02.その男の謎
あの後ティムは横暴な態度で「お前の家に住ませろ」と言ってうちに転がり込んできた。家に着くなりまるで探偵のように家中隈なく品定めして、それが終わるとソファにどっかり座って「水」。普通なら苦言の一言でも零すだろうが、なぜか怒る気は起きず僕の足は素直にキッチンに向かっていた。
「はい、水」
ティムは水を一目見て、何も言わずに受け取った。その視線に違和感を覚えたけど、それが何か分かるほど僕はティムの事を知らなかったし、それを気にするほどでもなかった。
「服、綺麗だね。とても身分が高そうに見えるけど、本当に水でよかったの?」
会った時から抱いていた印象をそのまま伝えると、そこに返ってきた返事は意外な物で。
「あ? 別に高貴なご身分の奴らだって水くらい飲むだろ」
そう言ったティムの顔には疑問の表情だけが浮かんでいた。僕が不思議に思った事なんて何も伝わっていなくて僕まで不思議な気分になる。
「その言い方だと、ティムはそういう身分じゃないってこと?」
僕の言葉を受けて少し体が跳ねた。まるで嘘がバレた子供だ、そう思った。
「……身分がなんだよ、お前に関係あるか」
「いいや? 別にないね。どうせ人殺しに変わりはないし、高貴な身分だとしても今更敬ったりできないよ」
そう答えると、なぜかティムは大声で笑い出した。こんな夜中に、片田舎の一軒家でなければ今頃大家に摘み出されていただろう。
「ああ、やっぱり! お前はそういうやつだと思ってたよ!」
「どういうやつだよ……うるさいから静かにしてくれ、怒られないとはいえ夜中だぞ」
「ふは、悪い悪い、だってお前がさあ!」
あまりに変わらないから、って言葉の意味は流石に聞けなかった。でも無邪気に笑う子供みたいな顔は嫌いじゃないなって、また一つ懐かしい気持ちになる。
その日から僕達の変でちょっと愛しい生活が始まった。
「おいティム、せめて片付けくらいはしろって言ったよな?」
「なーんでお前の言う事聞かなきゃいけないわけ? あと五分したら片付けるつもりだったし〜〜」
あれから数日、ティムと生活して大体の事がわかった。とにかくテキトーって事だ。こっちの話なんて聞きやしないし、ああ言えばこう言うの典型例。
一つだけ分からないのは、
「それはティムが居候だからでしょ……僕は別に君が宿無し飯無しになったって構いやしないけど?」
「え、……ああもう、わかったよ、片付けますよぉ」
見放すような態度を取ると分かりやすく動揺するところ。流石に出会ったばかりで好かれているなんて自惚れる事はできないけど、こいつが宿無し飯無しで狼狽えるのも想像がつかない。となると、僕に何かを重ねているのか。
その辺りまで考えてティムの方を見る。さっきまで散らばっていたはずのコップやゴミも出しっぱなしの本も思っていた数倍綺麗に片付いていて、やればできるタイプか……と認識を改めた。
「どうよ? 綺麗だろ?」
「うん、最高。毎日昼と夜にそれしてくれるだけで僕は満足なんだけどなあ?」
そういうとティムは「しょうがないなぁ、やってあげてもいいけど?」なんてちょっと嬉しそうな顔で言ってくる。こういう子供っぽいところ、ズルいよな。
「そういえばティムってさあ、あの日なんでパン屋にいたの? なんか朝からいなかった……?」
ふと思い出して聞くと、ティムは案外あっさり答えてくれた。
「朝ぁ? 朝は暗いとこで寝てたけど? お前なんかよく分からんもんでも見えんの?」
「見えないけど……いつからパン屋にいたの」
「ん〜、三日前?」
「それでお前のスペースが空いてたんだな……」
朝の違和感はそういう事だったのか。だとしても、あの子を殺す理由ってあったか?
「お前には悪いけど、殺したのは気まぐれだぜ? 特にお前や世間様が好きそうな理由はない」
ティムは僕の心を透かしたように言い当て、そこで話は途切れた。
……そういえば、どうやらティムは僕が眠った後にこそこそと出掛けているみたいだ。物の位置が寝る前と変わっていたり、単純に朝家にいなかったり。本人に聞いても「散歩に出たらそのまま寝ちゃった」とか普通はなさそうな返事しか返ってこない。ティムならやりかねないから嘘だとも言えず飲み込んだんだけど、やっぱり何かしてるんじゃないか?
悶々と考え込む僕を見ても、ティムは何も声を掛けてこなかった。
その日、ティムの事を知るために僕はある作戦を考えた。まず、いつも通りの生活を過ごす。そして怪しまれずに床に就いた後、家を出たのを確認したらその後を尾けるっていうプラン。いやあ、完璧すぎるな!これなら絶対に成功する!明日から仕事もバッチリかもしれない!
考えたプランを反芻しながらティムが出ていくのをじっと待つ。なかなか出ていかないな、いつもそんな遅くに出ていくのか?そう思っている内に、ゴソゴソと準備をした後静かに家を出て行った。作戦決行だ!
意気揚々として家を出た僕は、すぐに自分のプランの甘さを思い知る。
「あれ、いない! ……あ⁉︎そうか、あいつ……‼︎」
空が飛べるんだった……!飛ぶのは想像してなかった!そうだよな、だってあの夜天井に張り付いてた!そんな事を考える間にも黒く大きい翼でティムは遠くに行ってしまって、もうシルエットもよく見えない。
これじゃ計画の全てが崩れてしまう。でもこのまま家に引き返すのも気が進まない。せめてと、僕はアイツが飛んでった方向に向かって歩き出した。
「ティムのやつ、どこまで飛んでったんだよ……もうじき隣町を抜けるぞ……」
歩き疲れて頭が回らなくなってきた頃、周りの景色は少し栄えて緑が増えて、そこからまた少し廃れてきていた。緑は色を失い始め、木はどんどん小さくなっていく。次の町までで見つからなければ引き返そうと思っていた時、ふと少し遠くにあいつのプラチナブロンドの髪が見えたのだ。
「ティム……?」
そう呟いた瞬間にこちらを捉えた鮮やかな“赤”を見て、立ち尽くす以外にできる事はなかった。
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