第57話 フレンドじゃない男
寝付けずにいたマスターに呼び出され、彼女の鍛錬に一晩中付き合っていたジャックが自身のハウスに戻る頃には既に朝日が昇り始めていた。
盟友界を照らすこの太陽も、セインが創り出した紛い物だが。
日が昇ることのない魔界にて幾万の年月を過ごしてきたジャックにとって夜が明ける一時、この朝焼けの空は何度目にしても色褪せることのない特別な景色だった。
「やあジャック。 今、少し平気かな」
「珍しいな、アンタが連絡をよこすなんて」
アミとの訓練で流した汗をタオルで拭いながら、ジャックは”そこにいない誰か”に対し口を開いた。
契約を結んだことで特別な繋がりが出来ているマスターならともかく。
それ以外の人間が、盟友界にいるジャックに姿も見せず語り掛けるなど普通であればありえない話なのだが。
ジャックは別段驚きもせず、突然話しかけてきた誰かに用件は何だと切り出した。
「まったく、そう急かさなくたっていいじゃないか。 少しくらい僕との会話を楽しもうって気はないのかい」
「オレっちのマッスルフレンドならともかく、アンタみてぇな胡散臭い男と楽しくお喋りする気はないんだゼッ」
「やれやれ。 そういうことなら僕も、少しくらい筋肉をつけてみようかな」
「アンタがマッチョになっても、オレっちのマッスルフレンドにはなれねェんだゼッ」
「えぇ、それは酷くないかい!? 」
「そんで、用件はなんなんだゼッ」
「ううう…せっかくキミにとって有益そうな話を持ってきてあげたのに、あまりのも冷たすぎる対応…」
「特に用が無いってんなら、オレっちは早く風呂に入りたいんだゼッ」
「わ、分かったよう。 もう…。 話というのはね、近々大規模異界域が発生するって情報を掴んだからキミに伝えておこうと思ってね」
「大規模異界域? それが本当だとして、なんでアンタがそんな話を知ってんだ」
「まあ僕にだってキミ以外の友達はいるってことさ。 これでも結構付き合いは広いんだよ」
「オレっちとアンタがトモダチなんて悪い冗談なんだゼッ」
「うぐぅ!? 言葉のナイフが僕の胸に…! 」
「そんで。 その大規模異界域ってのは、どこに生まれるかもう目星はついてんのか? 」
「ああ…。 場所は新東都の中でも特に人が多いエリア。 若者の街、爽山だよ」
「へェ、言い切るんだな」
「うん、この情報の出所を考えればかなり信用できるからね。 ほぼ間違いないと思う」
「…そうか」
「分かってると思うけど、どこから情報を仕入れたのかは聞かれても教えられないからね」
「あいよ。 んじゃ、もう切るゼ」
「え~もう少しお話ししようよ~」
「かまって欲しいなら自分の仲間に頼むといいんだゼ、アンタも一応マスターなんだし」
「い、一応って…」
「それに。 あんま話してて、オレっちのマスターに気付かれると面倒なんだゼッ。 …まあ。 情報は助かった、ありがとな」
「じゃ、ジャック…! 」
「んじゃ、オレっちは風呂に入るゼッ。 またな」
「うんうん! また今度ゆっくり話をし―― 」
ブンッ、と。
横に薙ぐようにして、ジャックが腕を振るうと。
ポトリ、と紙で折られた蝶が地面に落ちた。
蝶の羽に朱色の文字が浮かび上がり、ボッと音をたて燃えていくのを確認すると。
ジャックはタオルを肩に掛け、浴室へと向かうのだった。
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