後日談 三百年越しに叶えよう3

 王都に滞在して三日目。私と師匠は朝食を摂った後、外出するために宿の廊下を歩いていた。


「おや、お二人さん。お出かけかい?」

「おじいさん。はい」


 受付に座っていていたおじいさんが声をかけてくる。おじいさんは宿の主人で、帰ってくる度に毎回温かく出迎えてくれる。


「今日はどこを歩くんじゃ?」

「観光地は見たので今日は散歩しながら博物館や美術館を見ようかなって思ってます」


 有名な観光地は一通り見たので今日はどこかはっきりとは予定を決めておらず、歩いていこうと考える。


「どこかオススメの場所はありますか?」


 話しかけられたついでにオススメの場所を尋ねてみる。おじいさんなら首都暮らしのため、どこかいいところを知っているかもしれない。


「ふむ。オススメならヘルディス王宮だが、あそこは有名な観光地じゃ。もう行ったじゃろう?」

「…そうですね」


 おじいさんの口からその単語が出てきて一瞬つまってしまった。


 ヘルディス王宮はレラが生前暮らしていた王宮である。

 君主制から共和国制に切り替わっても王宮は取り壊しされることなく、観光地として利用されている。

 全てを見学することはできないけど、王宮の一部を開放して国内外問わず人気の観光地として名を馳せている。


 そんなヘルディス王宮を私は昨日、師匠とともに見学した。

 師匠は構わないのか、と聞いてきたけど別に異母兄が生きているわけじゃないので見学しにいった。

 王宮の内部を全て知っているわけではない。だけど三百年ぶりのレラの“家”に足を踏み入れた時、懐かしくなった。

 嫌な思い出もあるけど、それを上回る楽しい思い出が確かにあったから。

 あ、ここ知ってるって感じながら懐かしい気持ちでかつて住んでいた王宮を見て回ったのだった。


「博物館なら国立歴史博物館がオススメじゃが」

「歴史博物館ですか?」

「ああ、中でも王国から共和国に変化した時代は興味深いのぅ」


 王国から共和国。それはつまり、私の死後の歴史。

 異母兄・アイザック様が国王になるも処刑された時代。


「お嬢さんたちも興味があるなら行ってみなさい。学芸員がおるから話を聞きながら見学するのもよい」

「…そうですね、ありがとうございます」


 師匠が隣で何か言いたそうな顔をしているけど無視しておじいさんにお礼を言って私たちは宿から出た。


「行くのか?」

「行くって、歴史博物館のこと?」


 私が聞き返すとこくりっ、と師匠が頷いて返事をした。


「行ってみてもいいかなー、って思ったけど」

「だがいいとは言えないかもしれないぞ。……お前の死後は戦争ばかりだったからな」

「そうだよね、最後はクーデターだし」


 師匠の言い分はわかる。

 多くの人間の命を奪う戦争が私は嫌いだ。

 それがレラの死後に幾度となく起きてしまったから、それをわざわざ見に行く私を気にしているんだろう。

 でも。


「…過去を知る必要があると思うんだ。私の死後、どうやって共和国になったのかを。どうやって再興したのかを知りたくて。……ここは、私の故郷だから」


 共和国になって三百年。今は平和そのものだけど、三百年前はそうじゃなかったはずだ。

 敗戦を繰り返して、クーデター。どうやって国を再興したのかは気になる。だから知りたい。


「大丈夫だよ。過去は変えられないし、歴史として割りきるから」


 安心させるようにニコッ、と笑う。

 どんなことがあったとしても、それは過去にあった出来事として受け入れる。


「……なら行くか」

「うん」


 そして私たちはおじいさんに紹介された歴史博物館に向かったのだった。




 ***




 国立歴史博物館は首都の中心部から少し逸れた場所にあり、当然ながら大きくて広かった。


「意外と人少ないね」

「明日は祭りで現地の人間は忙しいし、観光客は首都中心部の観光地を見てるだろうしな」

「そっか、そうだよね」


