(NEW)第19話 突撃! スライム娘ちゃんっ

 早朝の盟友界。


 コツコツと扉を叩く音に気付き、外の様子を窺えば。


 そこには誰もおらず、俺のハウスの前にだけ何故か水たまりが出来ていた。


 昨日の夜は雨なんて降っていなかったし…誰かがイタズラで水を撒いていったのか? とドアを半開きにしながら辺りを見渡していると。


 突如、水たまりがゴボゴボと泡立ちだし中から小さな女の子…の形をしたスライムが現れた。


「ぁ~うぁ~!! 」


 俺の膝辺りまでしか背丈がないそのスライム娘は、両手を広げ何やら叫びだしたが。


 スライム語らいを習得していない俺は残念ながらその意味を理解してやることが出来ない。


「■■ゥゥ…」


(さて、どうしたものか…)


 こちらを見上げたまま、ドアの前から動こうとしないスライム娘にどう対応すべきか俺が思案していると。


 ふと、昨日まで空き地だったはずのハウスの真正面に新たな家が一軒建てられていることに気付いた。


(いつの間に…。 表札は…あった。 家主の名前は…ティア。 マスターは日野…ミサキ…? ってことは、ミサキのやつ、あの後新しく仲間を召喚できたんだな…! …ん? まて…ティア? ティア…どっかで聞いた気が…)


 表札に書かれた名前を確認した後、今一度足元にいるスライム娘を観察してみる。


 半透明な水色のボディ、パッチリとした大きな瞳、一見触手のようにも見える頭髪、一本だけピョコンと跳ねたアホ毛もとい触角…。


(コイツ、もしかして…あのティアの幼体か? )


 俺が知るスライム属性デモンの中に、デフォルトネームがティアと設定されていたレア度Fのデモンがいた筈だ。


(低レアのキャラはアイテムを使ってすぐに覚醒昇華させてたから、一瞬気付かなかったが…。 覚醒昇華前のティアは、こんな見た目だった気がするゾ…! )


 ティアはレア度こそ最低ランクのFとなっているが、アダムスコードではレア度が低い=弱いというわけではないので彼女も育成さえ怠らなければしっかりと活躍できた。


 特に無課金のプレイヤーや初心者マスターにとって、ティアは貴重な状態異常回復魔法を覚えるヒーラーキャラであり。


 召喚ランクが低く最序盤でも召喚力を気にせず扱えることから、初心者の頃は異界域の攻略なので重宝していたプレイヤーも多いはずだ。


「うぁうぁうあー!!! 」


(俺の記憶が正しければ…。 今はこんな感じでも、魔法型のキャラであるティアはレア度のわりに知性が高いから、一回覚醒昇華しただけで人語を話せるようになっていたはず…)


 キャラによって覚醒昇華する回数は異なるのだが、ティアは二回覚醒昇華を行い幼女から少女へ少女から大人の女性の姿へと見た目も大きく変化していく。


(最終形態のたゆんたゆんなボディが18禁過ぎて、性癖が歪んだマスターも少なくない…まさに魔性のスライム娘だぜ…)


「…………」


「うぁ~うぅ~♪ 」


「■■ゥ!? 」


(ちょっ!? )


 俺がティアについて思い出している隙に。


 当の本人はスライム属性のキャラが発動できる液状化のスキルを用いて扉の隙間から家の中へ、いつの間にか入り込んでしまっていた。


「■ァァァ! ■■ゥゥゥ!!!! 」


(あぁー! その鍋は! 俺が朝食用に取っておいたボムボムカボチャのスープ!!!! )


 マスターと契約したデモンやセインは食事を取らなくても死にはしないのだが。


 娯楽の一つとして食事を取るデモンやセインも多いため、盟友界にも飲食店やスーパーマーケットのような施設は存在している。


 盟友界で物を買う際に使う通貨は、悪魔や天使を倒したときに自動で振り込まれる仕組みのようで。


 俺はゲミカーラを撃破した時に入った報酬を切り崩しながら、魔界では終ぞ得ることのできなかったまともな食事というものを楽しんでいたのだ。


 ゴクゴクゴクゴク。


「ぷはぁ~♡ 」


「■■…■…」


(お、俺の…朝飯…)


「うぅ~♪ うぁ~♪ 」


 俺の朝食を恐るべき速度で飲み干したティアは、盟友界産ボムボムカボチャのクリーミーな味わいに感動したのか。


 頭髪をクラゲの脚のようにくねらせながら、ふにゃんふにゃんと謎のダンスを踊り始めた。


「■■……■ゥ…」


(なんかめちゃめちゃ喜んでるし…。 もう飲んじまったもんはしょうがないか…)


「■■ゥゥ…■■? 」


(まったく、今回だけだぜ? )


 俺は戸棚から、ボムボムカボチャのスープと一緒に食べようと思っていた丸パンを取り出し。


 半分にちぎって、小躍りしてるティアの目の前に差し出した。


「ぅう~♪ ぁあ~♪ う? 」


「■■ゥゥ…」


(ほれ、どうせなら最後まで綺麗に食べろ)


 ボムボムカボチャのスープはポタージュ状なので、飲み干した後の鍋のふちにもカボチャのクリームがたくさん残っているのだ。


「■■!! 」


(こうやってパンに塗りたくって……。 うむ、うんまい!! )


 俺がパンで鍋についたカボチャクリームをぬぐい、兜のバイザーを持ち上げ内部を満たす霧へと放り込む…もとい食べて見せると。


 その様子をじぃぃぃっ…と見ていたティアも見よう見まねでパンを鍋のふちに滑らせ残りのクリームを塗り塗りし始めた。


「うぅぅ~! はぁ~うっ! …!! うぁあぃ~♡♡ 」


 クリームまみれになったパンに豪快にかぶりつくと。


 ティアはその大きな目をみるみるうちに輝かせ、両手を振りながら再び謎のダンスを踊りだした。


「ぅう~♪ あぁうぁ~♪ 」


 どうやら、スープを染み込ませたパンの味も大変お気に召したみたいだ。


「■■…」


(仕方ないやつめ…)


 パンとスープを食べただけでここまで喜ばれてしまうと、盗み食いされたことを怒る気も失せてしまうのだった。

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