知れば知るほど恋に落ちる ③
放課後を告げるチャイムの音がなり、私は帰るために教科書などをカバンにしまう。今日からテスト前1週間前ということでどこの部活も休みだ。テスト休みということをいいことに遊びにいく子や家でゴロゴロする子もいるだろうけれど、私は赤点などとって大会に響かないように勉強するつもりだ。
一応テスト休みに入る前から部活が終わった後勉強をしていたので、おそらく赤点は回避できると思う。それにしてもこれから勉強するにもどうしようかな。奈緒はどうやら西野と一緒に勉強をしているみたい。どういう経緯で仲良くなったのかはわからないけれど、二人の邪魔をするのも悪いし、奈緒は誘わないでおこう。
かといって一人で勉強するのも正直辛い。私は誰かと一緒に勉強することでやる気がでるタイプだから、一人だとあまり長時間勉強できずすぐに飽きてしまうのだ。さてどうしたものか、と考えていると和也が席を立つのが見えた。
「和也、よかったらこれから一緒に勉強しない?」
そうだ、和也なら普段から勉強しているみたいだから勉強会とかも嫌がらないかも。一人で黙々とやるタイプでもその時はきちんと断ってくれそうだし。
「悪い、俺放課後の勉強会とかは無理なんだ。ほら、あの家のことで……」
そう言われて私ははっとした。そうだ、和也の家学校からかなり遠くにあるんだった! あの時から触れずにいたからすっかり忘れてた。ちょっとした寄り道くらいなら問題ないのかもしれないけれど、勉強会ってなったら結構時間かかるから。
「よかったら今度の休日に一緒に勉強会しないか? どっか喫茶店でもいってさ」
「いいの? じゃあそうしましょう」
詳しいことは夜メッセージを送って決めようということになりその場でさようならをした。今日は男子たちと一緒に駅まで帰るみたい。やっぱり男子からも好かれているわね、まあお人好しで面倒見がいいからそれはそうか、なんて勝手に納得しながら私も家へと帰る。
帰り道を一人で歩いている時、ふとそういえば和也と事前に約束をして集まるのなんて初めてだと気が付いた。そして着ていく服どうしよう、私おしゃれなの持ってないなんてちょっと焦ったところで、自分がなんでこんなことを考えているのか不思議に思った。
だってただの勉強会で、和也はただの友達だ。何も意識することなんてない、そのはずなんだけどどこか落ち着かない自分がいることに気が付いた。そんなふわふわとした、なんとも言えない感覚を抱えながら家に帰り、夕飯までぼんやりとしたままとりあえず教科書を開いていた。
夜になってお風呂から上がると、和也からメッセージが届いていた。今度の休みに集合する場所と時間を決めようとのことだった。私はあまり長く集中できるタイプではないため、そこまで長い時間は行わず短時間集中でやろうと提案。和也も帰宅時間が遅くならないためそれでいこうとのってきた。
そして場所は和也がおすすめの学校近くにある喫茶店へ行くことにした。集合場所と時間を決めて最後におやすみ、と入力して会話が終わる。なんだかそのおやすみ、という文章がむず痒いように感じるのはなぜだろうか。今日はわからない感覚でいっぱいだ、と思いながら私はそのメッセージをじっと見つめてしばらく過ごしたあと、軽く勉強をして眠った。
「結局いつもどおりの格好になっちゃった」
約束の休日に私は姿見に前で何とも言えない顔をした自分を見つめていた。白のカットソーに細めのジーンズ、腕時計に髪型はいつも通り後ろ側で一つに結う。正直お洒落なんて興味がない私はいつも白黒コーデで無難に決めている。そのためカラフルな服もほとんど持ち合わせていないのだ。
まあでも別にただの勉強会だし、気にしない気にしない、なんてどこかで自分を言い聞かせてスニーカーを履いて家を出る。外の強い日差しを浴びながら駅まで向かい、電車に乗る。そういえば和也のおすすめの喫茶店ってどこなんだろう?学校の近くみたいだけれど、詳しく聞くの忘れてた。まあ行ってみたらわかるかな。
そう考えているうちに学校の最寄り駅につき、改札を出たところで和也を待つ。すると少しして和也がやってきた。あの公園で見た時と似たような系統の服を着ているからそういう服が好きなのかな、なんて思いながら声をかける。
「おはよう、今日も暑いわね。早めに喫茶店に行って何か注文しましょう」
「おはよ、そうだなさっさと行って勉強するか。鈴谷がどれくらい勉強できるかも気になるしな」
「うっ……」
そんなことを話しながら和也の案内で喫茶店まで歩いていく。すると駅から近いこじんまりとした喫茶店についた。レトロでなんだか可愛いところね。入口のドアを開けるとカランカランとドアについた鈴の音が鳴る。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「周防先輩、おはようございます。2名でお願いします」
