第17話 真実2
「死者蘇生…」
確か、王立図書館の特別開架にある禁忌魔法の一覧にあった。
名前の通り、死者を蘇生する禁忌の魔法だ。
だけど、驚くところはそこじゃなくて。
「私を…蘇らせようとした…?」
なんで、どうして。
どうして師匠が自分の命を犠牲にしてまで
呆気なく死んだ
「レラ王女…君が暗殺されたことでディートハルトは君の異母兄であるセーラ王国国王の嘆願を振り切り、僕の元へ戻ってきた。度々外の空気を吸うために外にふらつきながらも僕の家に居候していたんだけど…転機が訪れたのは約三十年前だ」
「振り切った…」
やっぱり腹違いの妹でも自分と同じ愛し子を殺した異母兄に仕えるのは抵抗感があったのだろう。
そして、それからはランヴァルド様の元で生活していた、と。
「…約三十年前、僕とディートハルトはある国の王家の依頼でとある貴族の屋敷に訪れていた。その貴族は多くの人間の命と魔力を犠牲にしてある禁忌魔法を実行した。それが、死者蘇生だ」
「…それで、どうなったんですか?」
「勿論、失敗だよ。その貴族は魔法に
三十年前…そんなのは知らない。
でも秘密裏で依頼されたのなら知らなくても当然だ。
「問題は…それからだった」
ランヴァルド様が目を伏せてそのまま語る。
「二年前、ディートハルトは突然消息を絶った。なんの連絡もなしに消えたから心配して探すと人が住まない僻地にいて倒れていた。…側には複雑な術式が不完全な状態で光っていた。その術式を見ると──三十年前の、あの術式ととてもよく似ていたんだ」
息を呑んでしまう。
…つまり、三十年前に見つけた死者蘇生の術式を師匠が使って失敗した。
「愛し子だからか、僕たちはどんな魔法も成功させてしまう。それはシルヴィア。君も知っているだろう?」
「……はい、そうでしたね」
どんな魔法も一度や二度と教えたら成功し、魔法の教師を戦慄させる。
それが
普通の人間は一つしか使えない魔法の属性を愛し子はなんの苦労もなく全ての属性を使いこなす。
高威力な強力な魔法をいくら使用しても平気な体。
そして長い寿命を持つ特殊な体。
まさに国の最強の守護者だ。
だからこそ、傲慢になってしまったのかもしれない。
禁忌の魔法でも、自分は
成功する、大丈夫だと師匠は思ったのかもしれない。
「何を考えたのか、ディートハルトは死者の尊厳を踏みにじるような死者蘇生を行った。だから、あの子を問い詰めた。『なぜ、こんなことしたのか。誰を蘇生しようとしたのか』、とね」
「それで…」
「そう、あの子…ディートハルトは君を蘇らせようとしていたと答えた」
「それが意味わからないんです!! 私は師匠の弟子だったけど、師匠に命かけてもらえるほど優秀な弟子ではありませんでした! それなのに…それなのになんで、そんなこと……」
ポタッポタッと涙が出てくる。
私のことなんか忘れていいのに。むしろ九年間、師匠の時間を奪ったんだから気にしなくていいのに。
師匠の弟子になったのだって半ば無理矢理だったのに。
なのに、なんでそんなこと。
師匠の死なんて望んだことなんかないのに。
「…ずっと後悔していた、と言っていた」
「……?」
出てくる涙を拭きながらランヴァルド様の話を聞く。
「三百年前、僕からの用事を断っておけば君が亡くなることはなかったはずなのに、ってずっと…君に懺悔していた」
「そんな…あれは師匠に大師匠様、どちらも悪くありません! 私の不注意で毒を飲んだだけなのに…!!」
「自分は転移が使えるのだから毎日王宮に帰っておけばよかったのに、帰らなかったからレラは死んだって言っていた」
「違います! 私のせいです! 私が……師匠を心配させたくなかったからなのに……」
涙が止まらなくて下を向く。
私のせいで……師匠は愛し子でなくなった。
私が…不注意で毒を飲んで呆気なく死んだせいで師匠は自分を責めて…。
「…例え、君の考えがそうであれども死者の言葉を生者が聞くことができない。だから、三十年前に見つけた術式で自分の命と魔力を代償に君を蘇生しようとしたらしい。自分は十分に生きた。君は十六年しか生きていないから、異母兄妹たちに命を狙われる心配もなく、穏やかに過ごしてほしい、そう願ったらしい」
「師匠が…」
無愛想で他人に冷たくて、好き嫌いが激しい人だったのに。
「僕が叱責し、術式を失敗して、愛し子でなくなったことでやっとレラ王女の死を完全に受け入れたらしい。禁忌魔法を二度と使用しないように魔法をかけて約束させたから安心してね」
「…ありがとうございます」
よかった。約束してくれて。私の死を受け入れてくれて。
「…君に魔法指導するように命じたのは僕だけど、君との生活は、あの子にとってかけがえのない日々だったんだろうね」
「…っ」
ランヴァルド様の言葉に再び涙が出る。
そうだったんだ。
じゃないと師匠が自分の命かけるはずない。
私だけだと思っていた。師匠はあまり表情に喜怒哀楽を見せなかったから。
うんざりした顔はしても笑う顔は殆ど見なかったから、一緒にいて楽しいのは自分だけなのだと思っていた。
でも、表情に出さなくてもレラとの生活はよかったと思ってくれたのなら嬉しい。
「…そ、それで…師匠は代償で魔力を殆どなくして子どもになったんですか…?」
涙を服でゴシゴシと拭いてランヴァルド様に尋ねる。
衝撃的な内容だった。だけど…禁忌魔法の代償で魔力が減って子どもになったらどうしたらいいんだろう…。
「いいや、あれは僕がした」
「……えっ?」
ランヴァルド様の顔を見つめる。師匠を子どもにしたのは…ランヴァルド様?
