後日談 三百年越しに叶えよう4
お祭り当日。
首都ということで滞在中毎日賑やかだったけど、今日はそれをさらに上回るなぁ、と朝起きてから思った。
窓からでもうかがえるパレードに音楽隊に人々の熱気。
お祭りは一日限りなようですごい盛り上がりだ。
屋台を楽しみたいことから簡単な朝食で済ませて、数日前に首都の大きな服屋さんで買った民俗衣装に袖を通す。うん、サイズも丁度いい。
「うん、いいんじゃないかな?」
「ニャッ」
「シロちゃんもそう思う?」
「ニャッ!」
一人鏡で確認していたらシロちゃんが返事してくれた。似合うよ、と言ってくれたと思い込む。
「じゃあシロちゃん。魔法かけるから大人しくしててね」
「ニャッ」
魔法を唱えてシロちゃんを小さくして肩に乗せる。
普通の大きさだと人が多すぎて大変だから、私の肩に乗って一緒にお祭りを楽しもうと思う。
シロちゃんに魔法をかけて宿の入り口で待っているはずの師匠の元へ歩いていく。
「ディートハルト」
名前を呼ぶと振り向いたと思ったらピタッと固まった。
「どう? 似合う?」
鏡で自分を見た時は悪くないと思ったけど一応聞いてみる。だが反応がない。
「? ディートハルト? ……師匠?」
おーい、と言いながら目の前で手を数度振るとようやく戻ってきた。大丈夫ですか。
「どうかした?」
疑問を素直に口にする。なんで急に固まったのだろう。
すると師匠が小さいながらも口を開いて発した。
「……似合っているな」
「かわいかったですか?」
私が選んだのは膝ほどの長さの深緑のスカートに水色の花模様のエプロン。
花の色は白で模様は小さく散りばめられている。
見惚れてくれたらいいが、生憎師匠はそれを口にしない人だ。せいぜい似合うしか言わない。
どうせかわいいなんて言わないだろうな、と思いながら敬語で冗談混じりで尋ねてみる。
「……ああ、かわいいな」
「…えっ?」
と思っていたら予想外の言葉に今度は私が固まってしまった。今なんと? かわいい? 師匠が?
今の私はポカーンと口を開いてきっと間抜けに見えるだろう。
「…似合っているさ。……行くぞ」
「…は、い」
上手く返事できずにいるうちに手を握られて宿を出る。
師匠に言われたことを反芻していたけど、歩いているうちにやっと気付いて師匠を睨む。
「わざとですね…!」
「先に仕掛けたのはそっちだろう? かわいいなんて言えないと思って」
「そうですけど!」
師匠に睨みながら抗議したらそう切り返された。悔しい。確かに先に仕掛けたのは私の方だけど。
まさか狼狽えてしまうなんて。自分で仕掛けたのに自滅してる。
「からかうなよ、言わないだけでちゃんと思っているんだからな」
「……へっ?」
さらりと追加でもう一つ爆弾発言が落ちてきて顔に熱が集まるのを感じた。いつも思っている?
師匠の横顔を眺めても赤くなっていない。いつものきれいな顔だ。これが年上の余裕なのだろうか。
「……」
恥ずかしいけど、嬉しいのは事実で。
手を一度離して、再度指を絡めて手を握る。
「……シルヴィア?」
頭上から声がかかるも顔があげられない。
顔が赤いのを知られたくない。
「…早く行きましょう、お祭りなんですから」
それだけ言うと師匠を先にいかすように背中を押した。
とりあえず、顔の熱が引くまで師匠の背中を押しておくと決めた。
***
トレドの港町で女将さんが言っていたとおり、若い女の子たちは私と同じように民俗衣装を着ていた。
わいわいと若い女の子たちは楽しそうに笑って騒いでいて、待ち合わせの目印になっている公園や橋では友だち同士や男の子と話していて楽しそう。
じゃあ私はどうなのか? 勿論、楽しんでいる。
現在、顔の熱が引いて私はパレードを見て楽しんでいた。隣には師匠がいて同じく眺めている。
首都にはたくさんの道があり、ある道ではパレードが行われていた。
豊穣祭で信仰する豊穣の女神に扮した美しい少女が女神の騎士に扮した青年たち数人と女神の妖精に扮した少女たち数人を従えて観光馬車に乗ってゆっくりと進みながら周りに手を振りながら笑っている。
「わぁっ…! 素敵…!」
パレードなんて初めて見た。
娯楽的な意味が強くなっているって聞いたけどそれでもきらびやかな衣装のせいか幻想的に見える。
「観光客かい?」
「え、はい」
パレードを見ていたら師匠の反対側の隣で見ていたおじいさんに声をかけられたので返事する。
「あれは豊穣の女神が地上に降りてきたってことでやっているんじゃよ。最後は豊穣を祈って女神が歌うから歌が上手な子が毎年選ばれるんじゃ」
「へぇー、毎年やっているんですね」
おじいさんの説明を聞く。毎年こんな大規模なパレードをやっているんだ。
ゆっくりだけど女神に扮した少女たちは移動していき、出発点まで戻るらしい。それを二回するのだと。
歌は特殊な魔道具で拡張されて、その声を聞くことができた。美しくて優しい声で上手だった。
「おいしい果実水どうだーい!?」
「できたての串焼きはどうー!?」
「そこのカップルさん! お揃いのミサンガはいかが?」
「十六時から演劇が始まりますよー! みんなー、見に来てねー!」
そして今は屋台や露店を見て回って楽しんでいた。
屋台の人やお祭り関係者が大声であっちこっちの人々に宣伝している。
「演劇か。見たいなぁ」
「ならそれまでは休憩を挟んで回っておくか」
「そうだね」
飲食系の屋台も種類が豊富で何食べようか迷ってしまう。
「クレープはいかがー?」
「シャーベットもやってるよー!」
「ホットドックも売っているよー! 寄ってね!」
どこもいい匂いがしておいしそう。クレープなら片手でも食べられそう。
「すみません、バニラアイスとキャラメルソースのクレープを一つください」
「はーい! 四百二十ベールだよ!」
お金を払うとクレープの生地を落としていく。
注文してからクレープの生地を焼いてくれるようで、作っているのを見ることができておいしそう。
クレープ屋の女性は手際よく作ってバニラアイスをのせてキャラメルソースをかけると私にくれた。
「う~ん、おいしい~!」
つい声に出てしまう。
食べてみると生地はもっちりとしてアイスは冷たくて、キャラメルソースはおいしい。
クレープは片手で食べることもできるからいいと思う。
「おいしいのか?」
「うん!」
「よかったな」
師匠は買わなかったけどどうするんだろう。
「ディートハルトは何食べるの?」
「甘味じゃないのを食べたいからな。もう少し歩いて考える」
「そっか」
クレープを食べながら色んな食べ物屋さんを見る。
屋台だからか、飲食店で食べられるものでもおいしそうに見える。やっぱり目の前で作ってくれるからかな。今日ならいつもよりたくさん食べれそう。
屋台を回りながら師匠が買う傍ら私もおいしそうなものを買っていく。
「よく買うな」
「だってどれもいい匂いするんだよ? 歩いているしお腹減るよ」
「はいはい」
「適当な返事ー」
そんな会話をしながらもただ食べるだけではなくて、休憩を挟みながら娯楽用の露店も見て楽しんだ。
「はーい、ダーツはどうー? 豪華な景品がたくさんあるよー!」
四十代ほどの男性が大声で呼び込みをしていて目を向ける。
奥には円型の的がいくつか並んであって、手前には矢が並んでいる。
確かに景品を見ると見たことのない物がいくつかある。
「ダーツ?」
「おっ。お嬢ちゃん、見る目あるね! 今回は気合い入れて島国から仕入れた景品も並んでるよー!」
そう言いながら、これとこれ、あとこれも、と勝手に紹介してくれる。
「あの的に矢を当てたらいいんですか?」
「そうだよ。五回投げてその合計点数によって賞品が変わるのさ」
円型の的には零から十まで数字が並べられていて、それを五回投げて合計点を出すらしい。
「あの細長い円型の筒は?」
私が指差したのは細長い筒の景品。セーラ共和国の東側は海で、海の向こうには島国があるらしい。
そして、この細長い筒は島国から取り寄せたらしい。
「これは万華鏡って言うんだ。ガラス板を三角に組み込んでいて、色つきの小さなガラスや紙が入っているのさ。回転していくと色んな模様に変化してキラキラ光ってきれいだよ」
「へぇー…これは何点あれば貰えますか?」
「これは四十二点からだね」
結構高得点じゃないと貰えないらしい。
だけど、私の闘争心を燃やしてくれる。
レラの時代より島国との貿易は盛んなようだけど、それでも陸地が面している隣国の商品と比べると少ない。チャレンジしてみたい。
「挑戦します!」
「了解! 三百ベールだよ!」
よし、やってやる。矢を高い数字に向かって投げるだけでしょう?
