後日談 師匠の手料理
「そう言えば、師匠ってどんな料理作れるんですか?」
「………なんだ、急に?」
私の問いかけに師匠は本を読むのをやめ、片眉を上げて聞き直してきた。
外では敬語を使わず話すけど、私にとってやっぱり師匠は尊敬する人だし、家の中では敬語で話している。
心の中では師匠と無意識に呼んでしまっているし、果たして直る日は来るのだろうか。
「おや、シルヴィア。ディートハルトの料理を食べたことないのかい?」
「はい。よく考えればないなぁ、と思って。一緒に作ることはあるんですけど、師匠の完全手料理は食べたことないですね」
大師匠様こと、ランヴァルド様からの疑問に答える。
今日はランヴァルド様がやって来ていて、色々話をしていたら途中でそんな話になった。
ちなみに話していたのは私とランヴァルド様。師匠は魔導書に集中していて話には加わっていなかった。
師匠は私たちがうるさくても自分の世界に入ることができるようだ。すごい。
「ディートハルトに料理を教えたのは僕なんだけどね、彼ね、作るの上手だよ」
「えっー! そうなんですか?」
「そうだよ。だから寝る前はおいしいもの食べて寝たいから夕食はいつもディートハルトに作らせてたね」
「師匠って何作るんですか?」
師匠に話しかけると師匠は本を読むのを諦めたのか、本を閉じてこちらを見る。
「一通り作れるとは思うが?」
「焼き料理も? 煮込み料理も? 炒め料理も? 揚げ料理も? 蒸し料理も?」
「なんだその追及のような言い方は。…まぁできるんじゃないか?」
「そうなんですか~」
一通りこなせるとは。…では食べてみてもよろしいでしょうか?
「じゃ今日のお昼作ってください!」
「はっ?」
「わぁ、いいねぇ。僕も久しぶりに食べたいから作ってくれ」
私の言葉に師匠は不満そうに声をあげるが、ランヴァルド様からの援護が来て二人で言い合う。
「食べてみたいです~師匠の手料理~」
「僕も久しぶりに食べたいなぁー」
「このっ…」
ちっ、と舌打ちが聞こえた。行儀が悪いですよ、師匠。
「……はぁ。何を作ればいいんですか?」
諦めたのか、師匠がランヴァルド様に尋ねる。
「ん? 僕はなんでもいいよ。ディートハルトの作ったものはどれもおいしいからねぇ」
なんというお墨付き。それほどまで師匠は料理が上手なの?
「シルヴィア、何がいい?」
「え、リクエストしていいんですか?」
「師匠がなんでもいいって言うからだろう。なんでもは言うなよ。なんでもいいは一番面倒なんだからな」
それ、公爵家時代にも言われたことがある。
あれはお母様がまだ存命中の頃で、料理人がふとした気まぐれで私に夕食は何がいいか尋ねてきたのだった。
公爵家の料理人である。なんでもおいしく作るのでなんでもいい、って答えたらそれは一番面倒な注文だと言われた。どうやら作り手からしたらなんでもいいは禁句らしいとその時の私は学んだ。
「んっ~そうですね…」
何がいいだろう? 家にある野菜を思い出してみる。お肉と野菜を使った料理を食べたい…そうだ。
「じゃあ、ロールキャベツお願いしていいですか?」
「ロールキャベツか。わかった」
返事するや否や師匠はキッチンへ向かい、戸惑うことなく調理をしていく後ろ姿を目にする。さすが実年齢三百歳超え。
「シルヴィア、ディートハルトとは仲良くできているかい?」
大師匠様がこそっと尋ねてくる。どうやら心配してくれているらしい。
「大丈夫ですよ。レラの時も喧嘩なんてしたことないんですよ?」
私は師匠のこと信頼してたし、子どもだったこともあり、殆ど本音で話していた。対する師匠も取り繕うことが苦手なタイプだからか結構お互い本音で話していたと思う。
「そうかい? それならよかった」
「大師匠様って、意外と心配性なんですね」
素直な感想を口にする。まさか心配されていたとは。
「ん? だってあの子は口数が多くないからね。ついつい心配してしまって」
「ああ…」
「今は冒険者をしているんだね。他の方々と喧嘩とかしていないかい? 手紙でそういうこと聞いても『大丈夫です』ってだけで少し不安でね」
ランヴァルド様とは文通をしているが、ランヴァルド様の発言は正に子どもを心配している保護者である。
師匠は確かに口数が少ない。顔立ちもきれいだけど冷たい顔立ちだし。
よし、ここはランヴァルド様の不安を解消するために正直に告げておこう。
「大丈夫ですよ。冒険者の方々はみんな平民ですから師匠の無愛想もあんまり気にしていないですよ。むしろ頼られてますから」
「そうなのかい?」
驚いた様子のランヴァルド様。だから安心させるように続きを話す。
「ギルドでは三属性の使い手として通してますが、師匠は魔法に優れているから何かと頼られて。中規模のモンスターの討伐とかですかね」
なんせ師匠の魔法の威力はすごいから。初めは遠巻きで師匠に接していたけどその討伐をきっかけに男性の冒険者は師匠に対してフランクに接してくるようになった。
「騎士団にも友人がいて、たまに食事してくるんですよ?」
「友人が?」
ランヴァルド様が目を見開いて驚いている。かなりびっくりしたようだ。
「はい。ニコルさんっていうんですけど、ここに来たばかりの師匠を何かと気にかけてくれて。それがきっかけで友人に」
師匠もニコルさんを友人として認めているようで私も嬉しく感じる。
「そうか……あの子が楽しそうでよかったよ。僕の不安は杞憂だったね」
その目は親のような目だった。
師匠の生い立ちは知っている。師匠を育て上げたのがランヴァルド様であることも。
きっと放逐期間の間も師匠のこと心配してたんだろうな。
「何かあれば私に尋ねてくれたらわかる限りでお答えしますから」
「ありがとう、シルヴィア。でも今の話で安心したよ」
「それならよかったです」
それから師匠が料理を持ってくるまで和気あいあいとお話しした。
***
「師匠、シルヴィア。できました」
「ありがとう、ディートハルト」
「ありがとうございます、師匠!」
持ってきたロールキャベツは味付けはコンソメ味でおいしそうだった。
「いただきまーす!」
できたてロールキャベツを一口食べてみる。え、ちょ、これって……。
「私より上手じゃないですか……!?」
「そうか?」
私の疑問に師匠は本当に不思議そうに返事する。いや、待って。これ私より上手でしょうぅぅぅ!!?
形は崩れていないし、お肉は味が染み込んでるし、キャベツも柔らかいし、コンソメの味もしっかり効いているし……。本人自覚ないけどこれ明らかに上手じゃん!!
「なんか特別な調理をしましたか?」
「普通に切って、普通に茹でて、普通に味付けをしただけだ」
師匠が何を聞いてくるんだ?コイツ。って目を向けてくる。普通に作ってこのおいしさですか…? それはつまり──。
「女子力高すぎでしょう…!!」
「はっ?」
師匠の声を無視して自分の世界に入る。なんてこった。師匠が女子力高い系だったなんて。
師匠は男性なのに! なのに女性である私より料理上手って! 納得いかない! 悔しい! なんかすごい敗北感を感じる!!
ずぅぅぅん、とわかるように落ち込んでしまうと肩にポンッ、と手を置かれた。
その人物は大師匠様だった。
「シルヴィア、落ち込むことはないよ」
「大師匠様…」
「ディートハルトは君より遥かに年上だからね。上手なのは当たり前だよ」
ポンポンッ、と肩を優しく叩いて励ましてくれる。そりゃあすごい年上なのはわかります。だけど、すぐにはわりきれない。
「別に気にしなくていいだろう。俺はシルヴィアの料理の方が好きだからな」
「…本当ですか?」
「ああ、シルヴィアの料理はどれもうまい」
「…それならよかったです」
師匠は無理して不味いのをおいしいとは言わないのは知っている。
「シルヴィアの料理か。食べてみたいなぁ」
「じゃあ今度大師匠様が来る時作りますね。何食べたいか考えといてください」
「じゃ楽しみにしておこう」
三人でお昼ご飯を食べるのは初めてかもしれない。
これからもこういう平穏な日々が続くといいな、と一人思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます