第16話 真実1

 ひゅっ、と口から音が出て息が凍りそうだった。

 私はまだシルヴィア・エレインとは名乗っていない。そしてレラ・セーラの名前も出していない。

 なのに大師匠様…ランヴァルド様の口から私の前世の名前が出たということは…私の正体に気づいているということだ。

 …正直、師匠のことを尋ねるにしてはシルヴィアとして尋ねるにしても限界があった。なら、正直に認めよう。


「…シルヴィアとお呼びください。今の私はシルヴィア・エレインとして生きていますから。さん付けもいりません、大師匠様」

「それじゃあシルヴィアと呼ぼうか」


 そう言うとランヴァルド様は足を組み直してこちらを見てニコッと微笑む。

 ……見た目と違い、鋭い人だと知った。


「…どうして、私がレラ・セーラと思ったのですか?」

「ん? うーん、そうだねぇ。長くなるんだけど、なんなら今日は泊まっていくかい? 外も暗くなってきたし。上に空き部屋があるんだ」

「…それなら、お願いします」

「うん、了解だ。あとで部屋を紹介するね」


 そしてランヴァルド様は紅茶を口に含む。


「さて、僕が君をレラ王女と気づいた要素は三つある。順に説明していこう。一つ、君がコーヒーを頼むリクエストがレラ王女と同じだったことだ」

「コーヒー……?」


 それが一つ目…?

 じっとランヴァルド様を見てしまう。


「レラ王女の時、君はいつもコーヒーを飲んでいたね。ミルク入りの角砂糖二つ入りのコーヒーをね」

「確かに…そうだったと思いますが……」


 成長してからはコーヒーをいつも飲んでいた。だからランヴァルド様と会う時もコーヒーだったかも知れないが……。


「あの…それだけだと私だとは……」


 なんせコーヒーを飲む人は多い。ミルク入りに砂糖二つ入れる人なんてどれだけいるか。


「そうだね。それは最終確認かな? では二つ目、君の魔力の色って言うのかなぁ……オーラと言うのか、それがレラ王女と似ていたんだ」

「私と……?」

「こればかりは愛し子でないと説明できないねぇ。さらっといくけど、レラ王女と君の魔力が似ていたんだ。だからさっき会った時、おやぁ?って思ったよ」

「はぁ…」


 曖昧な返事になってしまう。愛し子にしかわからない。

 ……あれ、でも師匠はそんな素振り全然見せなかった。どういうこと……?


「そして最後の三つ目」


 ランヴァルド様の声に意識を戻す。いけない、今はランヴァルド様の話に集中しないと。


「君は随分とあの子をかわいがってくれたからね。話そうかな」

「あの子…?」


 それは師匠のこと…?


「ディートハルトといたあの白猫──あれはね、僕の使い魔なんだ」

「使い魔…それは、大師匠様と契約した魔法生物ですか?」


 魔法生物は数が少なくて希少な存在だ。知性が高く、人間の話を理解していて、魔法を使うことができるらしい。

 そんな魔法生物と契約して使役するのが使い魔だ。

 私は使い魔はいなかったし、師匠もいなかったけどシロちゃんが…ランヴァルド様の使い魔。


「シロは僕の使い魔でね。君はディートハルト──あの子を自分の部屋には入れないようにしていたけど、シロは警戒せず入れていたらしいね」

「あ、はい…」


 だって私の部屋には師匠の子ども化の原因を探す本やメモなどがあったからしっかりと管理していた。


「それでね、シロから定期的にディートハルトの様子を聞いていたんだけど、ある時君のことも加わったんだ」

「私も…ですか?」

「そう。最初は子どもが一人倒れていて憐れんで保護してくれたと思ったよ。だけどどうも様子が変だ。ディートハルトがただの子どもじゃないと知っていてね。そして愛し子に、魔力や魔法の本を借りて読んでいたのを聞いたよ」

「……」


 さぁぁ…と顔が青くなる。

 確かに私はシロちゃんが使い魔だと知らなかった。ただの猫だと思って甘えてきて部屋に入れたこともある。

 でもまさかランヴァルド様と連絡取っていたなんて誰が予想できようか。


「はははっ…」


 乾いた声が出る。多分、結構前から私がレラ・セーラだとランヴァルド様にはバレていたんだ。


「ディートハルトが愛し子で、子どもじゃないと知っている人は殆どいない。なのに君は知っている。あの子は警戒心が強い子だ。見ず知らずの君に自身のことを話すはずがない。──なら、絞ることが簡単だ。あの子の正体を知る数少ない人間、似た性格、分析したら当てはまる子がいた。それがセーラ王国第六王女…レラ・セーラ王女だと、ね?」

「…ご明察です」


 探偵になれそうですね、と付け加えるとのほほんとした顔に戻って「持ち上げるのが上手だねぇ」と言われた。いえ、本当探偵なれますよ。


「まぁレラ王女が転生してディートハルトと再会するってどんな物語だと思ったけどね」

「私も思いました。…だから、驚いたんです。師匠がどうして子どもの姿になっているのか……。必死に調べてもわからなくて。……でもこの前、ある疑惑が生まれて大師匠様に会いに来ました」

「そうだねぇ。その方がいいね。弱体化していてもシルヴィア、君一人くらいならあの子は瞬殺できると思うよ」

「し、瞬殺ですか…」


 まさか私とランヴァルド様の考えが一致するなんて。知りたくなかった事実である。


「魔力はシルヴィア、君より少ないだろう。だけど戦闘経験が違う。少ない魔力で、一つの属性で君を倒すことなんて容易だろうね」

「そうですか…」


 手に持つカップを眺める。温かい。

 足下にはニャオ、ニャオ、と二匹の猫たちが鳴いてすり寄って来る。足下が温かい。


「シロから話を聞いているんだろうね。好感度が高いんだねぇ」

「そう、なんですね…」


 ……聞くべきだ。この三百年間の間に何があったのか。

 そのために、ここまで来たんだから。

 重苦しい口を開く。


「師匠に…何があったんですか?」


 じっとランヴァルド様を見る。


「…そうだね、長くなるけど最後までつきあってくれるかな?」

「勿論です」


 最後まで知りたい。何があったのか。

 淡々とあった歴史、出来事について知って師匠を助けたい。


「それじゃあ、話そうか。まずは…ディートハルトはもう愛し子ではない」

「──えっ?」


 愛し子じゃない? 師匠が…?

 頭が上手に動かない。師匠が? 愛し子じゃない? なんで、どうして?

 私の気持ちが顔にはっきりと描かれていたのか、ランヴァルド様が悲しそうな顔をする。


「嘘…ですよね」

「本当だ。だからディートハルトは、君をレラ王女だと認識できなかった」

「嘘…」

「本当だ」


 即座に私の言葉を否定する。

 愛し子じゃなくなったから私がレラだとわからなかった? なんで、愛し子じゃなくなったの?


「どうして…」


 私がそう呟くとランヴァルド様はゆっくりと呼吸をして、真剣な顔をする。


「今から話すことは全て真実だ。混乱してもいい。だけど、全て真実であると理解するんだ」

「真実…」

「ああ。……二年前、あの子は禁忌を犯した」

「禁忌…もしかして…禁忌魔法ですか…?」


 おずおずと尋ねてみる。禁忌を犯す…それはつまり。


「…ああ、そうだよ。あの子は禁忌魔法を使い、失敗した。命は助かったけど魔力を殆ど失い、結果、愛し子ではなくなった」


 やっぱり…禁忌魔法を。

 そしてその結果、魔力を失い、愛し子ではなくなった。

 何が師匠をそこまで突き動かしたの?


「禁忌魔法で…師匠は何をしようとしたんですか…?」


 私が尋ねるとランヴァルド様が目を細めて切ない目でこっちを見る。


「ディートハルトが犯した禁忌は、死者蘇生。蘇らせようとしたのは──君だ、レラ・セーラ王女殿下」


 じっと私の目を捉えて見つめた。


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