第18話 ただいま

 大師匠様こと、ランヴァルド様の家に一泊した翌日。

 ランヴァルド様にどんな生活していたのかと聞かれたため、ありのままの人生を話した。


 公爵令嬢に転生して実母と過ごした日々のこと。実母が亡くなって継母たちが来たこと。王太子と婚約したものの、義妹に嵌められて婚約破棄に国外追放の刑に平民宣言されたこと。今は冒険者として着々と実績を上げて毎日が楽しいこと。

 最初の方は悲しそうな顔をして話を聞いていたけど、途中からは柔らかい顔をしてくれた。


「最初は辛かったようだけど、今は楽しいんだね」

「はい! それに、継母たちの嫌がらせも前世の異母兄や王妃たちと比べるとかわいいものなんで案外平気でしたよ」

「鍛えられた、ってことかな」

「そうですね」

「でもまさか王女だった君が冒険者になっていたとは予想外だよ」

「えへへっ。とりあえず食べていかないといけないので、帰ったらお金稼ぐためにまた依頼を引き受けます!」

「勇ましくなったねぇ。いいことだいいことだ」


 ランヴァルド様が自分のことのように喜んでくれている。

 ランヴァルド様は優しい人だが自分と同じ境遇の愛し子には特に優しい。


「…あの、大師匠様。私…レラが死んだ後、セーラ王国はどうなったのですか?」

「…そうだね。話しておこうか」


 そしてランヴァルド様はレラ亡き後のセーラ王国について話してくれた。

 すると史実通り、殆ど変わらない内容を話してくれた。

 愛し子を失い、一気に国力が弱体化した中で近隣諸国と戦争して敗戦を繰り返した、のだと。

 そして最後は私も知っている通り、民衆のクーデターが原因で王家は滅んだということだ。

 そう考えると結局、異母兄たちの自滅に感じる。

 私は王位を狙っていなかったのに。

 何度言っても理解して貰えなかったのは少し悲しかった。


「シルヴィア……」

「…仕方ありませんね。過去はやり直せませんから。私は私で新しく生きます!」


 ニコッと笑うとランヴァルド様が安心したように微笑んでくれる。


「そうだよ。君は今を生きている。だから楽しみなさい」

「はい」

「もうそろそろ出発するのかい?」

「そのつもりです。帰りはゆっくりと帰ろうかと思うので」

「寂しいが孫弟子に会えただけでも嬉しいよ。また会えたらいいんだけどね」

「そうですね。私もまた大師匠様に会いたいです」


 でも次はいつ会えるんだろう、と思った。

 距離的な問題もあるし、放逐期間が終えれば師匠が戻ってくるかもしれないし。

 もう、これが最後なのかもしれないと密かに思った。


「シルヴィア? どうかしたかい?」


 はっ、と意識を戻すとランヴァルド様が心配そうに顔を見てくる。いけない。心配かけちゃ。


「大丈夫です。荷物の準備してきます」


 ランヴァルド様にそう言うと出発に向けて荷物を簡単に整理していく。

 一泊しかしていないため部屋は汚れておらず、簡単に掃除して一階に下りる。


「別に掃除しなくていいのに」

「いいえ、私なりの誠意です!」

「誠意かぁ。ならありがたく受け取ろうか」

「はい!」


 野宿する予定が部屋を借りて食事も提供されたのだからこれくらいはして当然だ。


「それじゃあ森の入り口まで送るよ」

「いいんですか?」

「勿論だよ。入り口までかなり遠い。歩くのも疲れるだろう。ささっと送ってあげよう」

「ありがとうございます、大師匠様」


 ランヴァルド様に頭を下げてお礼を言う。

 するとランヴァルド様はクスクス笑って私の頭を撫でてくれる。


「…? 大師匠様…?」

「…王女だった君がまさか転生しているとは思わなかったよ。あの子…ディートハルトには伝える気はないのかい?」

「……」


 師匠に、私がレラであると伝える。

 きっと伝えたら師匠はレラの死について謝ってくれる。

 ……だけど。


「…私がレラであることは、黙っていようかと思います。大師匠様の話によると、師匠は私の死をやっと受け入れたようなので。…それに、私がレラですって言っても師匠が信じてくれるとは思えないし」


 そう、あくまでも師匠が信じてくれたらの話だ。

 死者が記憶を持ったまま転生して生きているとは思うまい。


「そうかい? レラ王女の思い出を話したら信じるかも知れないのに?」

「いえ…。レラのことはもう忘れてほしいんです。愛し子でなくなったってことは、師匠は普通の人間になってしまったから。レラに囚われずに残りの人生を生きてほしいんです」


 これが今、私が心の底から願うお願いだ。

 レラを忘れて幸せになってほしい。


「師匠のことは放逐期間が終わるまで面倒見ようと思います。レラの時の恩返しとして」

「…そうかい。ならお願いするね。あ、そうだ」

「?」


 白いローブからなにやらごそごそ漁っている。なんだろう?


