第21話 荒技には荒技を
ズキンズキンと鳴る痛みに意識が覚醒し、ゆっくりと瞼を開ける。
「ここは…」
自分が今いる状況を確認するために周囲を見渡す。
質素な客室で、たった今までベッドで寝ていたらしい。
そして手首に違和感を感じ、見てみると思わず固まってしまった。
「…はっ? 手錠?」
手首には手錠がつけられていた。
じっと見てみると…魔力を封じる手錠だった。なんでこんなものつけられているんだ。
痛みを堪えて意識を失う前を思い出す。
その日の依頼を終えて宿に向かっていたら女性に人を探していると声をかけられた。その探している人物が私で、私だと答えたら鼻に布を押し付けられて……。
「…誘拐、か」
一番考えられるのがそれしかない。
多分、私だとわかっていた上で最終確認で尋ねてきたんだ。
ただ、どうして私が誘拐されるんだろう? 貴族令嬢だったけどそれは元である。相手はアーネット公爵家の名前で尋ねてこなかったから、私がもう貴族令嬢じゃないってことは知っているはずだ。
「…落ち着いて、落ち着いて」
すぅっと深呼吸をする。焦ったら見落としてしまうことがある。冷静になれ。
そして深呼吸を繰り返していたらコンコンッとノックされて入室してきた。
「お目覚めでしょうか」
「…貴女は」
ドアの方を向くと侍女の服を着た女性が佇んでいた。私に声をかけてきた人だ。
「…ここはどこなの?」
「それらのお話は旦那様がもうすぐ来ますのでお待ちください」
「…ならあの日から何日過ぎたのか教えて」
「一日です」
一日…。ならまだ私の異変にギルドが気づいていない可能性が高い。どうするべきか。ここがどこかもわからないじゃ考えることも難しい。
「お目覚めですか、アーネット公爵令嬢」
すると入ってきたのは四十代くらいの男性だった。貴族の服装をしている。…相手は貴族か。
「私はもうアーネット公爵令嬢じゃないわ。それは貴方がよく知っているでしょう?」
なんたってエレインと名乗っているのを知っているはずなのだから。
「そうでしたな。ではシルヴィア・エレイン嬢と呼びましょう。お加減はいかがですか?」
「よく見えますか?」
できるだけ強気で応対する。びくびく震えているのを見せたくない。
「それは申し訳ございません。しかし、貴女は実に優れた魔法使いですから私も警戒してしまいましてね」
相手は私の態度を特に気にしないのかそのまま話を続ける。
「……お名前を教えてくださる?」
名前。王妃教育で貴族の家系は覚えているから特定してやる。
「おや、名乗っていませんでしかな? 私はジョンソン・マルクス。マルクス男爵の当主です」
「そうですか」
……マルクス? そんな男爵家聞いたこともない。
貴族の家は家柄関係なく覚えたのに男爵家にそんな家があった記憶がない。もしかして、私がいなくなった三年で貴族になった家なのかもしれない。
そう考えると元は商人の線が濃い。騎士なら体格がいいはずだけどこの人は違う。なら商人なら納得できる。商人なら情報収集をよくするから私のことも調べて知っていてもおかしくない。
「それで、ここはどこですか?」
ここがどこか尋ねる。馬車じゃないのはわかる。どこかの宿だろうか?
「冷静ですな」
「自分の生命に関わることですから。誘拐されて命が助かるという保証はないでしょう?」
淡々と事実を述べる。誘拐されているんだからどうなるかわからない。だから逃げ出すチャンスも一回しかない。不安だけど、さっき深呼吸して少し落ち着いた。
「ふむ、ここは船上です」
「……はっ?」
しかし、冷静さは吹っ飛んだ。船上? 船上とは、船の上?
「船の上ってこと?」
「はい、船の上ですな」
思わず聞き返してしまった。船の上なんていったいどうやって逃げ出せというのだ。しかも魔法が使えないし。
どうやら本当に抵抗も脱走もしてほしくないらしい。
でも誘拐に船を使うとは。恐らく貿易商人だったのは確定だろう。
それにしてもよくお金かけると思う。
「…それで、私をどうするつもりですか?」
私を奴隷として売り払うのか、それとも他に何かあるのか。
「私は依頼された身ですからご安心を。目的地まで安全に送り届けます」
どこがご安心なのだろう。不安しかない。
でも、依頼された?
「貴方の雇い主は誰なの?」
「それは言えませんが、約束として貴女を送り届けたら伯爵になるのですよ」
それで財力使って私を誘拐したのか。必死なことだ。
ただ…情報が不足している。
主犯は誰なの?
国外追放されたからクリスタ王国ではないだろうし、もし国王陛下が私を連れ戻そうとしても誘拐なんてするとは思えない。だって陛下はフランツ王子と違うから。
フランツ王子…あの人も国外追放を宣言したからありえないだろうし。
ダメだ、わからない。
「貴女を誘拐して約一日経過しました。あと五日ほどで到着すると思うのでこの部屋で過ごしてください。食事を持ってきます。侍女を部屋の端に待機させておきますので何かあれば命令してください」
それだけ言うとマルクス男爵は部屋から出て行った。
部屋の端には侍女が数人控えている。…監視も兼ねてると考えた方がいい。
それにしても一日経過して目的地まであと五日かかる……か。
仮に海路に行くまで馬車で移動していたとしてあと五日船で移動…隣国ではない…?
