第32話 処罰

 ランヴァルド様とのお茶会の二日後。

 私は陛下に呼ばれて謁見の間に赴いていた。

 陛下との謁見に師匠が心配して同行しようとして、それを私が止めるという謎の攻防をすることになり、少し大変だった。

 結果的には大師匠様が止めに入ってくれたおかげでなんとか一人で行けることになった。よかった。


 コツコツと静寂な廊下に足音が響き渡りながら歩いていく。

 そしてその足音は侍従長が立ち止まることで私も立ち止まり、足音が消える。

 謁見の間の大きな両扉の左右には騎士数人が佇んでいる。


「陛下、エレイン嬢をお連れ致しました」

「入らせよ」

「はっ」


 中にいる陛下の声の命令に騎士が両扉を開いていく。


「どうぞ、お入りください」

「…はい」


 開いた扉の中を歩いていく。

 奥には陛下が座っていて、左右にはまた数人の騎士が控えていた。

 奥に進んでいき、陛下の前で頭を下げて膝を曲げる。


「顔をあげよ」


 陛下に命じられて顔をあげる。

 …この間は殆ど顔を見られなかったし、これが実質三年ぶりの顔合わせだ。

 外交に行っていると聞いていたし、夜中いきなり王宮に戻ってきては息子のフランツ王子たちの後処理で忙しかったのか、顔にはやや疲労が見える。

 それでも帰ってきて数日で私を呼んだということは、フランツ王子たちの処遇が決まったということで動きは早いと思う。


「お久しぶりでございます、国王陛下」

「ああ、久しぶりだな、シルヴィア。…三年ぶりであるな。元気だったか?」

「はい、元気でした。…三年前は陛下に何も言えずに国を出ることになり、大変申し訳なく思っていました」


 王子しかいない陛下は私のことを将来の王妃で、同時に義理の娘ということで、会う回数は少なかったものの、会えば私を娘のように接してくれていた。

 正妃様がフランツ王子を甘やかすため、私にフランツ王子を導いてほしいとも頼まれていた。

 なのにフランツ王子の勝手な国外追放の刑で私は国を出ることになってしまった。…まぁ、提案したのはブリジットだけど。


「…婚約破棄の件に国外追放の件はあとから知った。学院の卒業パーティーで婚約破棄など論外なのに加え、証拠不十分の状態で身勝手な振る舞いをしてありえないことだ」

「陛下…」

「…政務が忙しいからと正妃に任せきりだったのが悪かったと感じている。公爵令嬢を国外追放など事実上の死刑だ。王妃になる努力していたのを知っていたからずっと気に病んでた。よくぞ、生き残っていてくれた」

「…人より魔法が得意だったおかげです」


 フランツ王子が言っていた陛下が私の行方を気にしていたは心配してのことで、連れ戻す意味ではなかったのがわかった。


「フランツの婚約破棄の件、真に申し訳なかった。あの子の代わりに謝罪させてもらう」


 そう言うと陛下は頭を下げてきた。


「へ、陛下…! もういいですから! 三年も前のことだし気にしてません」


 だってフランツ王子が私を嫌っていたのと同じように私も嫌ってくるフランツ王子が嫌いだった。

 婚約が決まった当初はフランツ王子と友好的な関係を築きたくて寄り添おうとした。だけど嫌悪を隠さずに向けてくる相手に好意なんて持てず、フランツ王子との関係は途中で諦めた。


