08.別れと再会
あれから数時間経って、空はとっくに紺色に染まった頃。僕達はやっとこの前話を聞きにきた隣町に着いた。きっとあのおじさん達は今夜も盛大に飲むんだろうし、顔を合わせると厄介だなと思っていた時、よく見知った空気が辺りに充ちる。気付けば僕は、その空気の中心に向かって勢い良く走り出していた。僕はこの時、何よりイアンを大事にすべきだって気付けなかったんだ。
走り出して数分。その男はシャツの上に白衣を羽織ったいかにも医者ですといった格好をしていた。見た目じゃ絶対に気付けないだろうな、こいつが悪魔だなんて。僕はその男に世間話でもするみたいに話しかける。
「あれ、もしかして貴方は隣町に越してきた腕の立つというお医者様では?」
その時、空気が一瞬にして変わった。
「如何にも。そういう貴方は、」
行く先々で俺の事を嗅ぎ回っていたおかしな悪魔だな?
僕の背筋が凍ったのとそいつが動き出したのは同時だったと思う。本能が命の危機を叫んでなんとか躱すも、争いは避けられなかった。
僕も悪魔ではあるが、あいつが言ったように僕は人間らしく生きていたおかしな悪魔だったからいかんせん戦いにくい。鋭い爪はこまめに削っていたし、牙は元よりないからあるのは翼くらいで、逃げる以外の方法がない。
避けながらどう勝てば良いのか策を練っていた時、その悲劇は起きた。僕が避けた攻撃のその先に、後から追いついてきたリアムがいたのだ。気付いた頃にはもう遅かった。
「っリアム‼︎」
突然の出来事に避けられるはずもなく、その攻撃はリアムに直撃した。細い体がスローモーションで倒れていくのに僕の腕はリアムに届かない。
ドサッと大きな音がしてあの綺麗な顔や服を土が汚していく。僕はもうアイツの事なんてどうでもよくなってリアムに駆け寄った。アイツは最初から僕を殺そうとまでは思っていなかったのか大事になる前に逃げようと思ったのか、僕が目を離した隙にいなくなっていた。
「なあ、リアム、リアム!」
ぐったりとしたリアムは僕の声に応えない。かろうじて息はあるものの持って数分だろう。殺したのが医者なんてどんな皮肉だ?
目の前で死ぬのがこんなに苦痛なんて。頼むよ、何かの奇跡でも起きてさっきまでの元気な姿になってくれ。
「なあ、リアム……イアン、お願いだ」
名前に反応したのか違うのか、リアムは虫の息ながらに声を発した。
「ティム」
「リアム?」
「ごめん、また、待たせちゃうね」
リアムが口にした言葉を理解したいのに、頭の中がぐちゃぐちゃで全然分からない。また? まさかこんなタイミングで記憶が戻ったっていうのか?
リアムには僕の言葉を待つ時間がない。そんな事はリアムも理解していて、僕の事を待たずに話し続ける。
「次、こそ、思い出してみせるから。おねがい、待ってて」
「待って、イア……」
それが最後の言葉だった。酷いよな、言い終わるなりそのまま逝っちゃうなんて。
僕はリアム……いや、最後はイアンだったか。彼の亡骸を抱えてどうする事もできずに座り込んでいる。悲しい、苦しい、辛い。怪物にもこんな感情って湧くんだな。笑いが込み上げてきた。もはや笑う事しかできない。
いつまでそうしていたか、気付けば雨が降り出していた。周りの木々も僕もイアンもびしょ濡れで、濡らすのはかわいそうかと屋根のある所に移動する。ちょうどその家から出てきたのは見た事のある顔だった。
「……あれ、公園のお兄さん?」
「は?」
突然の反応に上手く言葉が出るはずもなく、そっけない声が出てしまった。しかしその若く見える青年は僕の声色に微塵も興味を示さずに話を続けた。
「あの空を飛んでたお兄さんでしょ? 公園で男の子二人と話したの覚えてません?」
たった一日だと覚えてないか……と言いながら僕の目をまっすぐ見る青年。公園、男の子二人……そういえば、前のイアンは少年だったんだっけ。そういえばいたな。
「リック……だっけ。もう五十年くらいは経ってるはずだけど、若く見えるってよく言われない?」
「はは、貴方こそ」
よければどうぞ、とリックは僕達を家にあげてくれた。聞けば一人暮らしをしているらしい。雨も相まってもうだいぶん冷えてしまったイアンの事を何も言わずにタオルで包んでくれて、僕にも『部屋が濡れるから』なんて言ってシャワーを浴びさせてくれた。
僕がシャワーから上がった後、リックは暖かいココアを出しながら僕に話しかける。
「正直聞きたい事だらけですけど。何から聞いたらいいんですかね」
そう聞いたリックは僕に興味があるのか疑うくらい平然とココアを飲んでいた。僕も何から話していいか、そもそも何を話せばいいのか迷って口を開けずにいる。見かねたリックが質問を投げかけてきた。
「……お兄さんは、不死身みたいな感じなんですか?」
「いや、不老だけ、じゃないかな。死ぬには死ねると思ってる。本当のところはどうだか分からないけど、羽や特徴から見るに悪魔とかかなと思ってるよ」
「ああ、それで飛んでたんですね。僕も空飛ぶ人間は初めて見たから不思議だったんです」
あまりに普通に受け入れるリックに僕は目線が動かせなかった。それに、なんだかその物言いに疑問を感じる。何かが普通と違うような、違わないような。
そんな僕の心の中を読み取ったかのようにリックは語り出す。
「僕、いつもリックとして記憶を持ったまま生まれ変わるんです。前々回はあの後流行病にかかって幼いまま死にました。何度も生き直すから中身だけで言えばもうおじいちゃんもいいとこなんですよね」
そう言った表情は眉ひとつピクリとも動かなくて、ここで冗談だと言われれば信じてしまうだろうなと思う。
そして、その話を聞いた瞬間僕はイアンと出会うさらに昔を思い出した。
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