第27話 願ったのは
薄暗い廊下に突如一気に灯りがついて思わず一瞬、目をぎゅっと瞑る。
そっと目を開けて前を見る。
ドアが壊れて目の前にいたのは私を苦しめている憎い人間の顔だった。
「フランツ…王子…!」
「シルヴィア、脱獄とは生意気だな。俺は再三言ったはずだ。大人しくしてろ、と」
確かに言っていたが人を勝手に奴隷にしている奴の言うことなんか誰が聞くものか。逃げ出すチャンスがあれば逃げ出すに決まっている。
「まぁまぁお義姉様、脱獄ですか? 素直に殿下に従えばいいのに逆らうなんて。お義姉様は案外バカなんですね?」
クスクスッと笑うのはブリジットで、簡単なドレスでフランツ王子の後ろから顔を出している。
「義兄上…!!」
「スレイン、お前を拘束する。罪状は結界師に危害を加えようとした罪だ」
「…!? 危害を加えているのは義兄上でしょう!? よくもそんなことを…!」
スレイン王子は抗議するもフランツ王子は鼻で笑うだけで相手にしない。
「はっ、なんのことだか。……あぁ、やはり拘束はやめよう。結界師に危害を加えようとした罪で──スレインを殺せ」
「はっ…?」
フランツ王子の言葉にスレイン王子が小さく声を発して固まる。私も同様に固まった。
「丁度いい。適当な動機をつけてお前を殺せば王子は一人だけ。そしたら俺が次期国王だ」
「何を言って…!」
スレイン王子の言葉を無視してフランツ王子は部下に命令していく。
「シルヴィアは怪我させるな。第一目標はスレイン。次に騎士たちだ」
「「「はっ!」」」
騎士十人たちが狭い牢獄の廊下を歩いてくる。
「…!? 水よ、集え。我の魔力と引き換えに水の矢を生成せよ!」
スレイン王子がそう叫ぶと水の矢が発生し、フランツ王子の騎士たちに攻撃していく。
スレイン王子の騎士である二人も参戦して魔法で応戦していくものの、相手の騎士は十人。圧倒的に不利だ。
場所が狭いため魔法による戦闘が主で今はまだ距離を保っているけど、それもいつまで続くかわからない。
「シルヴィア、来い」
「っ…だ…れが…行くもんですか…!!」
電流の苦痛に耐えながら反論してやる。今行けばもう二度と脱獄できないかもしれない。そんなのは嫌だ。
私には、帰るべき場所があるのだから。
「来い!」
「いっ…!!」
電流が強くなっている気がする。でも、屈したくない。
今の私にできることはスレイン王子を守る盾代わりだ。私が近くにいることでスレイン王子の身を守っている。離れたらスレイン王子が危ない。
「シルヴィアいい加減に来い! 罰を与えるぞ!!」
「お義姉様、早く言うこと聞きなさいよ!」
怒鳴りつけてくるブリジットとフランツ王子。
…もう私は貴族じゃない。だからはっきりと言ってやる!
「誰が屈するものですか、この人でなしのバカ王子が!!」
「なっ…!」
「火よ、集え! 炎の渦で我らを敵から守りたまえ!!」
温存していた魔力を使い、火の魔法を唱える。魔力が消えていくのが感じるけど仕方ない。
残っている少ない魔力の大部分を使って強力な炎の渦を発生させて敵の侵攻を阻止する。
水魔法の使い手が詠唱して炎の威力を弱めようとしているけど、どうにか気合いで渦を維持していく。
「エレイン嬢! 大丈夫なのですか!?」
「どう、にか…。ここでおさえないと、スレイン殿下の身が危ないですから…」
はぁはぁと息切れする。ここずっと疲れているからか、維持するのもやっとだ。
きっと、愛し子だったらこんな状況でも余裕で打破できたのに。そう思うと悔しくて仕方ない。
敵の騎士は渦を消すのは難しいと判断したのか、遠距離魔法を唱えて攻撃してくる。
それをどうにかスレイン王子や騎士たちが応戦している。
「数が…」
こっちでまともに戦えるのはスレイン王子と騎士二人のみである。私は炎の渦を維持するのだけで精一杯だし、サムさんは怪我しているから難しい。
石造りの壁に体をもたれる。ずっと電流が流れて体が麻痺しかけている。治癒魔法で癒してもこの首輪を取らないと意味がない。
そんな風に考えていたら、ナイフが魔法の中から現れてスレイン王子の心臓に向かっているのを捉えた。