「……では、その件は終わりにしよう」


 数秒の沈黙の後、陛下が引いてくれてほっとする。


「この度、シルヴィアを呼んだのはフランツたちの処罰について報告するためだ」


 陛下の言葉に身を引き締める。処罰。どうなるんだろう。


「まず、フランツについてだがフランツは継承権を剥奪してスレインを王太子に定めることにした」

「スレイン王子が…」


 よかった、スレイン王子が王太子になって。

 スレイン王子には会えていないけど恩人だ。感謝を伝えたいと思う。


「フランツは平民にしてもよかったが曲がりなりにも王家の血を引いている。市井に王家の血が流出したら困るため継承権を剥奪し、塔に生涯幽閉することにした」

「幽閉ですか…」


 それが妥当だろう。フランツ王子は王族だから市井に落とすわけにはいかないから。

 死刑と幽閉の選択で、父親である陛下は幽閉の方を取ったんだろう。

 正直、同情しない。身から出た錆だ。


「また、それによりフランツの母親の正妃は離宮に赴くことが決定した」


 正妃様も離宮行きか。スレイン王子を守るためかもしれない。正妃様はスレイン王子を嫌っていたから。


「王太子妃、ブリジットはフランツと離縁。ブリジットはアーネット公爵夫人とともに北の修道院に行くことになった。二度と王都には戻ることはない」

「ブリジットとお義母様が…」


 クリスタ王国は北国だから冬は寒い。特に北部は海と面していて真冬はとても寒いからこれから大変だろう。


「アーネット公爵は三年前のシルヴィア殺害未遂の首謀者の件と子息のミゲルはフランツに協力した件で二十年の鉱夫作業を命じた。アーネット公爵家は取り潰しの予定である」


 お父様とミゲルは男性だからか二十年の鉱夫生活か……。そして公爵家も取り潰しか。

 そして気になるのは……。


「……私の殺害未遂をご存知だったのですか?」

「いや、一昨日知った。帰ってきてすぐに公爵家の者たちを拘束したらシルヴィアのことを吐いてな」


 ああ、なるほど。自分の命が大切だからね。

 公爵家に突然来た王家所有の騎士団。……そりゃあ、悪事がバレたと思うだろう。

 それで先走って吐いてしまって、結果的に公爵家が取り潰し、か。……仕方ない。私も公爵家を継ごうなんて思えないから取り潰ししかない。


「シルヴィアがアーネット公爵家を継ぎたいのなら認めよう。どうする?」


 陛下が私に問いかけてくる。公爵? 私が?


「いいえ、私はもう平民ですから。それに、公爵家なんて荷が重いですから」


 貴族の生活は優雅で楽だけど、色んな人たちと気さくに接することができる平民生活の方が私には向いている。平民生活謳歌中だったのだから願い下げだ。


「…そうか、わかった。なら賠償金を払おう。フランツたちが迷惑かけたのだから。これくらいさせてほしい」

「……わかりました」


 まぁ、あったら助かるし、陛下がそう言うのなら……と思う。


「誘拐の実行犯であるマルクス男爵も同様の鉱夫二十年に決定した。あとはフランツに協力した騎士たちや公爵家の騎士たちの処罰は後程考えるが、何か気になることなどはあるか?」

「気になること…」


 陛下に問いかけられて考えてみる。気になることはないけれど…。


「……あの、お願いがあるのですが……」


 そして私は陛下にその願いを伝えたのだった。



 

 ***




 冷たい石造りの床を歩いていく。

 つい先日まで私が住んでいた牢獄の一室の面会部屋だ。

 

『どうか、話をさせてください』


 陛下に頼んでできた機会。これが、本当に最後になるだろう。

 キィ、とドアが開く音がして相手がガラス越しの向かいから入ってくる。


「……ふっ」


 相手はそれだけ呟くと椅子に座って私と目を合わせる。


「私と面会したいって聞きました。私の無様な姿を見て笑いにきたんですか? お義姉様」


 歪な笑みを向けてくるのは異母妹であり、今や罪人となっているブリジット。


「どうぞ、笑いたければ笑えばいいじゃないですか。澄ました顔しないで笑ってくださいよ?」

「…笑いにきた訳じゃないわ。これが最後だと思うから会いに来たのよ」


 ブリジットの嫌味に淡々と答えていくと、ブリジットはいつもの不機嫌な顔になる。


「はいはい、そうですね。ならどうせお義姉様は気にしないだろうけど最後の嫌味を言うわ。いつも恵まれてお義姉様は羨ましいわ。賢くて、血筋もよくて、魔法の才能もあって、美人で、そして最後には強くてカッコイイ人まで手に入れて本当にズルいわ」


 スラスラと私へ当て付けをぶつけてくる。

 こんな風にはっきりと直接的に私へ嫌味を言うことは今までなかった。

 ここで、いつものように気にしなくてもいいんだけど、今日は違って。


「……ブリジットはそう言うけど、私はブリジットがずっと羨ましかったわ」

「……はぁっ?」


 ブリジットが何言ってるんだ?って顔を私に向けてくる。この子のこんな顔も初めて見た。いつも気の強そうな顔をしてたから。

 

「お義母様が生きていて、お父様とお義母様、ミゲルの愛情を一心に、当たり前のように受けているブリジットがずっと羨ましかった」


 ポツポツとずっと仕舞い込んでいた胸の内を正直に伝えてみる。

 

「……そんなの、当然でしょう? “家族”なんだから」


 ブリジットは怪訝な顔をしながらそう言う。

 ──家族。そう、そうだよね。

 

「そうね。でも私はお父様の愛情は得られなかった。血が繋がっているのに」

「…あっ」


 思わず嘲るように笑ってしまう。自分に対してだ。

 レラの時の父王は確かに私を大切にしてくれてたけど、娘より“道具”として見ていた。

 だから、今世では父親の愛情を求めてしまった。

 だけどそれは私に向けられることはなく、ブリジットとミゲルに向けられていた。


『返して! 返してよ! お母様のドレスや宝石だけじゃなくて私のも取り上げるの!? それはお母様が私に買ってくれたものなの! それだけは取らないで!』

『うるさいわね! お前なんかに勿体ない代物よ! さぁ、ブリジット。あげるわ』

『ありがとう! お母様!!』



『お父様! お義母様たちが私のドレスや宝石まで取ろうと…』

『言いがかりはよせ。私は忙しいんだ』


 忙しいと言いながら、継母たちと仲良く過ごす父の姿を見て、私はいつしか父の愛情は諦めるようになった。


「王妃の地位より、血筋より、才能より、私は愛情がほしかった。私には、お母様しかいなかったから。……それも、途中で諦めてたけどね」

「…お義姉様」

「人は、自分が持っていないものを求めてしまうのかもしれないね。私もブリジットが羨ましかった…それを伝えにきたの」

「……」


 私がそう言うとブリジットは黙ってしまう。

 あまり面会時間は長くないから簡潔に伝える。


「…ブリジットとお義母様は北の修道院に行くって聞いたわ。寒くて厳しいだろうけど、大人しく真面目に過ごしていたら他の修道院に移してもらうように進言したから。陛下も約束してくれたよ」

「……なんで? 殺そうとしたのに…」


 なぜ?と顔に出しながらブリジットが私を見つめる。

 髪の色も、瞳の色も違う。だけど、私たちは腹違いの姉妹で。


「私のためよ。罪を犯したとしても、半分血の繋がった妹が凍死でもされたら後味悪いもの」


 大袈裟に言う。修道院から出なければ凍死することはないだろうけど、万が一、死なれたら気分が悪い。


「っ……! ……お父様たちは? どうなるの?」

「お父様とミゲルは二十年間鉱夫するはずだったけど十五年にしてもらったわ。お父様も年だもの」

「…そう」


 それだけ言ったらブリジットは頭を下に向ける。顔は見えない。

 これでもう二度と会うことはないだろう。

 そう思いながら出ようとすると、後ろから声がかかる。


「……ありがとう、ごめんなさい」


 ブリジットの声が聞こえて振り返る。

 先ほどと変わらず下を向いたままだった。

 それでも、もう会わない妹に私も返事する。


「…いいのよ、さようなら」


 そして私は完全に部屋から出たのだった。


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