(NEW)第2話 怪物になっちゃぅぅぅ…! いや、もうなってたわ…

 俺が転生した死滅の騎士エデンはゲーム内最高のレア度であるSSSランクのデモンであり、所謂ガチャでしか入手が出来ない課金キャラとなっていた。


 ストーリー攻略でも対人戦でも場所を選ばず活躍することができ、攻略サイトの評価付けでは常にトップティアの欄に君臨していたエデン。


 そんなエデンが生まれ落ちたこの魔界は弱肉強食を地で行く世界。


 マスターと契約する前のデモンは”悪魔”と呼ばれ、同族だろうが平気で殺し合いをする。


(そう考えると…もしも、育成ありきの低レアキャラに転生していたら。 とっくの昔にくたばっててもおかしくなかったんだよな)


 アダムスコードではレア度によりキャラクターの初期レベルが異なり。


 通常は1からスタートするレベルがレア度トップスリーである、SSS・SS・Sのキャラに限りそれぞれ50・40・30レベルから始まるのだ。


 ちなみにこのゲームの最高レベルは200となっており、入手困難な限界突破アイテムを消費することで最低レア度のキャラも200レベルまで育成することが出来る。


(ハイスペックな肉体と50レベルスタートというアドバンテージのおかげで、ここまで生き延びてこれたわけだが…)


 戦国時代さながら、魔界では日夜そこらじゅうで死闘が繰り広げられていた。


(この世界が本編開始前なのか後なのか分からないが)


 血で血を洗う戦場、この魔界から脱出するには運よく主人公のような力に目覚めた人間。


 マスターと呼ばれる存在に召喚してもらうしかない。


(そう考えるとやっぱり、スルーすべきじゃなかったよなぁ…)


 実は転生してから一度、マスターと思しき人間に召喚されそうになったことがあった。


 あの時は目の前に突然楕円形の巨大な穴が出現し、いきなりの出来事だったのでかなり驚いたが本能的にこれが召喚のためのゲートなのだということは理解出来た。


 ゲートからは召喚先の様子を窺うことができ、そこには俺を喚び出そうとしているマスターらしき人物の姿も映っていた。


(”格好”から察するに、あの時俺を喚ぼうとしていたマスターはかなりの手練れだった)


 アダムスコードではデモンやセインの指揮役であるマスターも戦闘に直接参加する場面があり、そのため幻異武装げんいぶそうと呼ばれる常人には目視出来ない特殊な武具を纏っているのだ。


 幻異武装は店売りされているものの他に敵との戦闘や異界域と呼ばれる所謂ダンジョンの探索などで入手する事ができ、武装ごとに見た目も性能も異なるのでハクスラ要素として収集を楽しめるようになっているのだが。


 ダンジョンや敵ごとにある程度ドロップする武具の内容が絞られているので、マスターが装備している武器や防具の姿形を確認することでどの程度やり込んでいるのか…ベテランのマスターなのか新米のマスターなのかを判別することが出来る。


 マスターの見た目で戦力やパーティー構成を予想するのは対人戦の基本であり、アダムスコードには様々なパーティー構成やビルドが存在するため一目見ただけで正確な強さを測ることは出来ないが、まず間違いなくあの時のマスターは一線級だったと断言できる。


(普通なら召喚先として申し分ない相手なんだろうが…。 あのマスターの”目”が怖すぎてゲートに飛び込む気になれなかったんだよな……)


 ガチャを回すまでどんなキャラクターが出てくるのか分からないように、召喚中のマスターは魔界や天界の様子を事前に探ることは出来ない。


 にも拘らず、俺を喚び出そうとしていたマスターの女は、まるでこちらの様子が見えているかのように俺の動きに合わせて視線を動かしていたのだ。


(とはいっても、あれ以来俺の前にゲートは現れていないし……。 あの時スルーしちまったのは間違いだった気もするぜ……)


 絡みつくような女の視線に耐え兼ね、足早にゲートの前から立ち去った俺だが。


 今にして思えば、あのまま召喚されていた方が幸せだったかもしれない。


「■■ゥゥゥ…」


(よーし決めた、決めたったら決めた! もしも次にゲートが現れたら、召喚者がどんなマスターだろうと飛び込んでやるぜ…!! )


 我ながらこの劣悪な環境のせいで自棄ヤケになっている気もするが。


 このまま魔界暮らしを続けていたら、そのうち我を失ってしまいそうな危機感があった。


(ただでさえ肉体に精神が引っぱられて人間としての心を失いつつあるのに、このまま放っておいたらマジで取り返しのつかない事態になりかねん)


 死滅の騎士エデンは西洋甲冑に身を包んだ騎士のような姿形をしているが、その中身はミストウェアウルフ……肉体を自在に霧に変えられる狼男なのだ。


(この体になってから、戦う事も敵を殺すことも抵抗がなくなってしまったし…)


 そういった精神的変化を考えると、まだ残されている人としての理性が早くマスターを見つけ己にある種の枷を掛けるべきだと告げていた。






 ◇◆◇







「ミサちゃん…! しっかりしてっ! ミサちゃんっ! 」


(あれ……私…? )


 誰かが私を呼んでいる気がした。






 日野ミサキ、16歳。


 物語のような、誰かに語りたい程の出来事もなく。


 かといって、退屈というほどでもなく。


 何でもないって言葉が、一番似合う気がする私の日常。


 これまでも、これからも、これまでどおり。


 続くはずだった日常。


(ああそうか…私)


「アイ……? 」


「ミサちゃんっ…! 」


 目覚めなければ、普通のままでいられたのに。


 目を開けたらもう、引き返せない。

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