第22話 幕間.その頃
その知らせがイヴリンに届いたのはシルヴィアが誘拐されて五日経ってからだった。
「イヴリンちゃん、これ依頼達成の報告」
「あ、ありがとうございます! それじゃあ確認しますね」
シルヴィアと同じく魔法鉱石採掘の依頼をしてきた冒険者から報告を受けて、確認作業をしていた時であった。
「そういえば、シルヴィアさんって子も俺と同じ依頼引き受けていたよね? 昨日までのはずだったんだよね?」
「えっ? はい、シルヴィアなら昨日まで採掘予定でしたけど……?」
「そうなの?
「シルヴィアが無断で……?」
そんなことは今まで一度もなかったためイヴリンは胸騒ぎを起こす。
「どこかに行くとは聞いていませんか?」
「俺はそんなの聞いていないよ。だからイヴリンちゃんに尋ねたんだよ。何かあったのかなって」
「そんなの聞いてません…」
シルヴィアとは親友である。それはイヴリンも思っている。
だが、親友だからとなんでも知っているわけではない。
イヴリンがシルヴィアと出会ったのはイヴリンがギルドで働きはじめて間もない頃だった。
やっと一通りギルドの仕事を覚えたばかりで黙々と働いていたら、不安そうな顔を浮かべてやって来たシルヴィアを見つけ、助けてあげたいと思って声をかけたのが始まりだった。
冒険者登録をしたいという彼女に笑顔で話しかけて緊張をほぐせるように説明をしたことで、シルヴィアも安心したのかやっと笑顔を浮かべてくれたのだった。
それからシルヴィアはギルドでイヴリンに会うと挨拶をするようになり、同じ年ということもあり、自然と交流が始まっていった。
「へぇ、シルヴィアってクリスタ王国から来たの?」
「そうだよ」
イヴリンがシルヴィアが他国出身と知ったのは知り合って数ヶ月後だった。
ふとした話がきっかけで彼女が一人でクリスタ王国から来たと知った。
「いつから
「数ヶ月前だよ。イヴリンと会った数日前に入国してきたの」
「えっ!? そうなの?」
道理で不安そうな顔をしていたんだと一人納得する。
三属性の魔法を操る稀有な人物なのに国を出て一人で暮らしている友人。
そもそも、女性が一人で国を出るなんて普通はありえない。
訳ありなのかな、と考えているとシルヴィアがこっちを見て微笑んだ。
「気になる?」
「あ、いや」
慌てて否定するとシルヴィアはクスクスっと笑ってくる。
違うの、と言うも気になるのは事実。
でも言いたくないことをわざわざ話してほしくないのも事実で。
「いいよ。イヴリンのおかげでここでの生活も早く馴染めることできたし。じゃあ、聞いてね?」
それからシルヴィアはイヴリンに淡々とキエフ王国に来る前の生活を話し出した。
シルヴィアの話で彼女が元貴族令嬢だと知った。道理で初めて会った時手がきれいだったのかと思った。
しかし、それよりも怒りを感じた。
「何それ! その婚約者と義妹! ついでに義弟に親も! 腹立つー!!」
きぃっー!と声をあげるイヴリン。
シルヴィアは淡々と話すが数ヶ月前に起きた出来事である。聞くだけで腹立つのだから当事者のシルヴィアはどうだったのか。
「国外追放って何様よ! ビンタ一つ、ううん、ビンタ十発しないと気が済まないわ!」
平民育ちだからこそ言える発言だが、イヴリンがそう言うと、シルヴィアが涙を流しながら大きく笑い出す。
「し、シルヴィア……?」
狼狽えながら友人の名前を呼ぶと涙を指で拭きながらこちらを見る。
「…ご、ごめん、イヴリンがカッコよくて。平民の間だとそうするの?」
「それは人によってだけど…。でも浮気しておいて糾弾するなんて何様よ! そんなのこっちから願い下げよ!」
貴族だからそんなことできないのかもしれないが、平民なら浮気者の方に制裁が加えられる案件である、とイヴリンは考える。
「そうなんだ。でもそうだよね。どうせ国外追放だもの、往復ビンタしておけばよかったなぁ」
コロコロと明るく笑うシルヴィアを見てイヴリンは恐る恐る尋ねてみる。
「…シルヴィアは、辛くなかったの?」
「えっ? う~ん、そうだね…辛かったといえば辛かったなぁ」
目を伏せてシルヴィアはそのまま話す。
「でも貴族だから仕方ないって諦めてたから。政略結婚は普通だし。家族のことはどうしようもないし」