「それではどうぞこちらに」
そういって案内してくれる私よりほんの少し背がちいさくて可愛らしい顔をした人はどうやら和也の知り合いらしい。席に案内されて飲み物を注文する。お互いアイスコーヒーを頼んだあと、和也はその周防先輩とやらに少し話を振った。
「すみません周防先輩、俺たち今日ここで勉強しようと思うんですけれど、長居してもいいですか? 休日ですし混むようなら別の場所に移動します」
「大丈夫ですよ、ここは休日でもそこまで混むことはありませんから。マスターにもそう話しておきますね」
「ありがとうございます」
すると周防先輩はにっこり笑ってぺこりと一礼をしてその場から去った。今の誰、と聞いたら同じ学校の先輩で名前を周防伊織さんというらしい。なんだか優しくてモテそうなひとだな、なんて考えていたら和也に勉強するぞ、と言われて慌ててノートなどをひっぱり出す。
「鈴谷って苦手科目なんだ? 俺は正直苦手ってほどの科目はないんだけど」
「私は現国以外いまいち……正直赤点回避できればそれでいいって感じね」
「まじか、じゃあ特に苦手なところ教えるからどこか言ってみろよ」
その和也の言葉に甘えさせてもらい、特に理解できない場所を話すと和也はそこをとても丁寧に教えてくれた。すごい、わかりやすい! 特に歴史なんか私は聞いているだけで眠くなるのに、和也の教え方はちょっとした小話なんかも交えて教えてくれるから頭に残るし面白いから嫌にならない。
そしてじゃあここって、ここは? なんてしているうちにいつの間にかかなりの時間がたっていた。しまった、これじゃあ勉強会っていうより私がただ教えてもらっただけになっちゃう。
「和也ごめん、結局ほとんど私が教えてもらって終わっちゃった」
「いいんだよ、俺だって教えることで復習にもなったし。それにいい経験にもなったからな」
「経験?」
なんだろう、教えるのが経験になるってことは将来は教師になるのが夢とか? でも勝手なイメージだけれど、ちょっと意外。なんだか和也のことがもっと知りたくなり、気になったので思い切って聞いてみることに。
「和也は将来教師になりたいの? 正直意外だなって」
「いや、俺は塾の経営をしたいんだ。まあ最初から開業するのは色々厳しいだろうから、大学時代からバイトで講師をしたり社会人になったらフランチャイズで働かせてもらうことになるだろうけれど」
塾の経営!? なんだかピンとこないけれど、開業って言ってることはそうとう大変なんじゃないの? そこまでしてなんで塾を経営したいんだろう。
「なんで塾なの? 教師のほうが安定しているような気がするけれど」
「まあな、でもやっぱり教師だと学校の方針とかで色々制限かけられそうでな。塾の方が俺のやり方で教えられるし、きっと俺にはこっちの方が向いてるなって」
そんな和也の話を聞いて私はどうなんだろう、と思ってしまった。今はとにかく陸上をがむしゃらに頑張ってはいるけれど、陸上選手として活躍できるほどの実力はない。私の将来の夢はなんだろう?
ふつふつとなんとも言えない不安が沸いてきたが、今は勉強に集中! と頭をぶんぶん振って気合を入れなおす。
「おわっ!どうしたんだ」
「なんでもない! あと少しやって今日は解散しよう。もうだいぶ時間たってるし」
「お、おう。そうだな」
その後時間ギリギリまで勉強をして勉強会は終わった。最後に喫茶店から出よう準備をしている時に、周防先輩がどこか見たことがあるショートカットの女の子と話をしているのが見えた。あの子だれだっけ? ちょっと距離があってわからないや。
「ありがとうございました」
喫茶店から出て駅まで歩いていく中で、和也から勉強方法についてアドバイスをもらった。あくまでも俺のやり方だけど、と言った後で色々と教えてくれる彼は本当にお人好しだな、なんて考えてしまう。
「じゃあ俺こっちだから」
「今日はありがとうね。それじゃあまた学校で」
改札で別れた後、電車に乗ると和也からメッセージが来た。また勉強関係で何かあったら相談しろよ、なんて書いてあって読んだ瞬間つい頬がゆるんでしまった。
ここのところ私は変だ。今まで取らなかった写真を撮ったり、おしゃれについて気にしたり、将来について考えたり。なんだか自分て自分がわからないけれど、きっとこれは嫌な変化ではない。そう感じながら電車にゆれて家へと帰るのであった。
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