第12話 取引

 朝の支度を済ませた私は、まだ洗面所にいるアイを待ちながら召喚デバイスの画面をタップしスリープモードを解除する。


 叢雲からの支給品であるこの召喚デバイスは、デモンやセインを召喚する以外にも色んなことが出来るみたいで。


 今後はトークデバイスの代わりにこの召喚デバイスを使って連絡を取るようにって言われちゃった。


 叢雲の規約で決まってるみたいだから仕方ないんだけど、入学祝に買ってもらった私のトークデバイスは回収されちゃって。


 マスターになるって宣言したばかりだったから、何でもないって顔をしてみたけど内心結構ショックだったな…。


 でも、希望すれば後日。


 通話やメッセージ機能を停止させた状態で、端末は返してもらえるよってマイさんが教えてくれたから。


(あとで、返却希望ですって申請しておかなきゃ…! )


 トークデバイスとしては使えなくなっちゃっても、お父さんとお母さんに買ってもらった思い出の品物なんだからちゃんと返してもらわないとねっ。


 ピロリン♪


(あっ、メッセージ)


 弱めのバイブレーションと共に電子音が鳴り、メッセージが届いたことをお知らせしてくれる。


(最川先輩からだ)


 意外、って言ったら失礼かもだけど。


 なんとなく私の中でクールなイメージがあった最川先輩は、かわいいクマちゃんの縫いぐるみをアイコンにしていて。


 これがギャップ萌えか…! なんて思っちゃたり。


「アイ~! 先輩たち、あと三十分くらいしたら部屋まで迎えに来てくれるって」


「わわっ、急がないと~! 」


 寝癖を直すのに悪戦苦闘しているアイにエールを送りつつ、この後の予定について確認しておく。


(えっと…)


 夜中に送られてきていたスケジュールによれば。


 今日は、新東都女学園の校舎を一通り案内してくれた後。


 叢雲に所属するマスターとして知っておくべきことを色々と教えてくれるみたいだ。






「ふぅ…。 お待たせ、ミサちゃん」


「ふふっ、朝から大忙しだったねっアイ」


「ううう…何だかどっと疲れたよぉ」


 机に突っ伏し、ぐでーんと溶けているアイを労いながら時間を確認すると。


 先輩たちが迎えに来るまでまだ十分くらい時間があるので、昨日から気になっていたことをアイに聞いてみることにした。


「そういえばさ、アイはもう召喚した自分のデモンと会ったことあるんだよね? どんなデモンだったの? 」


「えっと…。 わたしのデモンになってくれた子は、メアリーって名前なんだけど。 可愛い猫さんみたいな見た目だったよ」


「えっ、猫!? そういう動物みたいなデモンもいるんだ…! 」


「うん…わたしもまだ詳しくは知らないんだけど。 最川先輩の話によるとミサちゃんのデモンみたいに最初から人型で召喚される方が珍しいんだって」


「あれ? そうなんだ…」


 あの時、悪魔から私を助けてくれたデモンが騎士のような姿をしているってことはアイから聞いているんだけど…。


 気を失っていた私は、まだ自分のデモンと顔合わせできていないくて。


「早く会ってみたいな…」


「そうだね、勝手に召喚しちゃダメって言われてるから。 わたしもあの異界域を出てから、メアリーちゃんとは会えてないんだぁ…」


 盟友界、とかいう場所で暮らしているらしい私たちのデモンに思いを馳せていると。


 コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。


「あっ、はーい! 今行きます~! 」






 ◇◆◇






「――というわけで、昨夜のうちに二人のご両親の元に叢雲からマスターが派遣されて。 今後についての説明が行われたわ」


「説明といってもね、マスターや異界域について一般の人に知られるわけにはいかないから。 ”取引”を行って、二人は全寮制の教育機関にスカウトされたということになっているの」


「取引…? 」


「簡単に言うと、セインやデモンが介入した状態で行われる話し合いね。 普通の会話と違って、セインやデモンが持つ特殊な力が働くから無理のある設定や本来なら通らないような話でも、相手がただの人間なら簡単に信じ込ませたり同意を得られたり出来るの」


「昨日の今日で、いきなり寮暮らしになるなんて話。 普通なら納得してもらえないでしょ? 」


「た、確かに…」


「作り話って、すぐに気づいちゃいそう…」


「取引は悪魔や天使に対しても有効な場合があるから、マスターに必要なテクニックとして追々覚えていきましょうね」


「あの、でも…! 今の話を聞いてると、何だかセインやデモンの力を使って洗脳しているみたいで…私、ちょっと怖いです」


「ええ、そう思うのも無理はないわ…。 取引を悪用しようと思えば、実際、出来てしまうのだから。 でも、そうならないように一般人に対してマスターが取引を行う際には必ず監視役がつけられるし。 取引を悪用したことが叢雲に知られれば、悪用したマスターには重い罰則が課せられるの」


「もしもね、悪用を恐れて取引を禁止してしまったら。 マスターだけじゃなくて悪魔や天使の存在も公になってしまうの」


「それだと…やっぱり、マズいんですか…? 」


「そうね、色々と問題は起きるのだけれど…。 一番わかりやすいところだと、悪魔や天使に体を奪われてしまった人の扱いよ」


「……! 」


「マスターとしての力が無ければ、人の身に天使や悪魔が宿っているかを判断できないから。 もしも取引が行われず…全ての情報が公になってしまったら、恐怖や疑念から無関係の人が傷つけられたりしてしまうかもしれない」


「それに…つらい話になってしまうけど。 天使や悪魔に肉体を奪われた時点で、人の魂は死んでしまうから…どう頑張っても助けることは出来ないの。 でも、中身が天使や悪魔に入れ替わっても外見には変わりがない。 そんな相手を、私たちマスターが排除しようとしたらどうなると思う? 」


「あっ……」


「天使や悪魔に体を奪われているということを、どうしても受け入れられない家族や知り合いの中にはね。 排除させまいと抵抗する人が、一定数出てきてしまうの」


「天使や悪魔も、そうなるよう周囲に働きかけるわ」


「そうした時に、取引を行えば家族や知り合いの人たちを傷つけずに納得させられるでしょ? 」


 日ノ照にある叢雲だけでなく、マスターが所属する世界中の機関は日夜”取引”を行い。


 混乱や、争いの火種が生まれることを未然に防いでいるらしい。


(世の中には、知らない方がいいこともある。 ってことなんだよね…)


 必要なことなんだと頭では理解できても、お父さんやお母さんと取引が行われたことへの心のモヤモヤは消えてくれなかった。

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