第5話 宝石じゃなくても

 得体の知れない何かに捕まり、アイたちの元から強引に連れ去られた私の視界が突然ぐわんと回転する。


 放り投げられたんだ、と気付いた時には地面に体を打ち付けていた。


「いっ…! 」


(骨…折れてないといいんだけど…! )


 強打したことで鈍い痛みを訴える腰に手を添えながら、恐る恐る顔を上げ周囲の様子を窺えば。


 放り投げられた衝撃で手放してしまった私の鞄から、アスファルトの道に荷物がぶちまけられていた。


(よかった…割れてない)


 こんな時に、何の心配をしているんだと自分でも思うけど。


 いつも鞄の奥に入れていた宝物が無事だったことに思わず安堵してしまう。


(私のラッキーストーン…)


 じんじんと熱を持ち始めた腰を庇いながら。


 地面を這って移動し、雫の形をした石を拾い上げる。


(うん…傷もない)


 昔河原で拾った、涙みたいな蒼い石。


 どうしてか心惹かれて、ずっと手放せずにいた私のお守り。


「何をするのかと思えば~自分の命より荷物の方が大切なんですかぁ? 」


「…!! 」


(近くに誰もいないことは、さっき確認したはずなのに…! )


「おやおやぁ~?? その様子では、貴女。 ワタシの姿が見えていないようですねぇ~。 やはり、たまたま異界域に入ってしまったズブの素人でしたかぁ」


「誰…! 私に何の用なの…! 」


「ケケケッ。 そうやって強がってもぉ、ワタシにはちゃ~んと貴女の怯えが見えてますよぉ。 でもでもぉ安心して欲しいのですぅ、ワタシはやさしいのでぇ素人さんが相手なら無駄にいたぶるような事はしませんよぉ~」


「私を…殺す気なの」


「そうですねぇ…。 殺さずに済むならワタシもそうしたいんですがぁ…」


「……」


「な~んて、ウソですよぉ! 人間相手に、慈悲の心なんてあっりませぇぇぇん! 」


「……っ」


「ああ…でもぉ、そんな怖がらないでくださいよぉ。 貴女を傷つけたくないのは本当ですからぁ…。 だってぇ貴女はこの後、ワタシの新しい身体になるんですものぉ! ケケッ、ケケケケッ! 」


「な、なんでそんなこと…」


「異界域から出るためですよぉ! それに、貴女の身体を奪えば残りの奴らも狩りやすくなるでしょぉ? 」


(残りの…って! )


「まさか…! アイたちにも酷いことをする気なの! 」


「ケケケッ。 気を許した相手に襲われた人間の表情かおはいつ見ても最高ですからねぇ! 」


「このっ…悪魔ッ! 」


「そうでぇす、悪魔さんですよぉ~」


「アンタなんかに…この体は渡さないからっ! 」


「ならどうするんですかぁ? ワタシの姿も見えないのに戦うんですかぁ? 」


「……くっ」


「あ~それともぉ、その召喚デバイスで助けて~って誰か召喚する気なんですかぁ~? 」


 召喚デバイス。


 恐らく、最川先輩がくれたこの端末の事をいっているのだろう。


(あの時…先輩が渡そうとしていた石を私が受け取れてたら、少しは戦えたのかな…)


「な~んて。 貴女が誰も召喚出来ないってことはぁ~ワタシ最初から知ってたんですけどねぇ! ケッ、ケケケッ。 それじゃあ、自分の無力さを恨みながら惨めに死んでくださいねぇ~?? 」


「かはっ…」


 息が詰まる。


 ギリギリと、首を何かで締め付けられるような感覚。


(アイ…私…)


 何もできなくて。


 悔しくて。


 涙で視界が滲んでいく。


 お父さんお母さん。


 もうすぐ私、死んじゃうんだって。


「……」


 意識が朦朧としていくなか。


 ふと、握った手の中に固い何かがある事に気付いた。


(そっか…)


 さっき拾っておいたんだっけ。


 ラッキーストーン、私のお守り。


(もしも…)


 この手に奇跡が起きて、願いが一つ叶うのなら。


「だれか…たすけて…」


 なんて、ね。


 自分が死にかけてる時に、河原の石にお祈りなんて。


(私って…イタい子だ…)






 ワクワクしてた、特別になれるかもって。


 輝いて見えてた、宝石みたいって。


 カラン、コロンと。


 力を失った手から、何かが滑り落ちた。


(ああ…)


 あんなにキラキラして見えたのに。


 あの石ころはまるで……私みたいだ。






 ◇◆◇






 マスターとしての彼女は、まだあまりに弱く。


 素人同然、チュートリアルすら終えていない終えられない


 命の灯は、今にも消えそうで。


 主人公が、特別になる。


 その切っ掛けにはなれど、彼女自身は特別になれない。


 そんな存在。


(本来であればマスターってのは、慎重に選ぶべきなんだけどな…)


 今の俺はそう。


 ヤケクソだから。


 たとえ彼女が、特別じゃなくても/脇役でも/消える筈だった存在でも。


 喚ばれたからには応えよう。


「■■■■■ァァァァァァァ!! 」


 逃れ得ぬ死、破壊の体現者。


 死滅の騎士エデンは、今より貴女を護る盾となり未来を拓く剣となろう。

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