「…失敗したとはいえ、ディートハルトは使ってはいけない禁忌魔法を使用した。それは変えようもない事実。…だが、ディートハルトは他の人間に危害を加えておらず、自身のみ犠牲にしようとしたことを考慮して罰を与えた。それが、魔力を一時的に預かることだ」
「魔力を…預かる?」
そんなこと聞いたことない。他人の魔力をどうこうできるの?
「不思議かな? 長年生きていると暇でそんな遊びの術式くらい作れちゃうんだ。愛し子ではなくなったものの、ディートハルトは常人の何倍もの魔力を持っていた。あの子の魔力を結構預かったらどういうわけか子どもになってしまったが、これもまた一つの罰。子ども姿で苦労したらいいと思い、放逐した」
「……ん!? ほ、放逐ですか!?」
魔力も少ないのに師匠を放逐するとは…。
それだけランヴァルド様は怒っていると…?
「それでも常人より多いと思うよ。三百年前と比べて平和にもなった。それに、あの子は見た目は子どもだが中身は大人だ。大丈夫だろうと思って投げ出したんだ」
「そうですか…」
「……本当は、禁忌魔法を使用した罪で相応の処罰をしないといけなかったけど…無愛想な子でも僕の弟子だからか、つい甘くしてしまった」
ランヴァルド様にとって甘い方らしい。でも師匠、その甘い処罰で怪我して倒れてましたが……。
「だから、僕は賢者じゃないんだよ」
「…あっ」
『全然賢者じゃないけどねー』
ランヴァルド様のさっきの言動を思い出す。
さっきの発言は…そういうことだったんだ。
「放逐期間は五年と決めていた。大人しく過ごしていたら一年ごとに少しずつ魔力を返していたんだ。シロはあの子を気にかけていたからね、ついて行ってあの子の様子を僕に教えてくれてたんだ」
「そうだったんですね…」
「そして、そんなある日、君が出てきたってこと。だから、ディートハルトの姿をどうにかしようと思っても無駄だよ。あと三年、あの子は子どもの姿のままだ。…でも、君さえよければあの子の面倒を見てほしいな。シロの話を聞くと、君に少しずつ心を開いているからね」
「そ、そうですか…?」
「あれ? 自覚ない?」
「いえ…自己判断だったので…」
やっぱり心開いてくれているんだ。よかった。
「体が子どもだからか、あの子の得意な睨みもかわいく見えるんだよねぇ」
「あ、それはわかります」
青年姿なら震えあがりそうな睨みも子ども姿だからか威力が半減していると思っていた。
「──レラ王女殿下」
見慣れるようになった子ども姿の師匠のことを思い出していたら、急に昔の名前で呼ばれてびくっとする。
さっきも何回か呼ばれたけど、言葉の重みが違う。
「は、はい」
「──ずっと、謝りたいと思っていました。私のせいで貴女が亡くなったことに、ずっと。…貴女の死の原因は私も関わっていると思っていましたので」
「大師匠様…」
…ランヴァルド様は今、レラに話して謝罪している。
言葉遣いも変えて王女として話している。
なら、私も同じ対応しないと。
「…頭をお上げください、大師匠様」
レラとして、ランヴァルド様に命ずる。無礼だけど、お許しください。
ランヴァルド様が頭を上げてくれる。
「私の死は、私の責任です。大師匠様でも師匠のせいでもございません。なので、もう気にしないでください。謝罪の言葉は聞きました」
「レラ王女殿下…」
目を僅かに見開いてレラの名前を呼ぶ。
だけど、ここで終わりにしよう。
パンっと手を叩く。
「もう気にしないでください。今はシルヴィアとして日々を楽しんでいますので! お話、ありがとうございます」
私がそう言って場の雰囲気を変えるときょとんとしたけど、その後すぐに笑ってくれた。
「そうだね、君が言うのなら。空き部屋を案内しよう。こっちだよ」
「はい!」
そして私はランヴァルド様の家に一日お世話になった。
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