を一発殴る。

もちろん反動で痛い。

「うぅ〜…」

あまりの痛さに手を擦りながらしゃがみ込むと誰かいたことに気づく。

黒の髪が首先まで伸び、学校の制服らしきものを着ている子で、着ているシャツやらスカートやらから下着が無防備にも覗いている。

「だ、誰…?でもいいか…。おおーい君こんなところで寝ちゃだめだよ」

周りに誰もいなかったうえ置いていくわけにもいかないのでとりあえず少女を起こすことにする。

「んん…ここは?」

「あ、起きた」

2、3回肩を揺らすと少女は起きて目をこすりながら、

「こんばんは。お姉さんが起こしてくれたんですか?」

「うん。さ、早くかえりなさい。お金がないなら貸してあげるからタクシーにでも乗って」

「む、無理です!」

少女は拒んで私の袖を掴む。

「わ、私家出少女で帰る場所がないんです…。・・・泊めてもらえませんか?」

少女の発言に少し戸惑う。

「と、泊めるって…別に私の家じゃなくてもいいじゃない」

「お、お金使い切っちゃって…昨日までネットカフェにいたので」

「・・・」

私は悩んでいた。

引き取ってあげるのは問題ないが、それが何日も続く可能性がある。

でもこのまま置いて行ったら邪な感情を持つ男が連れて行くかも知れない。

「・・・あなた高校生?」

「はい!和泉妃里音って言います。お姉さんは会社勤めの人ですか?」

「ええ。高校生引いとるのも怖いけど、いいわ。1日くらいならうちに来なさい」

「ほ、本当ですかっ!ありがとうございます!」

「しっ。声が大きい…。ご近所に迷惑でしょ」

「はっ」

妃里音ちゃんという少女は口を手で抑えて頷く。

「ついてきて」

「はいっ」

妃里音ちゃんが私の手を握って隣で歩く。

(距離感どうなってのよ…)

最近の高校生だからか、妃里音ちゃんだからか、遠慮が少しなさそうに驚きつつも、私は安心していた。


(家に誰かを連れてきたのっていつぶりだろう…)

当てのない記憶を遡ってみると、何年か前に両親を読んだ時だった気がする。

それだけ一人の時間が好きっていうわけじゃないけど、両親と過ごす時間もあまり好きじゃなかった。

でも静かなよりも私は多少うるさい方が好きだった。

「お姉さんどうかしましたか?」

「ううん。誰かが家にいるのって珍しいなって思って。それに妹もいないからなんか新鮮」

「そ、そうですか。なんか照れます…」

「照れるて…。ほらここの部屋で休んでて。簡単なモノだったら作るから」

「え?料理ですか?」

「うん。私もご飯食べてないし、明日休みだから食べてそのまま寝ようかなって」

「私も手伝います!」

「い、いや…私がやるからあなたは休んでて…」

「いいです!それに泊めてもらうんですから少しくらいお手伝いさせていただきます!」

「そう?あなたがいいならいいけど…。それじゃあキッチンに案内するわ」

リビングを通ってキッチンに行く。

「冷蔵庫から適当に具材出すけど苦手なものある?」

「ないです」

冷蔵庫からにんじん、玉ねぎ、レタス、じゃがいも、ベーコンを取り出す。

「これくらいか…。明日買い物行こう」

「いいですね!荷物持ちします」

「あなたは明日になったら家に帰りなさい」

「・・・いやです…」

「話が違うんだけど?」

「ここは出ていきます…。でも家には帰りません…」

妃里音ちゃんは頑なに家に帰ることを拒んだ。

(何か理由でもあるのかな…?)

切った野菜を茹でながら、

「・・・理由…家出の理由って言ってくれる?」

「・・・」

「無理しなくていいから…」

促すように言ってみると彼女は口を開いた。

「・・・学校で…レイプされました」

レイプ…それは当事者間の合意のなしで性行為あるいは性的暴行にさえもなる行為をするものだった。

「だ…誰に…?」

「先生です…。部活の。急に襲ってきて…それで…私力も弱いから簡単に思うのままにされて…それで爪を刺したんです」

「爪?」

「はい。レイプされただけならまだ私が被害者で済んだけど、思った以上に爪が先生の背中に食い込んでしまって、傷になったんです。それで正当防衛って証明できなくて、それだけでも吐き気が抑えきれなかったのに…両親が警察署に来た時私を叩きました」

「・・・」

「私耐えられなくて…親だったらわかってくれるって思ってたのに、だから家から逃げようって決意して今日まで逃げてきました」

かけてあげられる言葉が見つからなかった。

人はみんなそういう経験をしたことがなくてテレビや新聞では実際にそんなことがあるくらいには知っているけど、心のどこかで『私には関係ない』と思っている。

そんな思いがこうした犯罪を呼ぶ。

「・・・私たち…似てるのかもね」

「へ?」

ふと…思い出したくなかった記憶が蘇る。

「何年か前電車で痴漢されたの。もちろん最初は誰かに助けてもらおうとしたけど、周りの人は見て見ぬふりをしてた。だから一発その男を殴ったの。そしたらその衝撃で顎が折れたみたいで私が警察に突き出されたわ。幸い男は痴漢を認めて私は釈放されたけど、その時あなたの両親がそうだったように、私の両親も冷酷だった。周りの目を気にするような人たちだったから、私を外に出すのが恥ずかしいって毎日ぼやいて…だからここの家に逃げるように来たの。ここは昔おじいちゃん家で場所も知ってたからすぐ来れたわ」

「え?じゃあここにお姉さんが住んでるってことは…」

「ううん。知ってると思う。あの二人のことだから今更厄介が居なくなって清清してると思う」

「そんな…」

「人間案外そんなものかもね。・・・ポトフできた。スプーン持ってきて」

「は、はい…」

「紅茶とコーヒーどっちがいい?」

「紅茶でお願いします」

紅茶はパックに入ってる茶葉から味をお湯にかけて出す。

やがて出し切って味がなくなる。

現実はそうとも限らない。

私や妃里音ちゃんがやった行為は誰からも見えないけど、自分の心に中には永遠と粘りついているものだから。

「どうぞ」

「ありがとうございます。美味しい…」

「外寒かったからね。あなたが満足するまでそばにいる」

「・・・」

妃里音ちゃんのそばに行く。

小さく震える肩を私はそっと抱きしめる。

「泣いていい…。ここにはあなたを傷つける人は誰もいないから」

私が欲しかった言葉だったのかもしれない。

泣き叫ぶ彼女を撫でながら、私も一粒涙を流した。

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