明るく話すものの、声音はいつもより小さい。
「…だけど、愛情を貰えなかったわけじゃないから。お母様は最期まで私を気にかけてくれたし、追い出されたけど使用人たちはみんな優しかったから。だから辛かったけど楽しい思い出も持ってるよ」
「……」
じっとシルヴィアを見つめる。
小さい頃に実母を亡くし、家族に疎外され、婚約者とは気が合わず、頼れる人がいなくて辛かったはずなのに明るく話して強いな、とイヴリンは感じた。
貴族はお金もあって華やかなドレスを着て優雅に暮らしているとばかり思っていた。
だが実際は華やかな世界だけではないと知った。
政略結婚が普通ならシルヴィアの家族例もあるらしい。平民なら無縁の話だ。
貴族も決して楽ではないのだとイヴリンは初めて知った。
「…平民になったけど、平民の方が楽で私は好きだなぁ。自由に動けて大きな声で笑えるし、礼儀作法なんて気にしなくていいし。だから今の生活には満足してるんだ!」
えへへっとシルヴィアは笑う。
「…シルヴィアが幸せならよかった」
「うん、イヴリンのおかげだよ」
「えっ? 私?」
突然のシルヴィアの発言にイヴリンは自身に指差す。
自分は特に何かした覚えはないからイヴリンは不思議に思う。
「初めてギルドにやって来た時、イヴリンが笑顔で話しかけてくれたでしょう? あれ、すごく嬉しかったんだ。右も左もわからない中でイヴリンが優しく丁寧に教えてくれて安心したんだ」
「そ、そうなの? 私は仕事で声かけただけで…」
「でも緊張してるのは知ってたんじゃない? わからなくて何回聞いても優しく教えてくれて嬉しかったんだ。仕事でもイヴリンのその姿勢に私、救われたよ」
「────」
まだ仕事を始めて日が浅かった。
職場の先輩の手伝いが多い中、偶然手が空いていたからシルヴィアに声をかけて自分の仕事をしただけだったが、それが彼女を救っていたなんて。
あの時の自分は彼女の役に立っていたんだと思うとイヴリンはすごく嬉しくなった。
「だからありがとう、イヴリン」
「シルヴィア……。それならよかった」
優しいと彼女は言うがそう言う彼女も真面目で芯が強くて、優しいと思う。
だからこそ思ってしまう。
「その男、ホントにビンタしたくなるっ!!」
親友の彼女に酷い目を遭わせた男に腹が立つ。
「往復ビンタ二十発必要よ!」
「…ふ、あはははっ! イヴリンカッコいい! ありがとう」
「そんな男より何倍も幸せになってね! 私応援するから!!」
その日を境にイヴリンはシルヴィアと親友になったのだった。
「──リンちゃん? ──イヴリンちゃん?」
「はっ…!!」
意識を戻したらシルヴィアのことを教えてくれた冒険者が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫かい…? やっぱり心配かい?」
「それは勿論です」
シルヴィアは三属性使える優れた魔法使いだ。仕事も真面目に取り組んで依頼人からも評判はいい。
だからこそ急に失踪した親友を考えると不安を思う。
「…ギルドマスターに相談してみたらどうにかなるでしょうか」
依頼だけではなく、冒険者の命も預かっている冒険者ギルドでは冒険者が行方不明になったらギルドマスターに報告する義務がある。
報告をしてギルドマスターの指示に従わないといけない。
「そうだね…とりあえず、一度ギルドマスターに相談してみな。今はそれが一番いい」
「わかりました、ありがとうございます」
冒険者にお礼を言うとイヴリンは後輩に少しの間、受付を頼んで早足で奥に向かう。
行く先はギルドマスターの場所だ。
そして、シルヴィアが保護して同居している少年──ディーンにも一応伝えておこうと頭を巡らせる。
まだ子どもで保護者役のシルヴィアが突然失踪したら不安になるだろう、だから伝えておこうと考える。
「シルヴィアっ…無事でいてね…!」
まだ一緒に遊びに行っていない。二月前に約束したのに。
お互いが忙しかったとしても帰ってきたら絶対に遊びに行ってやるとイヴリンは心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます