後日談 シルヴィアの不満
キエフ王国南部に位置するタレント山脈から大量のモンスターが下りてきた。
猪の姿をしたモンスターに双頭の犬、大型の毒蛇に蜥蜴に熊と多種多様なモンスターたちが人里を襲おうと向かってきた。
結界師の結界により、弱体化はしているというものの、その数は多く、また、その中に邪竜といわれる黒い炎を吐くドラゴンがいたことで状況は一変した。
タレント山脈を含む周辺を治めていた侯爵は近隣住民を避難させ、私兵を投入してモンスターを討伐するように命じた。
また、すぐさま騎士団と王宮魔導師団に連絡をし、騎士たちの派遣を依頼し、同時にギルドに腕の立つ冒険者たちに至急引き受けてもらうように依頼したのだった。
『グルルルッ…!!』
「隊長! あのドラゴン、攻撃が全く効きません!」
「弓撃しても歯が立ちません!」
「あの鱗が固すぎんだよ!!」
騎士団、魔導師団、冒険者が侯爵の要請に従い、ドラゴンを始めとしたモンスターを討伐していた。
他のモンスターは強いものの、集団で連携して取り組めば対処ができた。
だがドラゴンは違った。唯一空中から広範囲で攻撃が可能な存在で討伐しようとするも、その鱗は固く、攻撃を無効にする。
王宮魔導師たちが複数人で攻撃魔法を使ったことで、比較的魔法は通じることがわかった。
だが比較的魔法が通じるも、それも武器による攻撃よりかは効果的というだけで、ドラゴンに決定的な致命傷は与えられていない。
「あの鱗を破壊しないとドラゴンは討伐することができないのか…」
騎士として派遣された一人でもあるニコルは現在の状況を冷静に分析する。
邪竜の黒い炎は高温で大きく吐くと広大な森や町は一瞬で全部を燃やし尽くすと言われている。
翼も脅威だ。大きい翼で攻撃されたら厄介だ。
そのため、王宮魔導師たちは周囲の土地に被害が及ばないように障壁を張って被害を抑えるのに手一杯である。
自分たち騎士や冒険者たちがドラゴンに攻撃することで意識を引き留めているが、それもいつまで持つことやら。黒い炎が直撃したら即死であろう、と考える。
こういう時、彼がいてくれたら、と思ってしまう。
「ニコル」
「──。ディートハルト!」
低い、硬質な声が聞こえたと思えば後ろから全てを染めあげてしまいそうな黒髪が視界に入る。
そのすぐ隣には柔らかそうな金髪の少女。ともにニコルがよく知る知り合いだ。
彼を視認した騎士や冒険者たちが一斉に彼の名前を呼ぶ。それもそのはず。彼ならこの状況を打破できるかもしれないからだ。
「私も手伝うよ」
「お前は下がってろ」
「足手まといにはなりません!」
「いいから。怪我人が多いだろう。そっちの手当てをしろ」
「っ…わかりました」
金髪の少女──シルヴィアが後方に行ったことを確認するとディートハルトは前へ歩き出したため、ニコルも隣を歩く。
「ディートハルト、できるかい?」
「あの邪竜は鱗を破壊したら中身は脆い。弓撃でも魔法でも十分通じる。まぁ任せろ」
そう言うとディートハルトは詠唱を始める。
同時に真下に魔法陣が展開し、風が漂い始める。
ニコルの友人、ディートハルト・リゼルクは魔法を極めた魔法使いである。
膨大な知識と高い技術、その威力とコントロール能力は王宮魔導師レベルだと考える。
ドラゴンがディートハルトの魔法陣に気付き、攻撃しようと息を大きく吸って黒い炎を吐こうとする。
『グゥゥッ…!!』
「ディートハルトっ!」
「蜥蜴風情が」
そして、ドラゴンはディートハルトに向かって黒い炎を吐き出した。
「──自分の攻撃で自滅しろ、跳ね返せ」
ディートハルトが呟いた瞬間、光輝く障壁が現れ、黒い炎を反射させた。
『グルルルルルルッ!!?』
黒い炎は見事ドラゴンに跳ね返り、直撃して大きな音を立ててドラゴンは地面に倒れ落ちる。
「あとは
「え。ディートハルトは?」
