後日談 三百年越しに叶えよう5

「あっー、よかった~。最後ハッピーエンドで」

「ニャッ」


 私の独り言に肩に乗っているシロちゃんが返事のように鳴いてくれる。

 演劇が終わって外に出たらもう十八時。昼間より涼しくなって風が気持ちいい。

 劇の内容は豊穣祭と関係がある、恋愛要素のある喜劇だった。

 豊穣の女神に仕える女性神官に神殿騎士との恋愛で、最後はハッピーエンドだった。

 セーラ共和国では有名な演目らしく、来ていたのは私と年齢の変わらない若い女の子たちが多かった。


「まだお祭りやってるね」

「今日一日限りの祭りだからな」


 昼間より人は減ったと言えど、お客さんはそこそこいて、屋台や露店は相変わらずやっていて呼び込みをしている。


「どうする? もう帰る?」


 屋台や露店は一通り見たのでどうしようかと考える。

 会場は飲食可能だったので、軽食を摂りながら演劇を見ていたのでお腹は減っていない。

 このまま散歩してもいいし、宿へ帰ってもいいと考えながら師匠に尋ねる。

 師匠はチラッと時計を見ると口を開いた。


「十八時過ぎか。……悪いがもう少し付き合ってくれないか? まだ時間じゃないんだが」

「いいけど、何時にあるの?」


 師匠からこんなこと言われるのは珍しい。何か用があるのだろうか。


「確か十九時だったと思うからそれまでは適当に時間を過ごそう」

「何かあるの?」

「ニャッ?」


 私とシロちゃんが師匠に尋ねる。


「まだ言えないな」

「えっー」


 師匠が隠したがるとは。なんだろう、すごく気になる。


「楽しい系?」

「さぁな」

「怖い系?」

「さぁな」

「鑑賞系?」

「さぁな」


 ダメだ、こりゃ。ジトリと見ても反応がない。話す気ないな。

 十九時ならもうすぐだからと、諦めて屋台に露店をもう一度見ようと思ったのだった。




 ***




「そろそろ、か」

「えっ? あっ」


 屋台や露店を回っていると師匠が呟いた。

 時計を見るともうすぐ十九時。師匠が付き合ってほしいって言っていた時間になる。


「そろそろ行くか」

「どこに?」

「ついてきたらわかる」


 場所も言わずにそう言う師匠に仕方なくついていく。

 夜、と言っていい時間になっているため、外は少し暗いものの、街灯があるため明るく感じる。

 師匠に手を繋がれたまま大人しく歩いていくと、観光地の一つとされているリッテンベルク公園へたどり着いた。


 リッテンベルク公園が観光地の一つとして挙げられているのは、多種多様な花が植えられ、広々とした花畑があるからだ。

 日中は色とりどりの花を見ることができて美しくて有名だ。私もこの旅行で訪れて花畑を目にしたけど、確かに観光地の一つとされるだけあって様々な花が咲いていて美しかった。

 

「うわっ…! 夜なのにきれーい…」

「ニャオッ!」


 シロちゃんが肩から降りて興味津々にライトアップされた花畑へ近づく。

 今はライトアップされて、これはこれで日中とは違う美しさだなぁ、って思う。

 これを見せたかったのだろうか。しかし、私たち以外にも人がたくさん集まっている。

 それも若者の、俗に言うカップルたちばかり。


「?」

「雑誌にはここのことは書いていなかったな。ニコルに旅行に行くと言ったらニコルの友人に教えられたんだ」

「えっと…何を?」

「豊穣祈願祭の夜は男女の若者はここ──リッテンベルク公園に集まってダンスをするらしい」

「ダンス?」

「ああ。一夜限りのダンスで、ここで踊るとその男女は幸せになれるという言い伝えがあるらしい」

「……幸せ? 師匠、そんなの信じる人でしたっけ?」


 思わず師匠を凝視してしまう。仕方ない。だって師匠は言い伝えといった非現実的なものを信じるタイプではない方だ。


「基本的に信じないな。……だが、あの時の願いを叶えようと思っただけだ」

「あの時……?」


 師匠がじっ、と私の瞳を見つめる。

 きっと今の私は困惑した表情を浮かべているだろう。


「──……レラの時、言っていただろう? 一緒にダンスをしてほしい、と」

「……あっ」


 師匠がそう言った後、必死に考えると思い出した。師匠が、大師匠様の元へ行く時。

 そして、私たちが最後に会って話した内容。

 あの時の私は師匠にそんなお願いをした。

 それを覚えていたなんて。

 風がザザァっと音を立てて吹く。

 同時に、青、白、緑、紫、黄色といった色んな種類の光る蝶が飛ぶ。


「うわっ…!」

「毎年、この祭りの夜に花畑に向かって発光する蝶を出すらしい。より幻想的に演出するためにな」

「きれい…」


 ライトアップされた美しい花畑に幻想的に舞う色とりどりの光る蝶。そして言い伝え。確かに若いカップルには大好きな設定だと思う。


「レラ」

「……師匠?」


 師匠がレラと呼んだ。今はレラとして話しているのがわかる。

 相変わらずじっと私を見つめてくるけど、その瞳は優しさと愛しさが含まれているのは私の気のせいだろうか。


「約束したのに、三百年と随分待たせてしまったな。……俺と踊ってくれるか?」

「────」


 胸に何かが込み上げる。

 この気持ちをなんて表現したらいいのだろう。

 ただ、この気持ちに近い思いは……嬉しいという気持ちだ。

 視界が少しぼやけるけど、せっかく師匠から誘ってくれたんだ。泣くんじゃなくて、ここは笑わないと。


「──はい、喜んで」



 タイミングを見計らったようにメロディがゆっくりと流れてくる。

 手を取って踊り始める。

 リッテンベルク公園は広いため、大きく踊らなければ人とぶつかることはない。

 今も、隣のカップルとは十分距離があってぶつかることはなさそう。


 優しく、穏やかなメロディが流れて心を穏やかな気持ちにしてくれる。

 視界の端には色とりどりと光る蝶がゆらゆらと花畑や空を飛んでいる。

 とってもきれい。まるで、別世界にいるみたい。


「本当にきれいですね。違う世界にいるみたいです」

「このダンスの文化ができたのは五十年ほど前らしい」

「そうなんですね」


 師匠が踊りながら説明してくれる。リードが上手だな。


「いつの間にダンスを覚えたんですか?」


 私は王女時代、公爵令嬢時代にダンスを習っていたけど、師匠がダンス踊れるとは。

 レラの時はダンスを知らなかったのに。

 疑問に感じていたことを素直に尋ねてみる。


「ニコルに教えて貰った」

「ニコルさんに?」


 それはつまり、この一ヶ月の間に教えて貰ったということで。


「……この言い伝えを聞いてからニコルに頼んだら快く了承してくれてな。アイツは騎士の家系で社交界にも多少参加するからダンスは心得ているらしい」

「じゃあ旅行までの一ヶ月教えて貰ってたんですか?」

「ああ」


 なるほど。騎士の家系なら確かに社交界にも参加するからダンスはできるだろう。

 しかし、師匠がまさかこのためにニコルさんにダンスを教えてほしいと頼むとは。驚いてしまった。

 ニコルさんには帰ったらお礼を言おう。お土産を渡す時にでも。


「……」


 夢みたいだ。師匠とダンスをするなんて。

 レラの時は叶わなかった願いだから。

 まさか師匠があのお願いを覚えていて、叶えようとしてくれたなんて。

 しかも、わざわざ練習までしてくれて。


「……ありがとうございます、師匠」


 レラとして感謝の気持ちを述べる。


「ありがとう、ディートハルト」


 そして、次にシルヴィアとしても述べる。

 私がレラとして、シルヴィアとして述べると師匠は僅かに目を見開いて、その後優しい笑みを浮かべる。


「まだ時間はあるから、レラの時に叶えなれなかったことをこれから叶えていこう。勿論、シルヴィアとしてやりたいこともやっていこう」

「ディート…ハルト」


 こつんっ、とおでこを当てて囁いてくれる。

 その言葉に胸が嬉しいという気持ちで満たされていく。

 これからも側にいてくれるんだと改めて実感して。

 

「……ありがとう。じゃあ、お願い早速聞いてくれる?」

「なんだ?」


 メロディが緩やかに終わり、立ち止まる。

 師匠がおでこを離してじっとこちらを見つめる。

 それに対して私はニコッと微笑む。


「私だけ叶えてもらうのは嫌い。だからディートハルトもやりたいことができたら私に言って」

「シルヴィア…」


 師匠が私の願いを叶えたいように、私も師匠の願いを叶えたい。だから伝える。


「ディートハルトより私は弱いけど、私だってディートハルトを幸せにしたいんだから」


 笑顔でそう告げたら師匠に強く抱き締められた。


「……お前さえいてくれたら俺は幸せさ。……好きだ、シルヴィア」


 離したと思ったら温かい感触が額に感じた。

 今のは唇だ、と気付くと熱を持ってしまった。

 師匠の突然の告白に口付けと、心臓がバクバクと大きく脈打っているのが感じる。

 普段はこんなはっきりと「好き」とか言葉にしない人なのに。

 ドキドキしながらも優しい笑みでこちらを見つめるその人を見ると、私も気持ちを伝えたくなって。

 だからか、普段なら絶対しない大胆な行動をしてしまった。


「私も。大好きだよ、ディートハルト!」


 二曲目の始まりのメロディを聞きながら、私は精一杯背伸びして師匠の首に腕を回して、師匠の口に私のそれを重ねた。

 この思いは一生、色褪せないだろうな、と思いながら。


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