第29話 解決

 「ダメだよ、ディートハルト。そんなことをしては」


 師匠の言葉にあわあわしていた私の耳に優しい声が耳を通り、師匠を咎める。

 この声は、と思い振り向くとそこにいたのは──。


「だいし──ランヴァルド様…! それに陛下!」


 振り向いたら大師匠様のこと、ランヴァルド様が私にニッコリと微笑んでいて、隣にはフランツ王子とスレイン王子の父親である国王陛下が歩いていた。後ろにはたくさんの騎士たちが控えている。


「先に行きたいと言うから行かしたけど、ディートハルト、彼は王子だ。そんなことをしてはお前はただではすまないよ。勿論、僕からも罰を下さないといけない」


 私から視線を外してランヴァルド様が優しく師匠を咎めてくれる。ここはランヴァルド様に任せよう。


「………冗談です、師匠」


 師匠が十数秒の沈黙のあとにそう発言した。あの、師匠…冗談には聞こえない内容だったんですが…?


「ならいい。だがね、ディートハルト。お前の冗談は少々ぶっ飛んでいて冗談には聞こえないから気をつけなさい」


 保護者のように師匠に注意するランヴァルド様。いや、実際に師匠の保護者だったから間違っていないなと思う。


「陛下…! いつ帰ってきたんですか…!?」


 スレイン王子が父親である陛下に尋ねる。多分、ランヴァルド様といるってことは一緒に来たんだろう。


「たった今だ、スレイン」


 陛下が簡潔に答える。やはりそうだった。だけどどうしてランヴァルド様と一緒に? 


「お義父様っ! 助けてくださいませ! フランツ殿下が大変なのですっ!!」


 ブリジットがフランツ王子の横に来て陛下に向かって叫ぶ。それに呼応するようにフランツ王子も声を上げる。


「父上っ! この男…いえ、この者を捕縛してください! 王族である私に手をあげた無礼者です! 今すぐ捕縛命令を出してください!!」


 父親の陛下が現れ、後ろにはたくさん騎士が控えているからかフランツ王子がそう叫ぶ。

 一方の師匠は無視している。こうしているけど師匠が今魔法を発動したら止められるのはランヴァルド様だけで、フランツ王子なんか瞬殺されるだろう。


「──口を慎め、フランツ。賓客の前で騒がしい」


 冷淡な声で陛下はフランツ王子を見ながら咎める。


「ち、父上…?」

「客人の前だというのになんという体たらくなのだ。静かにできんのか」


 父親の陛下の言葉にフランツ王子はランヴァルド様に目線を向ける。

 視線を受けたランヴァルド様はニコリと愛想よく微笑む。


「そ、その者は…?」

「初めまして、フランツ王子殿下。僕の名はランヴァルド・アーメル。魔力マナの愛し子の一人だ」

魔力マナの…愛し子…!?」


 フランツ王子が礼儀正しく挨拶するランヴァルド様の身分を聞いて驚く。

 魔力マナの愛し子の存在は世界の常識なので知っていて当然だ。

 その魔力マナの愛し子はクリスタ王国にはいないため、初めて見るランヴァルド様に驚いているんだろう。


「貴方様が…? なぜここに…?」

「あぁ。彼──ディートハルトは僕の弟子なんだ」

「え」

 

 フランツ王子が師匠の方へ振り返る。師匠は無視して目を瞑っていた。


「こ、この者が…!?」

「あぁ。それで、そこにいるシルヴィア・エレインも弟子にしていてね、急にいなくなって驚いて探してたんだ」

「え゛っ!?」


 今度は私の方をじとりと見てくる。

 だけど急にフランツ王子が小さく悲鳴をあげて目を逸らした。

 なんでだろうと思うと師匠が目を開けてフランツ王子を鋭く睨みつけていた。体に穴開けられそうな睨みだ。


「し、し、シルヴィアがですか…!?」

「そうだよ。魔法に優れていたからね、たまに魔法の指導をしていたんだ。なのになんの連絡もなしにいなくなったからね、ずっと探してやっと見つけたんだ」


 ニコリと微笑みながらランヴァルド様はスラスラと嘘を吐いていく。ランヴァルド様に魔法を教えてもらったことはない。それに弟子ではない。孫弟子である。

 だけどそういうことで私を救出しに来た名目を作っているんだ。


「…ここは牢獄だね。どうして弟子がこんなところに閉じ込められていたんだい? それに…粉砕されているけど、それは奴隷用の首輪だね。なぜ僕の弟子が奴隷になって牢獄に閉じ込められていたんだい?」


