07.遥か昔の懐かしい話
次の日。イアンは何故か眠たげな顔で現れた。いつも綺麗に着ている服も少し着崩れていて、呂律も少し怪しい感じだ。少し座ろうと言ってどうしたのか聞く。
その話を聞いて僕は心底驚いた。
「昨日変な夢を見たんだ。なんだか、女の子が死んでいて、悪魔みたいに怖くて綺麗な男がいて、そいつと何かしていた気がする。もうぼんやりとしか覚えてないけど、なんか赤色が頭から離れない」
それは何人か前のイアンだ。僕が後悔している時の。もしかして探偵になったのもその記憶に引き摺られて……?
僕に夢の内容を語るリアムは不思議で何とも言えないというような表情を浮かべていた。リアムに前世やらを説明してみようかとも考えたけど、ひどくやつれているように見えるしきっと混乱してしまうなと思い留まる。
その夢の混乱が落ち着いて眠気も覚めた頃合いで、僕は昨日の話を伝え始めた。
「昨日聞いた話だと、え〜っと……」
「待て、昨日?」
「あ」
そういやリアムには何も伝えてない。なんて説明しようか迷うけど、あまり考え込んでしまってはまた疑われるだろう。ここはテキトーに誤魔化すか。
「あの後他の街では被害が出てないのか調べるために少し出かけたんだよ」
「僕も誘ってくれればよかったのに!」
「思い立った時間が遅かったから……次から誘うよ」
酷くご立腹の様子だったが『次から』という言葉で溜飲が下がったのか、リアムは「それで?」と話を促してくる。
「その町の人によると、隣町……その町の隣な。そこに若い医者が越してきたらしい。それで病状を少し聞いただけですぐに治せるんだと。昼は引っ張りだこで夜くらいしか落ち着いてる時がないらしい。怪しいだろ?」
僕の言葉が腑に落ちないのか、リアムは晴れない顔で疑問を口にした。
「それってただ腕がいいだけじゃないのか? それに、そんなに忙しいなら夜はゆっくりしてるだろ。それと人殺しがどう繋がるんだよ?」
リアムの考えは正しい。というか調べて普通の人間ならそれでいい。でも僕の勘がそいつの事を疑って仕方ないんだよな。普通の人間なら夜に休まないと体が保たない。でも悪魔なら話は別だ、数日なら寝なくたって何の支障もない。医者って隠れ蓑もそれらしいし……問題はそれをどうリアムに伝えるか。そのまま伝えてもまた混乱させるだろうし、どう暈せばいいものかな……。
「そうだな……リアムはお化けがどうとかいう話、信じるタイプ?」
突然の問いに頭を捻るリアム。けど答えは案外早く返ってきた。
「僕が信じる信じないに関係なく、実在するとしたらいるんだろうなと思ってる」
「へぇ」
正直意外だった。『怖いから信じない』とか『いたら面白いな』とか言うかと思ってたけど、僕が思っている以上にリアムは大人なのかもしれない。
「それがどうかしたのか?」
「いやね、正直十人に言って一人信じてもらえるかどうかって話をしなきゃいけなくてさ。でもさっきの言葉を聞いて安心したよ」
よく聞いてね、と僕は言葉を続ける。
風がさあっと吹いて、町には誰もいなくて、僕達二人の世界みたいだ。いつか草原で話した時もこんな感じだったっけ。
「君が今、僕と一緒に追っているやつは“悪魔”なんだ。……悪魔について、何か聞いた事はある?」
「……正直、あまり。何故かそういった話をする事も、本なんかを見かける事もなくて」
見かける事もない? 確かに本屋の一角で物好きのために売られている事がほとんどだし、気にして見ていなければ見かける事はないかもしれないけど……そんな事ってあるのか? そもそも悪魔について知ってるのか? たぶん、ほとんどの人が『人を破滅に導く存在』だとか『何か怖いもの』くらいの悪い認識はあるものなんだけどな……
でも逆に都合がいい、と言えばそうだよな。変に怖がられたりしない分話もしやすいし印象操作もできるだろう。こういう偏見がないところがイアンらしい。
「そうだな……一般的には、あまりいいものとしては広まってない。僕は人間と同じでいろんな悪魔がいたら面白いのになと思ってるけどね」
僕の話をリアムは静かに聞いて、知ろうとしてくれている。少しだけ救われた気持ちになるのは嫌われなかった安堵からだろうか。
「一般的にはどう広まってるんだ?」
「……う〜ん、人を悪い方に誘惑する存在、みたいな。とにかく悪い存在って広まってるかな」
そう伝えた時、それで皆みたいにすべての悪魔が悪いやつって思われたらどうしようってちょっと怖くなった。知らないからどうも思わなかっただけならどうしようって。
でもリアムの反応は僕が思ってたのとは違った。
「それって実際にそうなのかな?みんなが勝手に怯えてるだけだったりしてさ」
その言葉にどれだけ希望を見たか、どれだけ僕が君からのその言葉を渇望していたかなんてきっと君は知らずに生きていくだろうけど、僕はその瞬間、そう言ってくれた事に本当に救われた。
「そうだと、いいよね」
探偵名乗るなら相手の声色くらい聞いといた方がいいよ?こんなに分かりやすい涙声でバレないなんて、ホント心配になるな。別に気付いてほしい訳じゃないしこんな意味分かんない感情気付かなくていいけどさ。
リアムは僕から聞いた悪魔についての知識を噛み砕いて理解しようと頑張っている。そしてある程度区切りがついたのか僕の方を向いた。
「じゃあつまり、今回は本当に噂通りの悪魔が暴れ回ってるって事?」
「暴れ回ってる、というよりは遊び回ってる、かな。無駄に長生きできてしまうみたいだし暇つぶしって可能性もあるし。それは本人に聞かないと分からないけど」
「長生き、か」
……?
「もし、長生きできたらティムはどうする?」
は、イア、ン……?
「僕、は」
言葉が、出ない。僕と君以外の時間が止まったみたいだ。だってそれは、僕の言葉だろ。なのに思い出した素振りは全くない。頭がおかしくなりそうだ。
「……僕は、たった一人、大事な人が横にいてくれればそれでいい」
心から漏れた素直な言葉だった。あの時のイアンみたいに可愛らしい事は言えなかったけど、本当にイアンさえいれば何もいらないから。
それを聞いたリアムは、少し目が潤んでいる気がした。
「そっか。僕もそう思うよ」
その時のリアムの気持ちなんて僕には欠片ぽっちもわからないけど、僕達はその時、確かに心が通じ合ってた。
どれぐらい経ったかな。きっと現実じゃ一、二分しか経ってないんだと思うけど、体感で五時間くらいの流れを感じた頃にリアムが口を開いた。
「その医者がいる町ってどれくらい遠いの?」
あぁ、そういえばそういう話だったな。もはや忘れてた。
「えー……っと、どれくらい、か。三時間くらい?」
「何でそんなに不安げなんだ?」
流石に飛んで行ったから分かりませんとは言えなかった。土地勘がないと必要な時間ももちろん分からない。正直本当に三時間の距離なのか全く自信がない。
「僕、土地勘とか本当になくて。町の名前も場所もよく分からないまま旅してたから」
僕の言葉を聞いたリアムは僕に遠慮なくケラケラ笑い出した。
「君にもそんな可愛らしいところがあったんだね」
「別に可愛くないだろ……まぁ、方向くらいしか分からないし笑われても仕方ないけど」
そう言うとリアムは自信ありげに「任せて!」と胸を叩いた。初めてリアムが頼もしく見えたよ。
そうしてそのまま僕達はその医者の家を目指して歩き始めた。
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