第28話 制圧

 ジャリ、ジャリと足音を立てて歩いている師匠をただただ見つめる。

 師匠、青年の姿に戻っている。なんでだろうと思いながらも戻ってよかったと場違いながらも思ってしまった。

 怪我をして痛いけど、師匠の姿を見たらなぜかひどく安心して。


 そして師匠が私たちを目で捉えるとピクッ、と固まった。

 その後、私から視線を外して目を細めながら目線を動かしていく。あ、ヤバい。あの雰囲気、かなり不機嫌だ。

 なぜか剣呑な気配がする。


「なっ…なんだ、あのバケモノは…! き、騎士たち、あのバケモノを──」

「うるさい、吹き飛べ」


 四文字。「吹き飛べ」というたった四文字の言葉で師匠は騎士たちに命令していたフランツ王子を十数メートル後ろに吹っ飛ばした。


「がっ……!?」


 容赦なく吹き飛ばしたけど、さっきも同じように非常用出口に待機していた騎士たちを今のように吹き飛ばしたのだろうか。

 コツコツ、と足音を響かせながら私の前に師匠が立ち止まる。師匠、と言いそうになるも直前で止める。シルヴィアでは師匠のことを知らないからだ。


「…シルヴィア」


 だけど師匠は平然と大人の低い声で私の名前を呼ぶからどうしたらいいのかわからない。その結果、曖昧に笑う。だってわからないんだから。

 師匠は私の首を見ると再び目を細めて小さく舌打ちする。行儀が悪いです、師匠。


「──光よ、集え。我の魔力と引き換えにこの者の怪我を、疲労を癒したまえ」


 師匠がそう詠唱するとパァァァッと淡くて白い光が私を覆って癒してくる。…って、いやこれ師匠! すごく過剰じゃないですか!?

 確かに一気に疲労が抜けていく感覚がするし、ナイフがかすった左腕も血が止まって傷も完全に塞がれている。だけど過剰じゃないですかね!? シルヴィアには魔力を無駄に消費しているって言ってたけど師匠もでは?

 そういえばさっきだって「吹き飛べ」って言って風魔法まともに唱えていませんでしたよね?

 そう思っていたらパキパキッと音を立てて首輪が粉砕された。

 いつの間に魔法を唱えたんですか…? さすがは師匠というべきなのだろうか。


「あ、ありがとうございます…」


 師匠が青年の姿に戻ったことに疑問はあるけど、素直にお礼を言う。ここ数日、首にずっと感じていた重みが消えて解放感がある。


「……首も癒したが痛くないか?」


 そう言うと師匠が細くて長い指を伸ばして私の首に触れるか触れないかの微妙な距離で触れてくる。くすぐったい。


「だ、大丈夫です」


 安心させるように笑うと師匠は目を細めた。あ、今のは優しい目だ。

 師匠は喜怒哀楽がわかりにくいけど、不機嫌な感情はよくわかった。弟子を九年していた私にかかれば師匠の不機嫌に気づくのは朝飯前だ。

 だからわかる。これは、優しい目だと。


「……お前は、王子か?」


 師匠が低い声で私の隣にいたスレイン王子に話しかける。


「は、はい。クリスタ王国第二王子のスレイン・クリスタです。あ、危ないところを助けて頂き、ありがとうございます」


 突然話しかけられたけどスレイン王子は背筋を伸ばして返事をしていく。


、か。じゃあアイツがシルヴィアの婚約者か?」


 ついさっき自身が吹き飛ばしたフランツ王子を一瞥する。


「そ、そうですが…?」

「そうか」


 短く返事すると師匠の纏う空気が急に寒く、そして重くなった。えっ、なんで?

 スレイン王子も師匠の空気を感じたのか、腕を擦る。


「な、な、何をする、貴様!」


 盛大に吹っ飛ばされていたフランツ王子がブリジットに支えられながら起き上がる。顔が腫れて血が出ている。

 