 淡々と穏やかな声で話していくけど、言葉が不思議と重く感じるのは気のせいだろうか。


「そ、それは…」

「この国を覆う結界に彼女の魔力をうっすらと感じた。それはどう説明してくれるのかな?」


 変わらずニコリとしたまま話しているけどその笑みには怒気を含んでいるように見えるのは気のせいではないと思う。


「…っ」


 言えるはずがないだろう。牢獄に閉じ込めていたのも、奴隷にして拘束していたのも。でも、もう陛下に知られてしまった。

 師匠の鋭い睨みもあって口が固まっている。


「……お許しください、ランヴァルド殿。愚息が大変迷惑おかけしました」


 そう言うと陛下はランヴァルド様に頭を深く下げる。


「ち、父上っ!」

「黙れ! ──命をなくしてもいいのか?」


 陛下の言葉にフランツ王子が黙り込む。多分、口には出していないけど、そこには“国”も入っている。

 陛下はわかっているからだ、愛し子の恐ろしさを。

 愛し子の手にかかれば、小国であるクリスタ王国なんて数日で滅ぼせると。


「……無礼をおかけしました。どうか、どうか…お許しください」


 陛下がランヴァルド様に深く頭を下げたままそう言う。


「頭をあげておくれ、国王陛下。貴方の先祖とは攻め入らないと盟約を交わした仲だ、滅ぼしに来たわけわけじゃない。ただ弟子を連れ帰しに来ただけなんだ。いいかな?」

「勿論でございます」


 そして陛下が私の方を見る。


「シルヴィア、この度はフランツ…愚息が大変迷惑をかけた」


 陛下が私に頭を下げてくる。陛下が謝ることはないのに…!


「へ、陛下、謝らないでください。陛下は悪くないのですから」

「しかし」

「陛下はこのことを知らなかったのはわかっています。だから気にしないでください」


 陛下が指示したわけではなく、全部フランツ王子の暴走だとわかっている。

 私がそう言うと陛下はようやく引いてくれた。よかった。


「騎士たちよ、王太子フランツを拘束せよ。同時に王太子妃のブリジット、フランツに従っていた騎士たちも拘束せよ」


 陛下がそう命じると背後に控えていた騎士たちが一斉にフランツ王子たちを拘束する。


「うわっ!? やめろっ! なにするんだ!!」

「いやよっ! 放しなさいよっ!?」


 フランツ王子とブリジットは騒ぐものの、口に猿轡を噛まされて拘束されていく。


「……この件に関わった者は厳しい処罰を下す。その報告をしたいと考えるので数日滞在してくれまいか? 賓客としてもてなそう」

「……わかりました」


 別にあとから聞いてもいいけど、陛下からの提案を断るのも申し訳ない。

 それに師匠が治癒魔法かけてくれたけど精神的には疲れている。ふかふかのベッドでゆっくり寝たい。


「客室へ案内しよう」


 陛下が背後に控えていた侍従長に命じる。三年前に会った人と同じ人だ。


「ご案内致します」

「あ…はい」

「待て、シルヴィア」

「?」


 師匠に呼び止められて立ち止まる。なんで?


「師匠、シルヴィアに聞きたいことあるので離れてもよろしいですか?」

「えっ」


 師匠が私に聞きたいこと? な、なんで? 今聞かないといけないこと?

 私の正体を知っているランヴァルド様に目で助けを求める。どうか却下を…!


「あぁ、構わないよ。行きなさい」

「えっ…!?」


 ランヴァルド様に向けた希望は空しく散っていった。

 

「お前が破壊した牢獄ここは直しといておくから。行ってきなさい」


 そして杖を上にあげて軽く振ると青白く光って建物が徐々に直っていく。幻想的な光だ。


「…ってうわっ!?」


 幻想的な光を見ていたら師匠に急に抱きかかえられた。俗に言うお姫様抱っこだけど急なことで女子らしからぬ声が出てしまった。


「し──な、何するんですか!?」


 思わず師匠、と呼びそうになるのをなんとか止めるも、青年姿だからつい敬語になってしまった。


「こんなところに閉じ込められて疲れてるだろう、運ぶ」

「だ、大丈夫ですから! 降ろしてください!!」


 なんで私が師匠にお姫様抱っこで運ばれるんだ。恥ずかしすぎる。降ろしてほしい。


「…っ、耳元で叫ぶな。落ちるだろう」


 師匠がうんざりした顔で言ってくる。なら降ろしてほしい。


「自分で歩けますから!」

「遅いだろう」

「大丈夫です!」

「降ろさないから首に手を回さないと落ちるぞ」


 それを最後に師匠は歩き始めた。ちょっ、歩くの早い! 本当に落ちる!

 思わず師匠の首に手を回すと師匠の笑い声が聞こえた。同時に先程よりゆっくりと歩くようになった。

 ……意地悪されたと今更ながらに気づいた。


 陛下の侍従長は私たちのそんな様子に表情を見せずに案内してくれるけど…他の人たちはそうはいかない。

 ざわざわと、騒がしいのは陛下が急に帰ってきたからだ。

 夜中になるというのに使用人たちは起き上がっては、ばたばたとはしたなくない程度に動き回っている。

 そして、侍女たちは師匠の顔を見て頬を赤く染めている。

 その次に見るのはそんな師匠に抱きかかえられている私。

 ……うん、恥ずかしくて師匠の服に顔をうずめた。仕方ないじゃないか。


 客室にたどり着くまでその羞恥心に耐えることになった。



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