第23話 身勝手な言い分

 遠くから声がする。

 頭に騒がしく響いて痛い。

 意識が覚醒して、ゆっくりと瞼を開ける。


「んっ…」


 頭を抑えて起き上がる。今回は手錠はなかったようだ。

 代わりに、首には違和感があるが。


「……首輪?」


 首を触るとひんやり冷たい金属みたいなのがある。

 壁にある窓は小さいのが一つで、僅かに光が差すだけで薄気味悪い。


「ここは……牢屋?」


 前回は船上だったが、今回は石造りの牢獄だった。

 頑丈そうな重厚なドアには窓があり、そっと周りの様子を見ると所々ランプが灯されている。

 全体的に寒くて薄暗いから半地下牢と考えるべきだろう。

 にしてもなんで私は毎回普通の人は経験しない(婚約破棄・国外追放・命狙われる・誘拐)に遭遇するんだ。転生しても神様は全然優しくない。

 今回新たに普通の人は経験しない牢獄行きも更新した。

 

 そう思っていたらガチャリ、っと音がして足音が聞こえる。ドアから離れて後ろに下がる。

 そしてその人たちが私の前に立ち止まって目を見開いた。

 もう、会うことないと思っていたのに。


「──久しぶりだな、シルヴィア」

「……フランツ殿下? ブリジット? それに…ミゲル?」


 現れたのはフランツ王子に異母妹のブリジット、異母弟のミゲルだった。

 どうして。フランツ王子がいるってことはここはクリスタ王国なの?


「お久しぶりね、お義姉様。ここがどこかわかる?」

「……クリスタ王国ってことだけはわかるわ。…ここはどこなの?」


 動揺はしているけど冷静に言葉を紡ぎ出す。動揺を見せたらダメだ。


「ここはクリスタ王国王宮の牢だ」

「王宮の牢…?」

「そうだ」


 フランツ王子の言葉に内心驚く。クリスタ王国の王宮の牢。なぜそんな所に私が。

 王宮の端には確かに牢があった。その牢は王宮勤めの者が罪を犯した時に一時収監される場所だ。

 そんな所に私は今、監禁されているらしい。また普通の人が経験しない体験を更新した。


「……マルクス男爵が言っていた依頼人は殿下たちだったんですね。私に何か? もう国外追放で戻るつもりはなかったのですが」


 フランツ王子が依頼人なのは間違いないだろう。今頃連れ戻すのはやめてほしい。もうほっといてほしい。


「そうだな。俺もお前に会うつもりはなかった。だが、状況が状況だからな。お前の国外追放を取り消そう」

「…なんですって?」


 上から目線で言ってくる。国外追放を取り消す? そんなの別にいらないから帰らせてほしい。


「いりませんから、そんなの」

「いいから話を聞け。──お前に次の“結界師”を命ずる」

「…………はっ?」


 思わず間抜けな声が出た。結界師? 私が? 

 同時に疑問が生じる。


「……確かにクリスタ王国で次の結界師の選定の儀を行っているのは知っていました。しかし、それはこの間決まったと聞きましたが?」


 結界師の選定の儀は滞りなく行われ、伯爵令嬢に決まったとキエフ王国で知った。

 それなのになぜ?


「確かに次の結界師の選定の儀を行った。だが俺の派閥の者ではなかった。スレインの派閥の令嬢だった」


 スレインとフランツ王子が呼び捨てにしたのは異母弟の第二王子のスレイン・クリスタ王子殿下だ。

 フランツ王子の四つ下で十五歳になるお方だ。


 話を整理すると結界師の選定の儀の結果、フランツ王子の派閥の者ではなくスレイン王子の派閥の令嬢が選ばれたということか。

 ……嫌な予感がするがなんとなくこのあとの展開が読めてくる。


「お前と婚約破棄してブリジットと結婚したものの、周りの貴族は俺と距離をとるようになった。父上と母上はお前と婚約破棄したのにひどく立腹し、挙げ句の果てには父上はスレインにも国王教育を始めるようになった! ここでスレインの派閥の人間が結界師になったら俺の立場がないのはわかるだろう!?」


 最後は声を荒げて叫ぶように言うけど…それ、自業自得じゃないの?

 当然だ。口だけの証言で証拠もないのに婚約破棄して国外追放したのだから。

 しかも、暴言に暴力(公の場で婚約者の頭に飲料水かける)を行い、貴族令嬢を平民に落とすのだから半分死ねと命令しているようなものだ。

 だって普通の貴族令嬢なら生きていけるはずがないから。

 私は魔法の才能があったからなんとか他国までたどり着いたけど、そう考えると私は幸運だったと思う。


 何より、貴族が怖がるのはフランツ王子に近付いたら私と同じ目に遭うかもしれないという恐怖だ。

 公の前で王族にそんなことされたら二度と社交界なんて歩けない。近づきたくないのは当然のことだ。


「次期国王の座は俺の物なのにこのままじゃ危うい。そこでブリジットが教えてくれたんだ。お前の国外追放を取り消し、結界師に任命したらいいと」


 ブリジットの方を見るとふふと笑う。


「国外追放はやりすぎだったと反省していたんですよ? お義姉様は殿下の元婚約者ですし、アーネット公爵家の者なら殿下のために尽くすべきですわ」

「私はもうアーネットの名前を捨ててるわ」

「でもその身には確かにアーネット公爵家の血が流れていますわ」


 なんという主張だ。義姉を殺そうとしていたのによくもまぁそんなこと言えると思う。要は自分が王妃になりたいだけでしょう?

