第24話 義妹
腕輪に魔力を注いで結界を張るのを確認するとフランツ王子は満足そうに笑みを浮かべる。
「よし、帰るぞ」
護衛の騎士にそう告げるとフランツ王子が重厚なドアのガラス越しから私を一瞥する。
「大人しくしとけよ、シルヴィア。大人しくしとけば
「……」
そう言うとフランツ王子は去っていった。
王宮の牢獄に投獄されて数日が経過した。
部屋には簡易的なベッドと机といった必要最低限のものしかない。
王宮勤めの罪人が一時収監される牢だから不潔ではないけれど、やや冷える。
抵抗した罰ということで私はしばらくは
毎日腕輪に魔力を注いで国の守護をしているが、そのせいで結界師は殆ど魔力を残せない。
体調を崩さない程度の魔力は残っているが魔法はほぼ使えなくなる。
だから結界師は王宮で厳重に保護されるが…あの王子、結界師の仕事だけさせて牢獄生活とは。
しかも、ここに来る過程を考えると健康とはあまり言えない。逃げ出すために魔力を結構消費しているし、牢獄での生活はいいとは言えない。
「はぁ…」
だったら魔力を注がなければいい、って話だが、結界をなくしたらモンスターが活性化して平民たちが被害を受ける。だから結界を張るしかなくて。
牢獄生活は温かい食事は提供されるが、看守二人はフランツ王子の息がかかった者で逃げ出すのは難しい。
一応、紙とペンを要望して日付を書いて記録している。
「…なんとかできないかな」
なんとか脱獄して陛下にこのことを伝えたい。
陛下に話したらきっと解決する。だけど陛下がいつ戻ってくるのかわからない。
こんな、人を誘拐して勝手に奴隷にして公正な審査のもとに決まった結界師を勝手に変更するろくでなし王子を許せるはずがない。
それも全部自分が国王になりたいからという自分勝手な理由で。
結界師は名誉な仕事だ。だからこそ、ちゃんと選定の儀で選ばれた人がなるべきだ。
「…弱気になってるのは私じゃないな」
理不尽な国外追放も、公爵家からの襲撃もなんとか乗り越えて来た。
だから諦めない。陛下が帰ってきたら絶対なんとか伝えてみせる。
「…イヴリン、心配してるだろうな」
キエフ王国にいる親友の名前を呟く。
冒険者を管理しているのはギルドなので冒険者の失踪の知らせは必ずギルドに伝わる。恐らく既に私が失踪しているのは知っているだろう。
突然消えたことに心配してるだろうなと考えると彼女に悪いなと思ってしまう。
彼女は優しい性格だから誰が失踪しても心配するだろう。だけど今回は仲のいい私だから余計心配してるかもしれない。
帰ったらイヴリンに謝って彼女の好きなカフェに行って十回奢ろうと思う。
そして、思うことはもう一つ。
「…師匠、元気かな」
ポツリと小さく呟く。
王宮の牢には私以外収容されておらず、自分の声が静寂に消えていく。いや、人が収容されてたらダメなんだけど。
師匠には十日で帰るって言ったのに。最後に会ったのはもう二週間以上前だ。
師匠、元気かな。突然消えたことに驚いているかな。不審に思っているかな。
シロちゃんは心配してくれてそう。私に懐いてくれてたから。
師匠と過ごしたのは大師匠様であるランヴァルド様に会いに行ったこともあり、一ヶ月と少ししか過ごしていない。
だけど、私にとっては既にそこが帰る場所であって。
こんな所で骨を埋める気はない。
だから、諦めてたまるか。
そう決意していたら看守が声をかけてきた。
「シルヴィア・エレイン。お前に面会希望だ」
「……私に?」
私に面会希望? 父親? それとも継母?
そう言えば、あの人たちもこのことを知っているのだろうか。それとも、ブリジットたちの独断?
そう考えていたら面会希望者が来た。
「お久しぶりですわ、お義姉様」
「…ブリジット?」
やって来たのはブリジットだった。
牢獄には場違いな豪華なドレスを着て髪も美しく結われていて、宝石をつけて牢獄の中にまで入ってくる。
「暗くて狭い牢獄生活はいかがですか? 快適でしょう?」
「さぁ、どうかしら」
わかりきったことを聞いてくる。快適? ならブリジットがここに住めばいいと思う。
私の話し方が嫌だったのかふんっ、と声を出す。
「つまらないわ。お義姉様はいつもそう。私の嫌味をものともしないから面白くないわ」
扇で口許を隠しながらそう吐き捨てる。そりゃあ、ブリジットの嫌がらせと言えばかわいいものだからだ。
嫌味に罵倒、人のドレスや宝石を勝手に略奪する程度なら初めは嫌だったけど、もう慣れてしまった。
レラ時代は物を奪われることはなかったけど、その代わり異母兄妹や王妃たちから日常的に嫌味を言われ続け、死なない程度の嫌がらせの毒を送りつけてきたこともある。
本人たちは「愛し子ゆえに暗殺の危険があるから毒の耐性をつけるべき」って言ってたっけ。
そうは言っても毒なんか味わいたくない。だから毒を送りつけてくる度、魔法で即時解毒してたな。
何より、父王が亡くなってからは急激に暗殺しようと目論んで何度も命を狙っていた。
王妃や異母兄は容赦なかったのに対し、ブリジットたちの嫌がらせは体に実害がないため、どうしても小さく見えた。
今思えば師匠が側にいてくれてたのは守ってくれていたんだと思う。
……師匠、どうしてるだろう。
「そうやって、いつもわたくしの嫌味を無視して。そういうところ、ホント嫌い」
「……どうしてそこまで私を目の敵にするの?」
母親は生きていて、両親からの愛を一心に受けて、願い事は全て叶えてくれて、豪華なドレスにアクセサリーも持っているのに。それでも私を目の敵にする。
やっぱり、腹違いだと憎いの?
