ディートハルト8
シルヴィア・エレインという少女はお人好しで何かと世話焼きな人物である、とディートハルトはこの約二週間の生活で思い知った。
まずいきなり身元不明の子どもを保護するのは警戒心がなさすぎると他人ながら不安になったし、子どもなのだからとたくさん栄養を摂るようにと言われて食べさせられ、あれやこれやと面倒見ようとしてくる。
完全に子ども扱いされているな、とディートハルトは感じた。
見た目は子どもなので仕方ないとは考えるも不満である。
だがそのお人好しの提案に乗っかって居候している身である。相手は自分より年下なので迷惑はあまりかけたくないので今は皿洗いといった家事に冒険者業も始めてシルヴィアとともに冒険者として活動している。
コンコンッ、とドアをノックする音が響く。
「ディーン君、起きてるー?」
「起きてる」
素早く返事をしてドアを開けると、最近見慣れるようになった金髪が視界に入り、緑眼と目が合う。
「あっ、起きてる。おはよう、ディーン君」
「…おはよ、シルヴィア」
ニコニコと挨拶するシルヴィアにぼそりと挨拶をする。
「朝食できたから一緒に食べよっか」
「…わかった」
シルヴィアの言葉にディートハルトはともにリビングに向かう。
「最近ディーン君、起こす前に起きるようになったねー」
「シルヴィアが毎日起こしに来るからだろう」
ディートハルトは朝が弱く、起きるのが遅い。
セーラ王国時、そんな自分を起こしに来ていたのはレラであった。
貴重で膨大な魔導書が大量に保管されていたこともあり、つい読んでしまい、そのせいで数回授業時間を少し遅れてしまったことがあった。
それがきっかけでレラが毎朝部屋の前で大声でドアを叩きながら起こすのが日常になったのをシルヴィアとの生活を通して思い出して、密かに懐かしむ。
「今日は目玉焼きトーストにベーコンとサラダに昨日の残りのスープだよ」
「…いただきます」
「いただきますー!」
目玉焼きが乗ったトーストを一口食べる。卵は半熟でおいしく、パンも柔らかい。
ベーコンもこんがり焼き色が付いていてカリっとしていておいしく、サラダも瑞々しい。スープも昨日の残りだが、温かくされていておいしい。
放逐生活二年。今まであちこちを放浪して色んな料理を食べていた。
だが、特別豪華でなくとも他人と食べるとおいしく感じる。
少しの会話でも他人と同じ空間で食事をするだけで何か心が満たされるのを感じた。
「……今日は、依頼引き受けるのか?」
「その予定だよ。まぁ、何引き受けるのかは考えてないんだけど。ディーン君、何かある?」
「シルヴィアに任せる」
「ふふ、わかったよ」
「……」
やはりこの態度、完全に子ども扱いされていると感じる。
本人は恩人に似ている自分を憐れに思い助けたのだと主張するが、やはりそんな理由で見ず知らずの子どもを保護する
この街は自分が生まれた寒村とは違う。経済も回り、流通も回っているが、見ず知らずの子どもを保護して面倒見ようとする人間は一体どれだけいるだろう、とディートハルトは考える。
少なくとも自分なら面倒なんて見ようとしない。まず子どもが苦手だからだ。
「ごちそうさま」
「…ごちそうさま」
食後が終わればともに皿洗いをする。といっても自分は食器を拭くだけなのだが。
自分もレラの指導をしていた時は年下だということもあり、レラを子ども扱いしていてよく文句言われていたのを思い出す。
シルヴィアと過ごすことで、ふとした時にレラとの思い出を思い出すことがある。
「じゃあ行こっか」
「ああ」
ともに家を出てギルドまで歩いていく。
「あっ、シルヴィア! ディーン君も! 依頼探し?」
「正解、イヴリン。何かいいの紹介して~」
「任せて! ちょっと探してくるね」
シルヴィアの友人が声をかけてきたので会釈だけする。
あまり人と深く関わる気はない。最低限の関わりで終わらせて放逐期間を終えようと考えていたからだ。
会釈して、シルヴィアの友人が探し物をしている間、ギルドをさりげなく見渡す。
ギルドの名前は知っていても利用することなんてなかった。そのため、冒険者業をして初めてギルド内に入ったため、僅かに興味関心が生まれる。
壁には様々な依頼が貼られていて、職員も色んな冒険者たちと話していて、賑やかな場所であるとディートハルトは感じる。
冒険者は自分の好きな依頼や得意な依頼を引き受けて生計を立てているらしい。どれもディートハルトにとって初めて知ることばかりである。
「じゃあ、これ引き受けようかな」
「そう? じゃあ任せていい?」
「大丈夫大丈夫。早めに取りかかった方がいいでしょう?」
ぼぅっと辺りを見渡していたら話がまとまったらしい。シルヴィアがこちらを向いてくる。
「行こっか」
「ああ」
ギルドから出て王都内を歩きながらシルヴィアに問いかける。
「何を引き受けたんだ?」
「ん? 魔法薬草の採取だよ。依頼人は魔法薬師のおばあさんで、魔法薬を作りたくて薬草がほしいんだけど年齢でモンスターがいる奥地に行けないから採ってきてほしいんだって」
魔法薬はただの薬草ではなく、魔力がこもった魔法薬草でないと作れない。
だがその薬草が生育されている場所の多くはモンスターが住み着いている場所でもあり、採取には危険が伴う。
そのため、採取するのなら冒険者を雇うこともあると知った。
「魔法薬草なんてわかるのか?」
「わかるよ、習ったからね。それに、依頼されている薬草はわかりやすいから間違えないよ」
「ふぅん」
魔法薬草まで教えてもらっているとは。
自分は国王の命令でレラに教えていたが、この少女も教えてもらうとは恵まれた環境で育っているな、とディートハルトは思う。
それも恩人に教えてもらったのだろうか。
「それも恩人に教えてもらったのか?」
「へっ? う、うん。でもその人以外にも教えてもらったなぁ」
「ふぅん」
恩人というくらいだ。魔法薬草のことを考えるとシルヴィアに色々と知識を教授したのがうかがえる。
「それより、ディーン君。魔法は二属性だけだよ」
「はいはい」
小声で注意してきたシルヴィアにディートハルトは適当に返事する。
本当は全属性使えるが黙っておく。以前、つい四属性目まで途中で詠唱してしまったが、その瞬間、シルヴィアに止められたからだ。
ギルドの登録でも二属性までと言われていて、二属性しか使わないようにしている。わざわざ力を制限されているのにさらに力を制限するのは面倒だが、我慢して従っている。
「さて、まずはおばあさんのところに行こっか」
シルヴィアの言葉にこくり、と頷いてディートハルトはそのまま歩いた。
***
場所は馬車に揺られて数時間。たどり着いたのは森の中だ。
「水よ、集え。水の弾丸となって敵を殲滅せよ」
高圧縮された水の弾丸十数発がモンスターの急所に直撃する。
「…こんなものか」
人差し指に水の雫を発生させてディートハルトは小さく呟く。
雫はくるくると回転している。魔力は回復して好調である、と感じる。
大幅に制限されている今でもモンスターの討伐は簡単で、魔力もまだまだ残っている。これなら問題なく今日は終われそうだと考える。
「ごめんね、ディーン君。見張りの方してもらって」
「いい。俺の方から提案したんだ」
見た目は子どもでも魔法の技術はこちらの方が上だ。見張りをしている間にさっさと薬草を採ってもらった方がいい。
「量はどうなんだ?」
「もう少しだよ。ごめんね、遅くて」
「……別に」
周囲を警戒しながらもシルヴィアを見る。
明るく、真面目に仕事に取り組み、依頼人からの評判もいい。
ついでに子どもの怪我も無償で治癒するお人好しでもある。
なぜだろう、ついレラと重ねてしまう。
きっと、レラと同じ世話焼き気質で明るい笑顔をよく見るからだろう、と一人結論付ける。
死者が蘇るはずもなければ、生まれ変わるはずなんてない。
レラと年齢が近いからきっと重ねてしまうのだろう、とディートハルトは推測する。
「ディーン君?」
「……なんだ?」
「ごめんね、時間かかって。終わったからおばあさんの元に行こっか」
「わかった」
シルヴィアに従い、森を出るために歩いていく。
遭遇するモンスターにはシルヴィアとともに魔法で退治して、森を抜けて依頼人の元へ向かった。
「まぁまぁ、ありがとう、シルヴィアちゃん。これで薬を作れるわぁ」
「よかったぁ。でもおばあさん。体気を付けてよ? 体壊したら元も子もないんだから」
「わかってるわよ。ありがとうね」
朗らかに笑って話しながら依頼達成のサインを貰うシルヴィアたちを一瞥する。
「ディーン君かしら。まだ小さいのに冒険者して偉いわねぇ」
「……いえ」
「ううん、すごいよ。小さいのに」
それは本当は大人であるからだ。食事と住み処を提供してもらっているから当然、礼は返すべきである。だから冒険者業を始めたのだ。
実は大人など、言っても流されるだけだから黙っているが。
「あら、もうこんな時間。はい、ギルドに報告して家に帰ってね」
「本当だ、もうこんな時間。ありがとう、おばあさん」
シルヴィアが手を振る横でディートハルトは会釈だけしてギルドへ向かった。
ギルドでは依頼達成の報告をしてまっすぐに家へ向かう。
「よし、これで家に帰れるね」
「そうだな」
家。この二週間ほどで自身の帰る家になった場所。
そこにいつまでいられるかわからない。できれば、放逐期間が終える三年間はいたいが。
終えて、元の姿に戻れば何かしらの口実を付けてシルヴィアに会って礼をしたいと思うが。
「ディーン君、今日の夕食何食べたい? 今日はディーン君の好きなもの作るよ!」
「好きなもの…」
ディートハルトは少し熟考する。別に、シルヴィアの料理はおいしいためなんでもいい。
だが、そう言うのなら。
「……ポトフ」
「ポトフ?」
シルヴィアが繰り返した言葉にこくりと頷く。
シルヴィアに保護されて初めて食べた料理であり、長い人生の中でも初めて食べた料理でもある。
温かくておいしかったのを鮮明に覚えている。
「いいよ。えっーと、ソーセージの代わりにベーコン使って…野菜はまだあったから大丈夫だねー…。よし! じゃあ今日はポトフを食べようか!」
シルヴィアの明るい声に頷く。
いつまでいれるかわからない。だが今は、この時間を大切にしたい、とディートハルトは思い始めたのだった。
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