「シルヴィアのとこ」
短く返答するとディートハルトは後方へ歩き出した。
自分はまだ仕事がある。なので大きな声で一言だけ伝える。
「ありがとうー! ディートハルト!!」
そう叫ぶとディートハルトは振り向かず手だけ振って返した。
***
「このままじゃ危ない」
「……危ないって、何が?」
イヴリンとのお昼時間、私の突然の不満にイヴリンは聞き返してくれる。優しい。
それでもこの気持ちは収まらない。悔しい、が胸を埋め尽くす。
「だって! このままじゃディートハルトが先にゴールド行きになっちゃう!!」
「ああ~…よしよし」
思わずイヴリンに嘆いてすがりついてしまった。
師匠が冒険者になって一年が経った。
師匠は無愛想だけどその腕は一流で討伐系やダンジョン系の依頼を次々とこなし、あっという間に私と同じシルバーへたどり着いた。私なんて三年目でシルバーなのに、師匠は一年で…。
それだけでもショックだったのに、さらにショックを受けたのがほんの数日前の出来事。
キエフ王国南部で邪竜のドラゴンが現れた。
騎士団や冒険者たちも派遣されて、当然、モンスター討伐お得意さんになってしまった師匠にもお呼びがかかった。
頼まれたということで師匠とともに空間転移でやって来たけど、やって来て早々、師匠はドラゴンの鱗を破壊して見事ドラゴン討伐に大きく貢献したのだった。私の出る幕なんてなかった。師匠に命令された通り、怪我人を治癒してたら全てが終わってた。
怪我人の治癒は大切だ。それはわかるけど、終わったら手伝おうしたのに邪竜は師匠の前では無力だった。瞬殺だった。
そして師匠は先日のドラゴン討伐に大きく貢献したことから近々ゴールド行きかもと噂されている。
冒険者はホワイト・ブロンド・シルバー・ゴールド・ブラックの五ランクにわけられていて、ブラックは本当に少なく、多くの人はゴールドで最後を終える。
そのゴールドも長い時間をかけてようやくたどり着く。
なのに師匠はもうすぐゴールド行き? 悔しいに決まっている。
「普段の依頼でもモンスターが現れたら私が対処する前に倒すんだよ? 私のすることなんて薬草や鉱石を採掘するくらいだよ? しかも、それも半分やってくれるし」
最近思う。私がいる意味ある? 全部師匠一人でできるんだけど。むしろ足引っ張ってるんじゃないかと不安になる。
「私ってそんなに頼りないかな」
魔法には自信あった。なのにそんな過保護みたいに全部取り除かれると自信をなくしてしまいそうになる。
「う~ん、ディートハルトさんもやりすぎかもしれないけど、それだけシルヴィアを心配しているってことだよ。一年前の件も知っているんでしょう?」
「うん…」
「ディートハルトさん、他人には興味ないのにシルヴィアには違うんだから。それだけ大切ってことだよ。それに、ディートハルトさんは男の人なんだよ? 好きな人を守りたいって気持ちはわかるけどなぁ」
「……」
イヴリンの言葉に黙り込んでしまう。
好き。師匠が私を好いてくれているのはわかる。私が動く前に倒してくれるのも、守ってくれているってわかっている。
だけど、私は守られてばかりは好きじゃない。
「嬉しいけど…守られっぱなしは嫌なの」
「…それなら、直接ディートハルトさんに言えばどうかな? 無視するような人じゃないでしょう? ちゃんと言えば少しは変わるかもしれないよ」
ちゃんと言えば。そうしたら師匠も少しは変わってくれるかな。
「…うん、言ってみる」
「そうだよ。ちゃんと言わないと伝わらないよ?」
「いつもごめんね、イヴリン。愚痴ちゃって」
「いいよ、そんなの。恋愛に興味なかったシルヴィアが恋してくれて私も嬉しくて」
「イヴリンも何かあったら相談してね。協力するから!!」
力説してイヴリンに告げる。私の力になってくれているんだから私も返さないと!
するとイヴリンはきょとん、とした顔をしてそれからニコッと私の好きな笑顔を浮かべた。
「ありがとう、シルヴィア。結果はちゃんと教えてね」
「勿論っ!!」
イヴリンと別れて家へ帰る。よし、決意したからには今日言うぞ! こういうのは決意してすぐに行動に移さないと!
「おかえり」
「え、あっ、ただいま帰りました」
家に帰ると師匠がいた。あれ、今日は私と同じように出かけてたのに。私より早かったのか。
「シロちゃんも、ただいま」
「ニャッ!」
こちらへやって来て甘えてくる。いつまで経ってもシロちゃんはかわいい。
「これ」
「なんですか?」
シロちゃんをかわいがっていると小さな紙袋を渡された。なんだろう。
中には小さな正方形の箱が入っていて、開いてみると花模様の髪飾りがあった。しかも宝石付きだ。え、何これ。
「魔法鉱石付きの髪飾りだ。つけているときに危険が迫ったら結界が発動する。盗難魔法もついているから安心しろ」
「はいっ!? た、高かったんじゃ……」
「
いや、ドラゴン討伐の報酬ってすごくよかったですよね? いつもの依頼の十倍くらいでは?
……これは主に貴族のご夫人やご令嬢が万が一用に身に付けていることが多い代物だ。それを渡されるってことはやはりそれだけ頼りがいないのかな。
イヴリンにせっかく愚痴ったのに、また暗い気持ちになる。
「……シルヴィア?」
「……」
「…何か、悪いことしてしまったか?」
「…師匠?」
普段の硬質な低い声ではなく、狼狽えたような、不安そうな声に顔をあげてしまう。
師匠の顔は声と同じように狼狽えた表情をしていて、珍しい表情に驚いてしまう。
「師匠に言われたことがあるが…俺は人の心に疎いところがあると思う。だから…何か不快に思ったのなら正直に話してほしい。特に、シルヴィアには…嫌われたくない」
「へっ?」
師匠が目を伏せて不安そうな声で話していく。大師匠様、何気にズバッとそんなこと言ったんですか…?
しかしそれはあとだ。な、な、なんか誤解している。嫌うはずないのに…!
「ち、違います! 嫌いになんかなりませんよ! ただ、こんな高価な物貰って…頼りないのかなって」
即座に否定し、自分の気持ちを正直に伝える。
「普段の依頼でもモンスターをすぐに討伐して……私って頼りないですか?」
師匠につられて私も不安そうに尋ねてしまう。
なんて言うだろう。実際、レラの頃は間抜けにも簡単に死んでしまったし頼りないと思っているのかもしれない。その場合はイメージを払拭しないといけない。
「…そんなことないさ」
不安に思っていた私の頭の上で優しい声音が響く。
顔をあげる。師匠は私をじっと見ていて、髪に優しく触れる。
「シルヴィアが強いのは知っているさ。ただ、俺が不安なだけなんだ。…レラを失った後は俺はひどく憔悴しきっていてな。レラの死をずっと後悔していた。だから、もう失いたくなくてついお前を守ろうとしてしまうんだ」
こつんっ、と師匠のおでこと私のおでこがくっつく。近い。
「気を付けるから。だから離れないでくれ」
掠れた美声が懇願してくる。…そんな風に頼まれたら何も言えなくなる。
これは惚れた者の負けだな、と思いながら師匠に微笑む。
「…離れませんよ。だから、気を付けてくださいね?」
安心させるためにニコッと微笑んで、髪飾りに手を伸ばす。
早速つけて鏡で見ると花模様の髪飾りはかわいくて、緑の宝石に加工された魔法鉱石は私の金髪に見事に映えていた。
「どうですか?」
「似合っているよ」
即答で返ってきた褒め言葉に私の頬は緩くなる。きっと私の髪に似合う物を選んでくれたのだろうと考えると嬉しくなる。
「ありがとうございます、師匠」
好きな人が自分のためにプレゼントを選んでくれたら嬉しいに決まっている。
師匠と再び生活する中でわかったことがある。
料理上手なこと。何かと過保護なこと。懐に入れた人には何かと甘いこと。
あと、これは変化だけど、優しい笑みを浮かべることが増えた。
そんな強くて、頼れて、愛しい人を今度こそは置いていかずに、ずっとずっと隣で笑って過ごしたい、と心から願った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます