06.ティムの偵察

 それから僕はイアンに怪物云々を抜いて話せる範囲の事を話した。当然イアンに心当たりはなく、僕の目の前で頭を抱えている。アイツも空を飛べるんだからイアンの目には入らないだろうな、イアンはいつも目の前の事に一生懸命だから。

「この町には別にわざわざ来たくなるような施設なんかもないし、旅の人もあなたくらいしか見かけてないんですよね……」

「じゃあアイツは夜襲う時にしか来ていないんじゃないですか? 実際僕もこことは違う場所でばかり見かけていましたから」

「それじゃ見つけようがないんじゃ……悲鳴が聞こえてからでは遅いでしょ」

 それはイアンの言う通りだ。悲鳴が聞こえてから動くというのはつまり死人を出すって事。じゃあ先に見つけておけばいいだろ? そのために僕がいるんだから。

「僕はアイツの事を結構長い間追ってたからある程度狙われる人間が分かります。そこは僕に任せてくれれば」

 正直悪魔の直感というか人外だからこその感覚で見分けられるだけだけど、それは言わないでおこう。

 そうして明日また集まり直すという事でその日は解散した。


 その日の夜、僕はまた一人“散歩”に出ていた。アイツが本当にまだこの辺をうろついているのかを確かめたかったのと、この辺の地形をある程度知りたかったから。

 この町の人間は夜に出かけるような不用心な事はしないようで、人どころか街の明かりすらない。もしかしたらイアンの言っていた事件で警戒が強まってるのかもな。だとしたら余計に疑いをかけられてしまうと思い、くるりと引き返して宿までの道を歩き始めた。

 次の日、イアンはよく眠れたのかとてもいい笑顔で現れた。

「いやあ、ここ最近は悩み詰めてたから! あなたのおかげでよくねむれましたよ!」

「まだ何も解決してませんけどね」

 しまった、つい口に出してしまった。そう思ってイアンの方を向くと「確かに! その通りですね!」なんてケラケラと笑っていた。その気楽さでよく探偵なんて始めたなと思いつつ本題に入る事にした。

「今日は狙われそうな人を探せばいいんですよね?」

「はい! まずそこが分からないと守ったりもできませんから」

 イアンは次に狙われる人を守る事が第一優先みたいだった。僕はアイツをひっ捕まえるのが目的だからズレてると言えばズレてるんだけど、いざその瞬間が来た時にうまく二手に分かれられそうだからまあいいかな。

 意気込んでるイアンにどこから当たるのかを聞き、僕達二人は歩き出した。

「そういえばあなたの名前を聞いてませんでしたよね。僕はリアムです! あなたは?」

 イアン……リアムに言われて思い出した。今まではほとんど偽名を伝えて関わる事が多かったんだけど、今回は突然出会ったから名前を考えてなかった。時間もないし面倒だし、素直に答えてしまおうか。

「僕はティムと言います。リアムさんですか、素敵な名前ですね」

「ありがとうございます! ティムさんこそいい名前じゃないですか!」

 そういえば毎回イアンは僕の名前を褒めてくれる。どこかしらの記憶に昔のが刷り込まれてるのか?まさかな。

 そう思いながら、少しの間雑談に花を咲かせた。

 だいたい三十分ほど歩いた頃、少し疲れた僕達はベンチに座りながらも過ぎ行く人達を見るが、そもそも女性の人通りが少ない。これも警戒しての事なのかもしれないが、僕達にとってはあまりに不都合すぎる。

「今日は全然女の子が歩いてない! いつもオレンジを売ってくれる子だってひょろっとした男の人に変わってたし!」

 イアンも同じ事を考えていたようで、大声で不満をぶちまけた。道行く人の視線が痛い。

「確かに人が少ないですよね。皆さん警戒してるんでしょうか」

「ええ、三人目の犠牲者が出た辺りでみんな家から出なくなりました。最近は頻度が下がってきたので人通りも少し戻ってきましたけど」

 やっぱりそうなのか……待て、今『頻度が下がった』って言ったか? という事は、もう別の町に場所を移し始めてるって事じゃないか!