あぁ、そんなのわかるはずない。国外追放された時は陸路でキエフ王国にたどり着いたから。
「……ねぇ、カーテンを開いてくれる?」
マルクス男爵の侍女に頼んでカーテンを開いてもらうと窓から見えるのは一面の海。
馬車は馬を使用するため、どうしても時間がかかる。
だけど、船は違う。動物を使用しないから、交換する必要がなくて移動も早い。
さらに言うと、魔法鉱石を大量に使うことで速度を早めることができ、早く到着することができる。
だから港町を出発したばかりなのかわからない。
「お食事を持ってきましたよ」
「…ありがとう」
食事は食べやすいサンドイッチだった。
……辺りは海。逃げ出すことができないって思っているのだろう。
でも、誰が大人しくすると?
ここは船上だから逃げ場はない。今抵抗なんてしたら余計監視と拘束がきつくなる。
だから大人しくしとくけどいつまでも大人しくしていると思ったら大間違いだ。
依頼人が誰かわからない。だけど誘拐を依頼する奴なんてろくでもない奴に決まっている。
そっちが荒技で来るのならこっちも荒技で対抗するまでだ。
レラ・シルヴィア時代に散々な目に遭ったおかげで図太く、
***
「寝る時は一人がいいの。だから部屋から出て行ってもらえる?」
「しかし…」
「周りは海でどう逃げ出せるの? 寝る時くらいは一人にさせて」
「…男爵様に聞いてみます。お待ちください」
そう言うと侍女の一人が出て行った。さすがに寝る時くらいは監視のことも考えずに寝たい。
それに、彼女たちもしんどいだろう。
彼女たちのため、私のためにも一人で寝かせてほしい。
そう思っていたら、侍女が戻ってきて許可がおりたと伝えてきた。
廊下には見張りがいて、何かあればベルを鳴らしてほしいと言われた。
伝える内容を告げたら侍女たちは部屋を出ていき、小さいランプだけがついて私もベッドで横になった。
「…よし」
やっと破壊作業に入れる。
ジャラジャラッと鳴る手錠を見る。
この手錠は魔法を使おうとすると魔力を吸収するため、結果、魔法を使うことができない。
しかし、弱点がある。それは、手錠が吸収可能な量を超えたら壊れるということだ。
普通の人は破壊なんてできない。だが私は魔力が多い。
なら、毎日魔法を使って吸収させて容量を越えたらどうなるだろう?
量を調整して、陸地にたどり着いた時に強力な魔法を使ったら恐らく破壊できる。
問題は調整する難しさだ。夜しかできないこと、魔力を大量に消費することになるから体には負担だけどこれしかない。ならやってやるまでだ。
「やってやる…!」
小さい声で自分を奮い立たせて作業に取り組んだ。
***
船での移動から五日。
たどり着いた時間は昼間で、使用人が忙しそうに歩いている。
「着させますね」
侍女がフード付のローブを着せてくる。腕は入れずに簡単にだ。
「エレイン嬢、着いたのでついてきてください。馬車へ案内しますから。決して声を出さないでくださいね」
「……」
マルクス男爵が来たので黙って後ろをついていく。船の形、使用人、男爵家の騎士、港町をそっと確認していく。
そして馬車が見えてきた所で──私は魔法を唱えた。
「火よ、集え! 炎の渦で我を敵から守りたまえ!」
大声で魔力を大量に使用するとピキピキッと音を立てて手錠が破壊する。
同時にボォォォッと音を立てて私を守るように炎の渦が出来上がる。
「なっ…!?」
いきなりの魔法で周りが騒いでいる中で細い道を探して走り出す。
追いかけてくる男爵の騎士には悪いが雷魔法で麻痺させる。
こちらも五日間毎日魔力を手錠に注いで疲労感が溜まっている。チャンスは一度きりで優しくできない。
細い道に入り何度も曲がって走っていく。
途中でローブを脱いで走って人通りの多い市場へ向かう。これで探すのが困難なはずだ。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息切れがする。ゆっくりと深呼吸をしていく。
大丈夫だ。あとはここがどこか聞いて陸路でキエフ王国に戻ればいい。
本当は空間転移魔法でキエフ王国に戻れたらいいけど、まだ取得中で使うことできない。
…ううん、キエフ王国に戻ってもダメだ。戻ったらすぐに出ていかないと。また来るかもしれないから。
その場合は、師匠はどうしたらいいんだろう?
私の事情に師匠を巻き込みたくない。でも誰に頼めばいいんだろう。
イヴリンは何も関係ないから巻き込むことできないし…。
「……」
違う。私は、誰にも頼れないんだ。
私のことで迷惑なんてかけられないから。
「…考えないといけないことはたくさんあるなぁ」
暗く考えちゃダメだ。とりあえず逃げながら考えるしかな──
「──だから言ったのに。マルクス男爵は隙がありすぎだ」
「…えっ?」
そして私は再び意識を落としたのだった。
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