第68話 燻り

 妖精の隠れ蓑を見破りディンキーを捕らえることが出来た時点で、あの男がマスターとしてかなりの実力者であることは間違いないだろう。


 そして彼らはあの異世界について俺たちよりも多くの情報を所持しているような口ぶりだった。


 タイミングからして男が投げ捨てた小瓶が亀モグラの襲来に関与している可能性が高く、そうだとすればあの土地に住まう生物の種類や生態について深く理解したうえで逃亡のために亀モグラを利用したことになる。


(そもそも、人間であるあの男が俺たちのように異世界へ渡っていること自体が信じられない)


 マスターとして覚醒した人間は身体能力や強度が向上し通常の人間では耐えれないような環境でも生存し活動する事が出来るようになる。


 しかしそれでも悪魔や天使の肉体と比べれば、適応できる環境はずっと少ない筈なのだ。


 何らかの方法であの男のように人間が異世界に訪れても、環境に適応出来ずそのまま死んでしまう可能性だってある。


 デモンやセインであれば死んだところで墓となり盟友界に戻ってくることが出来るが、マスターである人間は死んだらそこでお終いなのだ。


(あの男はそんなリスクを承知で異世界を訪れていた。 あるいは…。 あらゆる環境下で生きられるという確信があった…か)






「さて。 だいたい話は整理できたし、今日はここでお開きにしましょうか」


「いっぱい食べたぞ~! まんぞくまんぞくだ~! 」


「なんだかんだで今日は疲れたのにゃ、帰ってゆっくり体を休めるのにゃ」


「それではブラウまた明日なのです! 」


 身支度を済ませ、ブラウのハウスを後にする面々を見送り。


 彼女たちの姿が見えなくなったのを確認すると、俺は部屋に戻り後片付けをしていたブラウに声を掛けた。


「■■ァ」


「…? エデン? どうかしたの? 」


 彼女が振り向いてから会話の仲介役であるメアリーまで帰ってしまったことに気付き、何をやっているんだ俺はと内心で頭を抱えた。


「■ゥゥ…」


「あー…ごめんなさい。 私だけだと、貴方の言葉が分からないの…」


「■、■■ゥ」


(そう、だよな)


「えっと…」


 そこで会話が途切れ、気まずい空気が流れるが。


 話しが続かなかったことで逆に少し安心した。


 というのも。


 俺自身。


 ブラウに声を掛けたまではいいが…彼女に何を伝えたいのか、自分の中で考えがまとまっていなかったのだ。


「■■ゥゥ」


 話したいことも形になっていない上に、俺一人ではブラウに言葉が伝えられない。


 これ以上ここに留まっていたところで彼女を困惑させるだけだろう。


 そう思い、俺はジェスチャーで帰宅する旨を伝えると部屋の出口へ足を向けた。


「…待って」


「……」


「貴方の言葉は分からないけど…私に声を掛けた意味は分かる気がするの」


「…」


「ディンキー」


「……! 」


「あの子の前で話したことと、真実は違う…。 そのことについて、何か思うところがあったから私に声を掛けた…。 そうじゃないかしら? 」


 仲間の命ではなく、男の排除を優先した時から。


 罪悪感とも違う、何ともいえないモヤモヤが俺の中で燻っていた。

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