距離はそこそこあるけど大丈夫なはず。高得点頂こう。
腕を回しながら心の中で一人呟いて矢を持ったのだった。
「…………」
「いやぁ~お嬢ちゃん…中々よかったけど惜しいね」
いいえ、全然ですよね。
今は店主の優しいフォローも心にくる。
ええ、やりましたよ。見事に命中せず、五本中三本は的に届くことなく地面に落ちましたよ。
二本届いたけどその数字は零と四。
あれ?調子悪いな。次こそは、と思って二回目。見事敗北。三回地面に落として合計八点。
百点中十二点の人間は私です。
……仕方ないじゃん! 十や九と言った的は狭いし隣には零から三の数字があって的は広いから仕方ないの! 私が下手なわけな…い……。
「くっ……ふっ…」
「……ディートハルト~?」
それなのに師匠は笑いを堪えようとしながら堪えきれずに肩を震わせて笑っている。笑わないでください!!
「ド下手くそだな」
「わかっていること言わないでください!!」
わかっている。まさか自分がここまで才能なかったとは思わなかった。だけどそれを言うのはどうかと。
六百ベールも無駄にしちゃった…。
「まぁまぁお兄さん、彼女の代わりに取ってあげたら?」
「俺が?」
店主が師匠に告げる。彼女。やはり他人から見たら私たちはそう見えるらしい。
万華鏡はほしかったけど諦めよう。そう言おうとして口を開いた。
「いいで──」
「わかった」
「ちょっ!?」
「んじゃ三百ベールね」
勝手に話が進んでついていけない。ちょっ、待って…あ、もう払っちゃった。
「ダメだったら他のところに行きましょうね」
「なら当てるか」
「意外と難しいです──」
私が言い終わらないうちにヒュン、と早速一本目を投げた。点数は──十だった。
「はい!?」
「ニャッ!?」
「さほど難しくないな」
「はぁっ!?」
見守っていた私とシロちゃんが奇声のような声をあげる。いきなり十!? 難しくない!? なんか悔しい!
その間にも師匠は淡々と矢を投げていった。合計は──四十六点だった。
「おおっ、お兄さんすごいねー! 一応聞くけどどれにする?」
「この細長い筒を」
「了解」
四十六点…私なんて、二回やって十二点なのに…。敗北感がすごい。
「シルヴィア、ほら」
「あ、ありがとう……」
敗北感を感じながらも師匠から万華鏡を受け取る。
中にガラスが入っていると聞いたけど意外と軽い。
上に向けて覗き込むとキラッと光ながら揺れて華のような模様になった。
「わっ…」
複雑な気持ちはあっという間に消え去った。
突然のことでびっくりしたけど、回転させると僅かに音を鳴らして今度は雪の華のような模様へと変化した。
なんて言うんだろう。きれいで、幻想的で美しいなと思う。まるで違う世界を覗いているみたい。
「喜んでいるなら何よりだが、そんなに気になったのか?」
「きれいって言われたし……。……それに、せっかく
ここに住んでいるわけではないので頻繁に来ることはできないからお祭りに参加した思い出として欲しかった。
「本当は自分で手に入れたかったけど…これはこれでよかったかも。お祭りでディートハルトから貰った物で思い出せるから」
師匠から貰った思い出になるからこれはこれでよかったと思う。
「だからありがとう」
「……そうか」
ニコッと笑うと顔を逸らされた。別にいい。理由はわかっているから。
大通りの時計を見ると気付けばもうすぐ十六時。演劇の時間だ。
「演劇始まっちゃう! 急ごう!」
師匠の手を掴んで私は演劇が行われる会場へと早歩きで向かった。
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