 人を冤罪で婚約破棄して、国外追放をして、命まで狙っていたのにそんな人たちに協力すると思っているの?

 こんなところ、さっさと脱獄してやる。監禁などされてたまるか。魔力の力技を再びしてやる。


「私が従うと?」

「従いますよ、義姉上は」


 ずっと黙っていたミゲルが話し出す。


「……そういえば、ミゲルだったわね。港町で会ったのは」


 マルクス男爵から逃げ出して次の行動を考えていたらミゲルと再会してそこで意識を失ったのを思い出した。


「男爵は詰めが甘いです。義姉上とは数年一緒に暮らしてきましたからね。義姉上なら魔力を封じてても無理矢理突破するかもしれないと予測していました」

「そう」


 腹違いでも私の性格を何気に知っているようだ。

 なら知っているはずだ。私がこんなことに従うはずがないと。


「アーネット公爵家の血が流れていても関係ない。今の私はシルヴィア・エレインよ。誰が従うものですか!」


 フランツ王子にはっきりと告げて睨んでやる。

 今さら利用されてたまるか。


「……仕方ない。なら自分の今の状況を理解してもらうか」


 そう言うとフランツ王子がパチンっと指を鳴らす。

 同時に──私の体に苦痛が生じた。


「いっ……!!?」


 体に電流が流れる感覚がして痛い。思わず倒れる。


「なっ…に…?」

「見つけるのが大変だったが男爵が見つけて買ってくれたんだよ。その首輪をな」


 フランツ王子が意地の悪い笑みを浮かべて首輪に指を差す。首輪…?

 首輪に触れようとするとビリっと静電気が起きる。


「これはっ…?」

「奴隷を従わせる首輪だ」

「奴隷…?」


 この首輪が、奴隷の?

 つまり、私を勝手に?


「……クリスタ王国は奴隷制度を禁止してるわ」

「でもこうでもしないとお前は従わないだろう。お前の命を握っているのは俺でお前は俺の命令に従わないといけない」


 ははっ…なるほど、それで強制的に結界師にするつもりか。


「…国王陛下はこのことをご存じなの?」

「父上と母上は知らない。今は外交で他国に行っているからな。しかし、父上はお前の行方を気にしていた。お前を連れ戻したら父上は評価してくれるだろう」


 そして楽しそうにフランツ王子はそのまま話していく。


「結界師は光魔法の使い手で、高い魔力を持つ人の方がいいとされている。つまり、お前を結界師にしたら俺の評価は上がるだろう。選定の儀で選ばれた令嬢は二属性の使い手で、お前の足元にも及ばないからな。お前とは和解したことにしたらいい」

「こんなの…奴隷として従わせているなんて陛下が知ったら怒り心頭よ」


 めっちゃくちゃな言い分である。

 陛下はルールを守るお方だ。奴隷制度を禁止にしてるのに息子がそんなことしたらどう思うか。怒るに決まっている。


「そんなことお前の口から言えると? ちゃんと対策しているさ。お前は俺の不利なことは言えないようになっている。もし逆らうなら死ぬだけだ」


 こいつ…最低だ。

 人が意識ない間に勝手に奴隷にしてくれるし、命を握るし。

 以前、イヴリンにフランツ王子のことを話したら往復ビンタと言っていたけど往復ビンタどころじゃない。身体強化して腹パンしないといけない。


「さて、では早速結界を張ってもらおうか」


 フランツ王子がポケットから出してきたのは聖遺物である宝石のついた腕輪だ。

 聖遺物は魔法鉱石の中でも希少な石を使って作られた魔道具で、王家しか持っていない。

 クリスタ王国の結界師は確か王家から聖遺物を借りて結界を張っていると聞いたことがある。クリスタ王国の結界用の聖遺物は腕輪ということか。


 ミゲルが牢獄に入ってきて、体が動けない私に腕輪を腕に通してくる。


「さぁ結界を張れ」

「…だ、れが従うものですか…!」


 誰がこいつの指示に従うか。こいつの好きにさせてたまるか…! 

 パチンッと指を鳴らすと体に再び苦痛が走る。だが、屈するわけにはいかない。


「っ…!」

「生意気な女だ。昔からお前はそうだ、かわいげがない。お前が拒否することで国民が危険にさらされるのにな」


 抵抗しているとフランツ王子の言葉が耳に入る。

 国民。私が抵抗することで国民が危険にさらされる。

 冒険者になったことでモンスターの討伐を何度もした。だからモンスターの危険性は知っているつもりだ。

 私の我儘で、国民が危険にさらされる。

 知らない国民が圧倒的に多いけど、その中にはかつて私をかわがってくれた公爵家の使用人たちも含まれていて。

 結界を張らないと一番先に被害が来るのはフランツ王子を始めとした王侯貴族ではなく、平民たちで。

 そう思うと、悩んでしまって。


「……っ」


 魔力を腕輪に注いでいくと腕輪が光り、魔力が失っていく感覚がする。

 平民は関係ない。それなのに平民が一番最初に被害を受けるのは見過ごせなくて。

 ここ最近魔力を荒く使用していたからか、ふらっとくる。


「これでお前は次期国王に仕える名誉な結界師だ」


 フランツ王子の笑い声が聞こえた気がした。


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