危ない、と思った瞬間、私の体は勝手に動いていた。
「──スレイン殿下っ!!」
「えっ──」
反射的にスレイン王子を庇うように押す。
左腕に激痛が走る。痛い。
カランカランッと音を立てて何かか落ちる。
「エレイン嬢! エレイン嬢! 無事ですか!?」
スレイン王子が私の左腕を覗き込むように見てくる。
左腕を見ると血がたらたらと流れている。ナイフがかすったんだろう。
「スレイン殿下は…?」
「エレイン嬢のおかげで無事です! 今水魔法で癒しますから…!」
「大丈夫ですから…。戦闘に使う魔力を温存してください」
私の治癒に貴重な魔力を使わないでほしい。状況は不利なままだから。
「しかし…」
「大丈夫ですから…」
怪我して左腕が痛いけどなんとか魔法を維持しないと──。
そう思っていたら相手の方から素早い水魔法が放たれて、私の炎の渦を消した。
「はっ…、王宮魔導師って…!」
痛みをおさえて思わず吐き捨ててしまった。乾いた声しか出ない。
フランツ王子の後ろから王宮魔導師の証であるローブを着て三人が立っていた。
これがまだ万全な状態ならなんとかできたかもしれないけどさすがに今王宮魔導師を相手にするのは難しすぎる。
「騎士と看守を捕らえろ。次にスレインだ」
フランツ王子に命令されて騎士たち数人が走ってスレイン王子の騎士とサムさんを拘束する。
「「殿下! お逃げください!」」
騎士たちがスレイン王子に叫ぶ。
「しかし…!」
「どこにも逃げ場はない。反対側の非常用出口にも騎士が待機している。ここがお前の墓場だ、スレイン」
フランツ王子が意地悪な笑みで剣を持って近づいてくる。止めは自分が、ってことか…。
「義兄上…。エレイン嬢を勝手に結界師に任命なんて、陛下は認めません!」
「だがシルヴィアは三属性の使い手だ。選定の儀で選ばれた奴より優秀で国のためになる。陛下には説得させるから気にするな。お前はここで死ね」
そして私の方を見てくる。
「よくもまぁ、抵抗したな。さすが、魔法だけは優れているだけある。後で処罰してやるから覚悟しろ」
「……」
このままだとスレイン王子は殺されて、私もどうなるかわからない。
殺されることはないだろう。だけど、予測できない。
このままこの王子の思い通りになりたくない。なのに体が痺れて動けない。
血も流れていて意識が曖昧になりつつある。
私の帰る場所はキエフ王国で、まだやりたいことはたくさんあるのに。
冒険者全員が憧れるブラックになりたい。イヴリンと遊ぶ約束を果たしたい。おいしい料理を食べたい。色んな街に出かけたい。
それに──師匠とまだ一緒にいたい。
だって、師匠のことがずっと前から好きだったから。
レラの時のように、もう何も言わずに消えたくない。
帰りたい。
「…助けて、師匠」
消え入るような声でつい師匠を呼んでしまった。
今の師匠は子どもで力も大分封じられているのに。
師匠なら、って思ってしまって。願ってしまって。
フランツ王子が剣を振り上げるとスレイン王子はぎゅっと目を閉じる。
打破はできないけど諦めが悪い私は最後の魔力を使ってスレイン王子を守ろうという気持ちとフランツ王子に一矢報いたいと気持ちから、詠唱しようとした瞬間──人が吹っ飛んできた。
「……えっ?」
思わず目を見開いてしまう。これ以上、広がらないと思うくらい見開いて固まってしまう。
それはフランツ王子、スレイン王子も同様で彼らも大きく見開いて固まっている。
ジャリ、ジャリッと足音が不思議と耳に響いてくる。
音のする方向を見ると、非常用出口が破壊されて人が倒れていた。確か、非常用出口は騎士が待機してるってフランツ王子が言っていたけど…。
何より驚いたのは──。
「────」
その姿を視界に捉えた時、涙がこぼれ落ちた。
月の光を背にしたその人は髪は全てを黒く染めあげてしまいそうな黒髪、高い身長、美しい端整な顔立ちをしていた。
そして、
「…師匠…」
私が尊敬して、慕っていたたった一人の師匠がそこにいた。
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