 私も真っ先に行ったのはヘルディス王宮を始めとした首都中心部の観光地だったし、そうだろうな。

 これならゆっくりと見て回れそうだ。


 料金を払って古代から順番に回っていく。

 王国時代は五百年ほどあり、大国になったきっかけの戦争などが細やかに記されていて意外と時間がかかる。

 だけどさすがは国立歴史博物館だ。歴史の授業で習った内容が資料とともに詳しく説明されていて面白い。

 王国建国時の出来事やその時代に何ができたか、何があったかを解説文とともに見ていく。

 レラの時は歴史を教えてもらってもここまで深くは教えられなかった。王族として必要な部分までしか教えてもらえなかったので、そうなんだ、と思う内容も多い。

 なんだかんだと古代から順番に見ていくとついに王国の終わりまでたどり着いた。


「……」


 王国の幾度にわたる敗戦、クーデター、そして最後の国王アイザックの処刑が綴られていた。

 改めて説明を読んでいくと、面している三ヵ国を同時に相手にするのは普通無理だ。

 よほど地理的に有利な状況、戦力に知将に優れた人がいないと難しいだろう。


「……なぁ、シルヴィア。これ」

「? 何──」


 師匠に声をかけられてそれを見たら息が止まってしまった。

 そこに展示されていたのはとある人の日記だった。

 エルマー・ケルベック。レラ時代、私に魔法を教えてくれていた最初の先生で──老師の名前だった。


 どうして、と思う気持ちと同時にレラに関することが綴られていた。

 その数は少ないけど、魔力マナの愛し子の教育係をしていた頃を記していた。

 じっと見てしまう。どうして老師の日記がここに展示されているのだろう。

 

「観光客、の方でしょうか?」

「!」


 声をかけられて驚いて振り向いたら眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の若い男性がいた。びっくりした。


「あ、はい…」

「すみません、急に声をかけて。観光客はここの時代をよく見ているので」

「あははは……」


 世界としては王国と共和国なら王国の方がやや多い。だから共和国制のセーラ共和国ここは珍しく見える。


「王国からの人ですか?」

「はい、キエフ王国からです」

「遠いのにわざわざ来てくれたのですね」


 穏やかそうに話してくるけど、この人は学芸員なのだろうか。


「ここの職員か?」


 私が感じていた疑問を師匠が男性に問いかけると、男性はあっ、と声を出して返事した。


「すみません、名乗るのが遅れて…。学芸員のオリバー・ケルベックと言います」

「────」


 その名前を聞いて、再び息が止まりそうになった。

 ケルベック。老師と同じ名字の学芸員。

 同じ名字という可能性はある。だけど、そんな偶然は果たしてあるのだろうか。

 特に、学芸員として働いているなんて。


「あの……この日記もケルベックと書かれてますけど、もしかして何か関係がありますか?」


 恐る恐るオリバーさんに尋ねてみる。


「私の先祖なんです」

「ご先祖様ですか?」

「はい」


 なんとご先祖様と来た。老師の子孫が学芸員として働いているなんて。しかも会うなんて。


「なぜこの日記を展示しているんだ?」


 師匠が疑問をオリバーさんにぶつける。私も思う。なぜ老師の日記が展示されているのだろう。


「実は、レラ王女に関することが書いてあったので展示しているんです」

「レラ王女…?」


 って私のことですかい。なぜ?


「話が少し長くなりますが、よろしいですか?」

「はい…」


 一体なぜ私が出てくるのだろうか。不思議である。


「レラ王女というのは王朝末期の王族で共和国になる前に亡くなっています。王女は魔力マナの愛し子という特殊な人間だった、と言われていたんですが…実は最近まで本当に愛し子だったのかわからなかったんです」

「へっ?」


 思わず変な声が出てしまったけど許してほしい。

 私が愛し子だったかわからなかったと?