 イアンが気付けるはずがない。だってアイツの事を最近やらかしてる人殺しくらいにしか思ってないんだから。頻度が下がっただけと思って当たり前だ。

 だったら僕が空を飛びながら探すしかない。だからイアンには適当に理由をつけて昼の捜査を切り上げた。

 夜。僕は一人黒の中にいた。イアンの話ではもう次の場所で獲物を探してるような感じだったし、少し遠出した方がいいかもな。

 僕はもう隠す事にも慣れた翼を広げて、次に行く方向を考える。そうだな、前にいたのは……? あっちか。その前は…………あの山の方? え〜っと? つまり……だんだん向こうの方に行ってるって事?

 自分の方向音痴さに呆れながらも向かう方向を決めた。行ってダメなら戻ればいいやって考えて町を目指し羽ばたき始めた。

 着いた町は人で栄えていて、酒場もだいぶ遅くまでやっているようだった。

 気付かれないように町の端で降りて、歩いて町へ入る。陽気なおじさんが若い見た目の僕に気付いて話しかけてきた。

「よォ兄ちゃん、こんな遅い時間にどうしたァ?迷子かぁ?」

 ヒック、としゃっくりをしながらビールを片手に持つその姿はどの町でも共通なんだなと思いながら、向こうから話しかけてくれるなんてこれ幸いとその人に近付く。

「そうなんです。旅行で別の町に来ていたんですけど、ぼーっと散歩していたらどっちから歩いてきたかも分からなくなっちゃって」

 取って付けたような理由を話せばそのおじさん達はガッハッハと僕を笑い飛ばした。そんな面白い兄ちゃんは初めてだ! 奢ってやるから飲め! と強引に僕にビールを持たせ肩を組む。一周回って気持ちのいい人達だな。

 僕はいただきますと言ってから話を戻す。

「それで、自分で言うのもなんですが戻るのにも時間がかかるでしょう? なので宿を探そうと思って来たんです」

 そう言えばおじさんは笑いながら「飲み終わったら案内してやるよ」と言ってくれた。ここまで酔いが回ってるならもう本題に入って良さそうだな。

「そういえば、僕がいた町では最近若い女性ばかり狙われる殺人事件が続いてるんですがこちらにはそういった話はないですか?」

「兄ちゃんとこもそうだったか!」

 おじさん達ははやっと頼れる相手を見つけたと思ったのか、泣きそうな顔で堰を切ったように話し始めた。

 彼らの話では、突然何の前触れもなく女性が殺され始めて、いつも血塗れで駆けつけた頃には死んでいるらしい。それと、騒ぎで目を覚ました子供が遅れて家を出た時、背の高い男?のような人型の何かが空を飛んでいたと。その話を聞いて僕はアイツで決まりだなと確信した。イ……リアムか。リアムとの捜査も少し進みそうだ。

 その時、おじさんは興味深い事を口にした。

「そういえば関係あるかは知らないが、隣町に若い医者が越してきたらしいぞ」

「なんでもすごい頭がいいらしくてなあ、ちょっと話を聞いただけで病気を当てちまってすぐに治るんだと」

「すげえよなあ。でも頭がいいって事は生かすも殺すもその手次第だろ?」

 隣町の若い医者。つまり不老で長生きをしてるって事だろうから悪魔かな。吸血鬼なら昼には出られないだろうけど、一応そこも聞いてみようか。

「へえ、じゃあ昼は引っ張りだこなんですかね? ここ最近は冷えてきて体調を崩す人も多いでしょう」

「そうらしいね。家から出られないような人の所にも出向いて、夜くらいしか落ち着いてるとこを見ないって聞いたよ」

「夜くらいしか……それは大変そうですね」

 黒だ。これで明日の方向性は決まった。その後僕は適当に相槌を打って、綺麗に話を流して宿に案内してもらった。もちろん宿には目も暮れず飛んで帰ったけどね。


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