「はい、これ」

「え、ありがとうございます」


 貰った巾着はなぜか重い。なんだろう。

 中身を覗いてみるとなんとお金だった。


「なんですかこれ!?」

「ディートハルトの面倒を見てくれているからそのお礼だよ。少なかった?」

「むしろ多いです! 受け取れません!!」

「いいからいいから。これからもあの子の面倒を見てくれるんだから。それに、これは孫弟子用のお小遣いも入っている。好きに使いなさい」


 そして私に受け取りなさいと改めて言う。……そりゃあ、お金が多いのは助かるけど……。


「大師匠様…お金は大丈夫ですか……?」

「大丈夫だよ。こう見えても倹約家でね、ちゃーんと貯金してるよ。だから受け取りなさい」

「ありがとうございます…」


 大師匠様がそう言うのなら厚意に甘えて頂こう。


「素直な子は好きだよ。ディートハルトも素直ならいいのにねぇ。あの子は素直じゃないから」

「あはははっ…」


 苦笑いしかない。師匠は確かにそんなところが少しある。


「さて、じゃあ送るね」

「お願いします」

「任せておくれ」


 そして長い杖をトンッと地面に叩くと下に魔法陣が浮かぶ。

 すると一瞬にして森の中から抜けた。


「ありがとうございます」

「構わないよ。元気でね」

「はい、大師匠様もお元気で」


 そして大師匠様に手を振って別れた。

 大師匠様と再び会える日がくるかはわからないけど、いつまでも元気でいてほしい。


 それから少し町の方へ歩き、私を森の入り口まで運んでくれた御者のおじさんを見つけたので、おじさんに挨拶して運んでもらった。

 帰りは少しゆっくりと帰っていった。

 大師匠様から聞いた話をゆっくりと思い出したかったから。


 師匠が死者蘇生という禁忌魔法を使用して失敗したこと。それによって愛し子でなくなったこと。大師匠様に罰として魔力を一時的に封印されて子どもになってしまったこと。

 ……思っていたより内容が濃かった。

 でも、師匠の子ども化は魔法の代償ではないから、大人しくしとけば大丈夫だろう。

 師匠、一人だけど元気かな。ちゃんとご飯食べてるかな。朝起きれてるかな。シロちゃんが面倒見てるのかな。

 師匠の放逐期間が解けるまであと三年。それが解けたら師匠は大師匠様の元に戻るのかな。

 それまでは一緒にいたいなぁと思った。




 ***




 市場に寄り道をせず、まっすぐ家へ向かう。

 初めは一つしかなかった鍵が、師匠も外に行くことで二つになった鍵。

 そのうちの一つを使っては玄関を開ける。


「ただいま」


 一応声をかけたけど返事はない。

 時間は昼前だけど師匠はまだ寝ているのかもしれない。


「ニャッ~」

「シロちゃん。ただいまー、元気にしてた?」

「ニャッ!」

「よしよし」


 顎を撫でていくと気持ちよさそうに目を細めて甘えてくる。


「ごめんね、ディーン君の様子を見てくるね」


 師匠の部屋へ向かい、ノックするけど返事はない。


「…失礼しますよ~」


 ドアを開けると、すやすやと師匠が寝ていた。

 起きてる時には見られないだろう柔らかい寝顔である。


「…ただいま帰りましたよ」


 小さく囁いて、じっと寝顔を見る。ついでにそぉっと黒髪に触る。サラサラして柔らかい。


「んぅ…」


 素早く手を離す。危ない危ない。バレたら怒られる。

 師匠がゆっくりと瞼を開けてこちらを見てくる。


「……シ、ルヴィア…?」


 シルヴィア。そうだ、今の私はシルヴィア・エレインだ。

 レラ・セーラとバレずに師匠と過ごさないといけない。気を付けよう。


「おはよう、ディーン君。もうすぐでお昼になるよ」


 ニッコリッと笑うとぼぉっとしていた師匠が瞼をこすってこちらを見る。


「…いつ、帰ってきたんだ?」

「今だよ。ただいま」

「…おかえり。……いつから人の顔見ていたんだ?」

「さっ、起きようか! 一緒にお昼ご飯食べようか!」


 元気に声を出して私は師匠の部屋から出る。

 スルーだ。スルー。さっさと逃げよう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る