第15話 大師匠様
キエフ王国から出国して南に向かって早馬で向かって約二週間。
複数の国を越え、山を越えてたどり着いた先は大きな大きな森の入り口。
「お嬢ちゃん、本当にここで降りるのかい? ここから先は噂があるだけの何もない森だよ」
「噂って、アイボリーの髪の魔法使いが暮らしているって?」
「そうそう。若い魔法使いが住んでいるーって噂。って言っても見たこともないけどね」
「なら大丈夫だよ。ありがとう、おじさん。はい、お金」
私をここまで馬車で運んでくれた御者のおじさんに笑ってお金渡す。それでも心配そうにこちらを見てくる。
「……お嬢ちゃんがいいならいいけど、ここの森には動物が多いからね。気を付けるんだよ」
「ありがとう、おじさん」
手を振って御者のおじさんの姿が見えなくなると、振るのをやめて森の方へ振り向く。
あるのは自然溢れる緑豊かな森。
「来るのは初めてだけど…確か前ここに住んでいるって言ってたんだよね」
師匠の師匠──大師匠様が、ここに住んでいるというのをレラの頃に聞いた。
とある国の辺境にある大きな森に住み着いていて、国お抱えの愛し子ではなく大人しく住んでいる…らしい。
師匠に尋ねる勇気がない私は、大師匠様の元へやって来た。
大師匠様は師匠と対照的な、のほほんとした優しい…癒し系のお兄さんで、大師匠様の方がそういうのは聞きやすい人だからだ。
一方の師匠はこういうのは聞きにくい。あの鋭い睨みは人の体に穴を開けられそうだ。
「…さてと、入ってみよう!」
そして私はその森へ入っていった。
***
草、木、花、動物。 草、木、花、動物。 草、木、花、動物。
さすが森の中。木に花が多い。そして御者のおじさんの言う通り、動物が多い。
ウサギにキツネ、タヌキにリス。鹿に鳥までいる。
動物が多いのはわかったけど…。
「いつまで歩いても森なのはどういうこと…!?」
広くない? 広すぎる。こんなに広いとは思わなかった。
そして気になることは動物たちが距離を保って後ろからついてきてること。なんで?
後ろを振り返るとピタッと止まるから面白いけど、そろそろ飽きてきた。
背後から襲って来ないのはいいけど…なんでついてくるのか知りたい。
でも、ここでひとつわかることは、ここに人間が住んでいる可能性があることだ。
動物たちがその証拠だ。野性動物なら自由に動き回るはず。それなのに後ろの動物たちは全員止まったりして私を観察している。
つまり、動物たちを指示する人間がいる可能性がある。
「しかし……、そろそろ見つけたいんだけどなぁ…」
一向に大師匠様が住んでいると思われる家が見当たらない。このままじゃ森の中で野宿になっちゃう。
いや、別にいいんだけどね。三年前の旅で初めての野宿生活体験したから。
このままだと自身の周りに結界を張って一晩過ごすしかないかもしれない。
幸いなのはここが、キエフ王国より南に位置することだ。大陸南部のため、まだ温かい気候である。
「はぁ…仕方ない。もう少ししてダメなら今日はのじゅ──」
「グゥゥゥッ…!」
「……あれれー?」
なんか急に影ができたなって思って顔をあげたら目の前には大きな熊さんがすごい睨みでこちらを見ていました。地味に殺気も感じます。現場からは以上です。
「く、熊ーー!!?」
なんで今熊が出てくるの!? ってか大きくない!? え、やだ。これ倒すしかなくない? だってどう見ても背中見せたら食べられません??
「グゥゥゥッ…!!」
「あぅ…。ゆ、許してね! 火よ、集え! 炎になって我が敵を──」
仕方ないと思いながら火の魔法を詠唱する。
「ここでは魔法を使ってはダメだよ」
「えっ」
声がした瞬間、温かい風がふわっ、と吹いて私の火の魔法を一瞬で跡形もなく消し去った。
そして、熊の後ろから現れたのは──私が探し続けた人だった。
「ランヴァルド…アーメル様……」
名を呟くと、目の前の青年の姿をした人がきょとんとした顔を浮かべて、そのあとニコリと微笑む。
白いローブを羽織るのは
優しそうな顔立ちに、胸まであるアイボリーの色の髪を横に緩くくくり、灰色の瞳を持つ二十歳くらいの姿をした実年齢は五百歳越えの──師匠の師匠である、私が探していた大師匠様がそこにいた。
「おや、僕の名前を知っているのかい? そうかそうか。では、お嬢さんは僕に用があったのかな?」
「は、はいっ! あ、貴方様に会いに来ました!!」
「そうなのかぁ。じゃあおいで。僕の家はこの近くだから」
約三百年ぶりに会うランヴァルド様は昔と変わらずのほほんとしていて、私を案内してくれるそう。いやでもこの熊は…。
「あ、ベアー。彼女は僕のお客様だからもう威嚇はしなくていいよ。みんなもありがとう。もう大丈夫だからね」
「え」
するとベアーと呼ばれた熊は一気に殺気を消して、大人しくなって森の奥へ姿を消していった。
そして後ろを振り返ると私についてきたたくさんの動物たちが散らばっていった。
…それじゃあ、この動物たちを操っていたのはランヴァルド様だったのか。
「じゃあお嬢さん。行こうか」
「へっ?」
そしてランヴァルド様は私の手を掴むと杖をトンッと地面を叩く。
するとその瞬間、魔法陣が展開し、目の前の景色は一瞬にして変化した。
「今のは…空間転移魔法…?」
「おや、知っているのかい?」
「え、あ、ま…魔法の勉強で名前だけ知っています!!」
「そうなのかぁ」
どうにか誤魔化す。誤魔化しきれている…?
空間転移魔法。大量の魔力を消費する空間魔法の一種で、普通の人間なら使うことができない魔法。
レラの時代に名前だけ師匠に教えてもらったけど、父王の命令で私には魔法陣を教えてくれなかった。
「ここだよ、僕の家は。入って」
「は、はい」
大師匠様とは何回か会っただけだから緊張しちゃう。
大師匠様の家は小さな家で、二階建ての建物だった。
「ごめんね。僕の家は結界を張ってるからいくら歩いても見えないんだよね。でもずっと歩いてるって鳥が教えてくれたから客人かなって思って出てきたんだ」
「そうだったんですね……」
「うん。それにしても、僕の名前知ってたんだね」
「えっと…ランヴァルド様は賢者として知られていますから…」
「賢者かー。全然賢者じゃないけどねー。そう見えないでしょ?」
「えっと…」
言葉につまる。確かに見た目は賢者に見えない。
「あははは。ごめんね、意地悪なこと言って。適当に座って」
「あ、ありがとうございます」
キッチンに行って杖を使って火を発生させるランヴァルド様を見る。
確かにランヴァルド様は賢者には見えない。だけど公正な人で、優秀な魔法使いなのは知っている。じゃないと一瞬で空間転移なんてできない。
「コーヒーでいいかい?」
「はい」
「ミルクは?」
「ください」
「角砂糖は?」
「二つお願いします」
「了解」
手際よくコーヒーを注いでくれるのを見ていると、視界の端に動く小さなものが見えた。
「…猫?」
「ニャオ」
近づくと茶色の猫と白と灰色の混じった猫が二匹いた。
「かわいいですね」
「おや、わかる? 僕は猫が好きでね、茶色がマロン、白と灰色のがマーブルって言うんだ」
ランヴァルド様が名前を呼んだらニャオ、ニャオと鳴いていてまるで返事をしているみたいに感じる。かわいい。
「家の外も動物がいっぱいいましたね」
「人間より動物の方が好きなんだ」
「……」
さらっと発言したな…。
…まぁ、愛し子ということで色んなことで苦労したと思う。一応、愛し子十六年していたから私もその気持ちは多少わかる。
「おっと、ごめんね。失言失言。今のは忘れて。はい、コーヒー」
「ありがとうございます」
ランヴァルド様がコーヒーをくれて向かいの席に座る。一口飲んでみる。温かくておいしい。
……んっ? 待って、猫? ランヴァルド様の家に猫。
師匠の側にも白猫。師匠は確か「勝手についてきた」って言っていた。それじゃ…。
「さて、シルヴィア・エレインさんと呼べばいいのかな? それとも──レラ・セーラ王女殿下と言えばいいのかな?」
私が知っている大師匠様──ランヴァルド様の優しい瞳が少し意地悪そうに見えた気がした。
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