「……お義姉様がそれを言うの?」
「……?」
ギリッ、と扇を強く握るのが聞こえた。
「最初から公爵家のお姫様として私より十年もいい生活して、殿下の婚約者になって! 魔法の才能を持って、勉強もできて! 劣等感を持って恨んで当然でしょう!?」
叫ぶように言うブリジットの様子に息を飲む。
「フランツ殿下と婚約してから余計に感じたわ。難しい王妃教育を難なくクリアして。私は教師から影からお義姉様と大違いだって言われて。お義姉様にはわかる!? わかるはずないでしょう!?」
そのまま感情的に話すブリジットを見て驚く。
私に対する嫌みは言ってきても、自分のことは一度も言ってこなかったから。
でも、私だって言いたいことはある。
難なくクリアした? 家で必死に努力してきた姿を見たことある?
私が一人勉強している間、ブリジットたちは家族で出かけていたり、家族団欒で過ごした。
マナーやダンスはレラ時代の経験が多少役に立つけれど、座学は国が違うし時代も大きく経っている。レラの経験は役に立たない。だから必死に努力した。
フランツ王子のことは好きじゃなかった。だけど、王妃になるのなら国のために頑張ろうと、その気持ちで必死に努力してきた。
それを潰してきたのはブリジットたちなのに、簡単にやってのけたとは言われたくない。
「……ブリジットが見ていないだけで私も必死に努力してきたわ。私は天才じゃないから家でいつも勉強してきたもの」
魔法の才能はあったけど、それと王妃教育は別だ。毎日勉強をし続けてきたから乗り越えて来たんだ。
……継母は私を毛嫌いしていたから、私はいつも蚊帳の外だった。
父も私に無関心で私がドレスが殆どなかったのも知っていたのに無視をした。
同じ屋根の下に住んでいるのに、一人だった。
「それでも今は王太子妃じゃない。王妃教育終わったんじゃないの?」
「まだ継続中よ。殿下の立場が危ないから早めに公爵家と縁組みになったのよ。…平民になって苦労してたらいいって思ってたのに、楽しそうにしていて。ホント腹立つ!」
大きな声で怒鳴ってくるが今の私は魔力を腕輪に注いでいて、誘拐されて頭も体も健康じゃない。あまり寝れていないから頭に響く。
「…そんなに私が嫌いなら関わらなければいいのに。なのに結局関わってくるのね」
「──!」
パァンッ、という音が静かな牢獄に響きわたった。
…頬が痛い。扇で力強く叩いてきて口の中が切れた。鉄の味がする。
「由緒正しい血筋、魔法の才能、そして王妃。ずっとずっと嫉妬してた。だからお義姉様の上に行って幸せになることだけを考えてた。お義姉様を越えるのはこれしかないもの!」
「…それで、フランツ王子と私の婚約破棄?」
口の中に鉄の味が広がる。深く切ったのかな。
止血程度の治癒魔法は使えるだろうけど、今はやめておいた方がよさそうだ。
「ええ、そう。やっとお義姉様に勝てると思っていたのに…! 王妃になれなかったら意味ないの!!」
怒鳴ってくるけど、知ったこっちゃない。結果は決まっている。例え王妃なれなくてもブリジットは王子妃、私は平民。ブリジットの勝ちなのに。
王妃に執着しているなって思う。
「……それで、私の力を使って上に行くってこと?」
「ええ。お義姉様にはなんのメリットもない。不本意な人生を送ってくれたら私もやっと満たされるわ。お義姉様はこのまま私たちに飼い殺し状態になるのよ」
「…私の力を当てにするんじゃなくて自分たちが努力しなさいよ」
飼い殺し状態、か。確かにこのままだとそうなる。
だから逃げ出してやる。
王妃になりたいのなら政策や外交、慈善事業などに力を入れて自分たちの力で努力するしかない。それを他人の力を頼ろうとするのが間違いなのだ。
婚約破棄の件で評判は落ちただろう。
過去は変えることができない。
だけど、誠心誠意行えば見てくれる人はいて、考えを改めてくれる可能性があるのに。
どうして自分の力で頑張らないのか。
「お義姉様が結界師になってから頑張るわ。じゃあね、ここで大人しくするのね」
勝ち誇った顔をしてブリジットは私にそう忠告して去っていった。
「…あっー、頭が痛い。口が痛い」
頭をおさえながら天井を見て呟いた。
師匠に教えてもらった通りに、治癒魔法使うか。
…いや、やめておこう。今は少しでも残り少ない魔力を温存しておきたい。
「…師匠」
なぜか師匠に無性に会いたくなった。
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