第33話 別れの挨拶
「うん、ここなら転移できそうだ」
ランヴァルド様は一人そう呟くと私の方へ向いてくる。
「国王がお見送りしてくれるんだっけ?」
「はい、そう言ってました」
「別に見送りなんかいらんがな」
「……師匠」
ジトリと師匠を睨むものの、師匠は全く気にしていない。
ブリジットと面会した翌日、私は王宮の敷地内の庭園にいた。
今からキエフ王国に帰るためだ。
誘拐された身で来たため手荷物はなく、師匠とランヴァルド様とともに待つ。
見送りは陛下とスレイン王子で、二人がやって来た。
「エレイン嬢っ!」
「スレイン殿下!」
スレイン王子が駆け寄ってくるので私も向かう。よかった、元気そうだ。
「お元気でしたか?」
「はい、おかげさまで。王宮では快適に過ごすことができました」
「それならよかったです」
スレイン王子と会話していると後ろから陛下がゆっくりと歩いてくる。
「シルヴィア」
「陛下」
「此度は真に申し訳なかった。二度とこのようなことがないと誓おう」
「陛下…ありがとうございます」
陛下が謝罪してくれるけど、あれはフランツ王子たちの暴走だからもう大丈夫だろう。
「もう…この国には来ないのですか?」
スレイン王子が問いかけてくる。クリスタ王国に来るか、か…。
「…わかりません。ですが、いつか外国に旅行したいと考えています。その時もしかしたらクリスタ王国に立ち寄ることがあるかもしれません」
いつか、お母様の住んでた隣国に行きたいなぁと考えている。その時、クリスタ王国に立ち寄ることがあるかもしれない。
「スレイン殿下、助けてくれてありがとうございました。王太子おめでとうございます」
スレイン王子に祝福の言葉を述べる。
「ありがとうございます、エレイン嬢。……三年前から国王教育をしていたのですが、これから本格的に始まると思うと緊張します」
あはははっ、と小さく笑いながら指で頬をかく。
確かに今から次期国王教育をするから大変だろう。フランツ王子だった派閥のことも考えると余計に、だ。
「国王教育は大変でしょう。国を統治するのは生半可なことではなく、困難なこともあるでしょう」
スレイン王子に優しく教えていく。これからはただ一人の王子として行動しないといけない。
「ですが頑張ってください。民を思う気持ちを忘れずに寄り添えば、民は貴方を慕ってくれるはずです。スレイン殿下ならきっと立派な国王になれます」
「エレイン嬢…」
今はまだ自信がないのはわかる。けど、スレイン王子は学生の身で考えて調べて、私を助けようとしてくれた。
知恵をもっと身につけたらきっといい為政者になれるだろう。
「…はい、頑張ります。今より民の生活が楽になるように努力します」
「遠くからですが、応援しています」
「僕の方も応援しています。エレイン嬢も冒険者頑張ってください」
「はい」
そしてスレイン王子に礼をしたあと、師匠たちの元へ向かう。
「とりあえずは森へ行こうか」
「森、ですか?」
頭に疑問が浮かぶ。森とはどの森?
「師匠の家がある森だ」
「!!」
疑問になっていたら師匠が耳元で低い美声で小さく囁いてきた。ちょ、ち、ち、近いっ!!
反射的にざざざっとランヴァルド様の後ろへ隠れる。
「………なんの遊びだ?」
師匠から不機嫌なオーラが漂い始めている。だって!
「き、急に近づかないでくれます!?」
ランヴァルド様の後ろに隠れながら叫んでやる。恥ずかしいんじゃー!!
しかし師匠には効かず、師匠は首をこてんっと傾げる。何それちょっとかわいく見える。
「まぁまぁそれはあとにしなよ。国王を待たせるわけにはいかないからねぇ」
ランヴァルド様が場違いな声を出して私たちを諭してくる。確かに、陛下はまだまだ忙しい。
「はい…」
「うんうん、はい、ディートハルトも」
しかし師匠は顔を逸らして返事をしない。
「素直じゃないねぇ。まぁいい。ほら掴みなさい。シルヴィア、ローブでいいから掴みなさい」
「あ、はい!」
慌ててランヴァルド様の白いローブを掴む。
「それじゃあ、国王陛下、王子殿下。失礼するよ」
陛下とスレイン王子が礼をする。
そしてランヴァルド様は杖を振ってトンッと地面に叩いた瞬間、魔法陣が展開して私たちは空間転移した。
トンッ、と一瞬でたどり着いたのはランヴァルド様の家の前だった。
「さてと。シルヴィアはこのままキエフ王国へ?」
「はい」
「そうか。で? ディートハルトはどうするんだい?」
ランヴァルド様が師匠に尋ねる。
「俺もキエフ王国に行きたいと考えています」
師匠がそう言うと、胸がドクンッと高鳴る。
…先日告白されたけど、まだちょっと信じられない。師匠が私を好きだなんて。
しかもレラの時も、シルヴィアの時でもだなんて。
頬を摘まんでもずっと痛いことから現実だとわからされるけど。
「本当はあと三年、罰を受けてもらうはずだったけど仕方ない。許そうか」
「え、師匠許してもらっていなかったんですか?」
元の姿に戻ったままだから許してもらったのかと思っていた。師匠も何も言っていなかったし。
「一時的に魔力を返していただけだよ。ディートハルト、伝えてなかったのかい? シルヴィアは君の子ども化を心配していたのに」
ランヴァルド様が師匠を見ながら尋ねる。私もジトリとした目で見る。
しかし、さすがは師匠というべきか動揺なんか一切見せず堂々としていた。
「……言っていなかったか?」
「聞いてませんよ! 相変わらず師匠は適当ですね」
「…俺のどこが適当なんだ」
「三百年前から変わらず不規則な生活して、魔法実技の指導も感覚で掴めとか説明が雑だし、大事な話を伝え忘れてたりして人を困らせたり、結構適当です!」
「ほぉっ…」
長年思っていたことを口にすると師匠は不機嫌になっていく。ランヴァルド様の後ろに隠れながら師匠を観察する。
「そういうレラこそ、師に対して無礼だな? お前を諦めさせるのに骨が折れると思って弟子にしたんだがその態度か」
「そういう師匠こそ大師匠様の言葉を無視して偉そうじゃないですか!」
「師匠は俺の無視なんか気にしないからな。そういうレラは俺を騙していたな。まったく、師を騙すとはいい度胸だ」
「仕方ないんですー! 師匠こそ知らないふりしてるからってギルドで偽名使ってたし、騎士のニコルさんの取り調べで嘘ついてたの知ってるんですからね!」
火に油を注ぐような勢いでお互い本音をわーわーと言っていく。
「大体、師匠は──」
「そういうお前は──」
「こらこら、二人とも。見た目は若いけど中身はいい年しているんだから落ち着きなさい」
ランヴァルド様の発言にぴたっと固まってしまう。いい年? そんな、師匠は三百歳越えだけど私は違いますよ!?
「大師匠様っ!? 師匠はともかく私は前世を含めてもまだ三十五歳ですよ!?」
「それを言うなら師匠なんてかなり年寄りです」
私と師匠が同時に抗議する。どうやら師匠も納得いかなかったらしい。げぇっとした顔をしている。齢五百歳越えの大師匠様に言われたくない。
「あははっ、そうだねー」
抗議するも空しく、のほほんと返されて一気に口喧嘩する気力が抜け去ってしまった。
「とりあえず! 言った通り、師匠は適当です! ねぇ、大師匠様!」
「そうだねぇ」
口喧嘩する気力は消えたものの、これだけは言わなければと思い師匠にはっきりと告げる。ついでにランヴァルド様も巻き込む。
ランヴァルド様の声はのんびりふわふわっぽかったけど気にせず、私はビシッと指を指して指摘した。ふふん、決まった。
「師匠を巻き込むな。…で? なんで師匠の後ろに隠れてるんだ?」
決まったと有頂天になっていた私を引きずり下ろすかのように師匠が爆弾発言をした。
「し、師匠が耳元で囁いてくるからでしょう!?」
大声で言い返す。先ほどの距離の近さを思い出してまた顔に熱が集まる。告白しなければ耐えられたのに、両想いだと知るとなんだかすごく恥ずかしく感じるっ…!!
告白したというのに師匠は翌日からはいつもの無愛想に戻って平常運転をしていて、大人の余裕を思い知らされる。
だけど変わったこともある。あれから度々髪に口付けてくることだ。毎回胸が高鳴ってるからやめてほしい、慣れない。
「? あれがか?」
「師匠にはわかりますまい!!」
好きな人が耳元で囁くなんて緊張して当たり前だ。師匠にわかるまい。私の方が先に師匠を好きになったはずだ。だって好きだと気づいたのが十歳くらいだもの。
「はいはい、そろそろやめようか」
ランヴァルド様がパンパンッと手を叩いて私たちの会話を止める。タイミングがよかった。ありがとうございます。
「さて、話を戻そうとしよう。ディートハルト、本来ならあと三年は魔力を制限して子どもの姿でいてもらうつもりだったが、シルヴィアとこうして再会して想いを確かめられたのは一つの奇跡だ。特別に許そう」
「…ありがとうございます、師匠」
師匠がランヴァルド様に頭を下げる。
「構わない。もうお前は愛し子ではなくなり、魔力が人より多い人間になってしまったからね。寿命を迎えてしまうんだ。自由に好きに生きなさい」
「…はい、師匠」
師匠がそう言うと、ランヴァルド様が嬉しそうにする。
「シルヴィア、ディートハルトは少々ひねくれているところがあると知っているだろうがあの子と仲良くするんだよ。もし嫌なことがあれば僕のところに来たらいい。話くらいは聞いてあげよう」
「大師匠様…! はいっ!!」
ランヴァルド様からの優しい言葉に嬉しくなる。
「師匠はレラ…シルヴィアの味方に付くんですか?」
「僕は平等だよ。でもどうせなら素直な弟子の方がいいよ」
「…それはつまりレラってことですか?」
「お前も素直な子になればいいってことさ。シルヴィア救出の時だって素直に助けを求めたら僕はたくさん協力しただろう? 二人とも僕にとってはかわいい弟子と孫弟子だからねぇ」
ランヴァルド様がニコニコしながら話してくれる。素直か。なんか嬉しい。
「そうだ。シロ、おいで」
「えっ?」
シロちゃんの名前が出て驚いていると家の中からニャッ、と鳴き声を鳴らしてシロちゃんが走ってきた。
「シロちゃん!」
シロちゃんを抱き締めて顎を撫でていく。ゴロゴロとなって気持ち良さそうにしながら私にぎゅっ、ぎゅっ、とくっついてくる。かわいい。
「シルヴィアとディートハルトがいないからね、マロンたちの元に置いていたけど、シルヴィアたちが帰ってくるのなら連れ返してもいいと思ってね。ほしいのならあげるよ」
「でも…シロちゃんは大師匠様の使い魔ですよね?」
ランヴァルド様の使い魔を貰うって…悪いような…。
「ああ、もう使い魔じゃないよ。契約を解除したからね」
「そうなんですか?」
「そう。シロは君をかなり気に入ってるからね。だからシルヴィアがシロと契約してもいい。勿論、シルヴィアがよければだよ」
シロちゃんが私をかなり気に入ってる? それなら…契約してもいいかもしれない。私もシロちゃんが好きだし。
「だったら…貰っていいですか?」
「勿論、かわいがっておくれ。報告はもうないから安心しなさい」
「はい!」
私が元気に返事するとシロちゃんも元気に返事した。
「じゃあ、二人をキエフ王国に送ろう」
ランヴァルド様が再び杖を振ってトンっ、と地面を叩くと魔法陣が浮かぶ。
「元気でね。ディートハルト、君もだよ」
最初は私に、次に師匠へと告げていく。
「はいっ!」
「…はい、師匠」
「うん」
そして…私は久しぶりにキエフ王国に帰ってきたのだった。
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