「騎士に魔導師よ、王子を殺害しようとしたあのバケモノを殺せっ!! 今すぐだ!!」


 フランツ王子がそう命じると騎士は剣を持って走り、魔導師たちはフランツ王子の前に立って詠唱する。


「ひ、ふ、み……十三人か。──その程度で俺を止められると思っているのか?」


 思っていません。師匠の独り言に私は内心でそう返事する。

 師匠が冷たい笑みを浮かべる。


「──風よ、集え。我の魔力と引き換えに諸刃の剣を生成し、敵を切り裂いて制圧せよ」


 師匠が風魔法を唱えた瞬間、ぶわっと風が吹いて風でできた剣が数十個現れる。

 そして師匠が指を動かすと風でできた剣は一斉に相手方の方へ向かう。


「「ぐわぁっ!?」」

「「ぐっ…!!」」

「「「がっ…!」」」


 猛スピードで向かってくる風の剣をなんとかしようとするけど、風のため中々苦戦して逆に切り裂かれていく。

 すごいのは数十個ある風の剣を同時に操っていることだろう。数個ならまだしも師匠ったら平然と操っている。


「「火よ、集え。我らの魔力を引き換えに炎の矢を生成し、敵を攻撃せよ!!」」

「水よ、集え。水の弾丸で敵を攻撃せよ!」


 王宮魔導師二人が協力して火の魔法を詠唱し、一人が水魔法を詠唱して、師匠に向かって十数本の炎の矢と十弾くらいの水の弾丸が放たれる。


「師匠っ!」


 魔力はそう多いはずじゃない。思わず叫んでしまう。

 しかし、師匠は炎の矢に水の弾丸を無視して私の方を見る。


「大丈夫だ、この程度。水よ、集え。水の波で炎の矢と水の弾丸を打ち消したまえ」


 師匠が水魔法を詠唱すると師匠の周りから水の波が発生し、炎の矢を飲み込んで、さらには同じ属性の水の弾丸すら消していく。炎の矢ならまだしも同じ属性の水の弾丸を相殺するなんて。


「「なっ…!?」」

「お、同じ属性なのに…」


 王宮勤めの魔導師だから力に自身があったんだろうけど、相手は元とはいえ愛し子の師匠だ。力が違うということなのか。

 そして狼狽えている隙に師匠が風の剣で魔導師たちを攻撃していく。


「がっ…!」

「うっ」

「いっ…!」


 さらに追加のように風で吹き飛ばして魔導師たちを気絶させていき、残りの騎士たちも魔法で攻撃したあと気絶させていく。


「すごいっ…」


 スレイン王子が感嘆の声を上げる。確かに、一人であっという間に敵を制圧した。


「ひぃっ…!!」


 ブリジットが小さな悲鳴を上げて師匠とは反対の逆方向へと後ずさる。

 そんなブリジットを師匠は一瞬見るもすぐに興味を失ったのか、フランツ王子が持っていた剣を拾ってフランツ王子へ向かって歩いていく。


「ま、待て…! お前の…いや、其方の目的はなんだ!? ね、願いなら叶える。だから近づかないでくれ!!」


 フランツ王子も大声で叫びながら後ずさるも師匠が長い足で歩いていくのですぐに距離が近づく。


「──願い、か。叶えてくれるのか?」


 低い声で師匠がフランツ王子に問いかける。後ろ姿しか見えないのに不思議と笑っている気がする。師匠の低い声は久しぶりに聞くけどあの声は…。


「あ、あぁそうだ! 其方の願いをなんでも聞こう! だからその剣を納めてほしい…!!」

「ではお前の首を取ろうか」


 師匠の冷たい問いかけにフランツ王子がぴくりっと固まる。


「へっ…?」

「確かこの国は奴隷を禁止しているな。なのに王族のお前はそれを犯したな」

「そ、それは理由があって…!」

「ほぅ、国外追放したくせにシルヴィアアイツを奴隷にして牢獄に収容する理由はなんだろうな?」

「そ、それは…」


 何か話そうとするフランツ王子の言葉を遮って、剣を振り上げる。ちょ、師匠って確か剣術も上手かったよね…!?


「ししょ──」


 しかし、私が師匠を呼ぶ前に師匠は剣を振り上げた。

 カキィンッと大きな音を立てて、師匠がフランツ王子のすぐ真横の壁に剣を突き立てる。


「ひぃっ…! い、命は…助けてくれ!!」

「うるさい声だな。ならその声を潰したらいいか? 造作もないからな。…なぁ、随分と身勝手な理由だと思わないか?」


 師匠が冷たい声で淡々と話していく。な、なんかヤバいことになってる…!! 師匠、本気で怒ってる。

 実際、師匠にとってはそんなこと造作もないだろう。怒らせたら容赦ないから本当に声を潰しかねない。


「し、師匠っ!! 落ち着いて! 落ち着いてください!!」


 師匠に飛びついて必死に止める。ろくでなし王子だけどさすがにここまでする必要ない。


「こんな人に師匠が手を煩わせる必要がありません! ほっときましょう!!」


 必死に師匠に叫んで止める。お願いだから。一応フランツ王子は王族なのだ。あとで大変なことになる。


「…シルヴィア」


 師匠が私を見るとフランツ王子に興味を失ったのか壁に突き刺した剣を抜いて遠くに投げる。


「するはずないだろう、こんな奴。いつでも可能だからな」


 いや、それダメです師匠。

 思わず内心でそう突っ込んでしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る