「王朝末期は戦争とクーデターの動乱で資料が燃える、消失などしていてわからないことも少なくないので。王女の資料は少なく、愛し子でアイザック王の異母妹、アイザック王の手で若くして毒殺されたと記録されていても古くて断片的で本当に愛し子だったのかわからなかったんです」

「…………」


 当時、お茶会やパーティーに参加していた異母兄妹たちと違って、私は貴族たちの前に出ることはなかった。

 理由は父王が私が貴族と関わるのを阻止していたのだろう、と今ならわかる。

 侍女とも距離があったのは侍女長が父王の指示で深く関わるのを禁止していたから。

 私が他人と関わるのを封じていたのをひしひしと感じる。

 なるほど、それなら私に関する記録は少なくて当然だろう。


「そんな時、この日記が見つかって。読んでみたらレラ王女のことが書かれていたんです。愛し子であったこと、レラ王女に魔法を一時的に指導していたことがわかり、レラ王女は愛し子だったのだとわかったんです」

「……そうなんですね」


 老師が私のことを記録していたなんて。

 読んでみる限りだと、私の魔法の学習の早さを記録していたらしい。


「愛し子のレラ王女を毒殺し、敗戦で多くの民を死に追いやったアイザック王は血染めの愚王として呼ばれるようになりました」

「……愚王」


 確かに異母兄の判断は結果的に多くの民の命を奪った。

 原因は戦争でも、私の存在がなくなったことで不満を我慢していた国々が一斉に攻め込んだから。


「アイザック王は愚王でした。しかし、共和国になったからこそ身分制度が廃止されたのは事実です。それにより、平民からでも文官になることが可能になりました。……君主制なら政治の中枢に入るのは難しかったでしょう。当時の先人たちが新しい政治を作ってくれたからこそ、今があると思うんです。…それに正直、私が貴族なのは想像つきません」


 最後の方は苦笑しながらオリバーさんが話す。

 オリバーさんの実家のケルベック家は元は貴族の家柄だ。

 もしセーラ王国のままだったら貴族だっただろう。


「あっ…すみません、長話をして」

「……いえ、ありがとうございました」

「では、私は失礼します。ごゆっくり」


 そしてオリバーさんは挨拶して去っていった。




 ***




「…………」

「…………」


 無言のまま目の前の光景を見つめる。

 共和国誕生後から現代まで見学し、現在は観光地の一つとして知られているリッテンベルク公園のベンチに座っている。


「……レラが生きていたらセーラ王国のままだったかな?」


 晴天の青空を眺めながら師匠に尋ねてしまう。

 レラが生きていたらたくさんの民の血が流れることもなく平和が続いていたのではないか、そんな風に考えたことは何回もある。

 だけどオリバーさんの話を聞いて共和国になったことでよかったこともある知った。

 身分制度が廃止されたことで平民でも政治に参加できるようになった。女性が働きやすくなった。

 君主制なら貴族が政治を支配し、貴族の女性は働くことは限られていただろう。


「…きっと君主制のままだっただろうな。現在でも君主制の国の方が多い。ここも王候貴族がいただろうな」

「そっか」


 今の地図を見ると王国の方が多いから王国のままだった可能性は十分ある。

 きっと王国のままの方がよかったこともあるだろう。

 共和国になって良いこと、悪いことどっちもあったと思う。  

 だけど今はみんな明日のお祭りを考える余裕があって笑っている。

 楽しそうに笑って追いかけっこしている小さな子どもたちの姿を見て目を細める。


「…平和そうで、よかった」


 ポツリと呟く。

 セーラ王国からセーラ共和国になってどうなっているのか気になっていた。

 でも、ここ数日街中を歩いて賑やかにしている様子を見て安心した。

 このまま平和でいてくれることを心から願う。


「よしっ」


 ベンチから立ち上がり背筋を伸ばしていく。

 時間はお昼を少し過ぎていて、お腹が減っている。どこかおいしいところで食べたいな。


「過去を知ることはできたか?」


 そう考えていたら師匠が声をかけていたので振り向く。

 珍しい、美しい青紫の瞳が私をしっかりと捉える。

 まるで本心か見極めるようにじっ、と見てくる。

 だから心から笑いながら本心を告げる。


「うん。行ってよかった」

「…そうか」


 本心だとわかったのか、安心した表情を浮かべて師匠も立ち上がる。


「どこか食べに行かない? せっかくだし、ちょっと高いところとか」

「なら探すか」

「うん」


 そして師匠の大きな手と繋いで飲食街へと向かった。


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