第14話 代償
パラパラッ、と静かな空間に紙が捲れる音が大きく響くのは、人がいないからだ。
キエフ王国王立図書館に保管されている魔導書は歴史的価値があり、また古い本ということもあり、誰でも見られる一般開架ではなく、特別開架とされ閲覧の申請をした人のみ読むことができる。
図書館司書のお姉さんに申請して、数日後に閲覧許可の連絡の手紙が来た。
それからはギルドの帰りや時間がある時などに度々王立図書館に訪れては魔導書の閲覧をしている。
特別開架に保管されている魔導書の数は膨大で、そこから師匠に関する魔導書をなんとか探し出している。
正直、一般開架に置かれている魔法に関する本とは内容が全然違う。内容が濃く、難しい。
だけど、これなら師匠の子ども化現象の原因が見つけられる気がする。
「うーん……」
人間の魔力について書かれている魔導書を読んで理解していく。
“──人間の魔力量は誕生した瞬間から決まっている。始めから多ければ一生多い。始めから少なければ一生少ない。魔法の訓練、そして成長とともに多少魔力が増えることはあれど、著しく増える現象はない”
そう本には書かれている。
……だけど師匠は
お医者さんの話を聞く限りそうとしか思えない。
多少増えることはあっても減る事例は見られない。
「魔力が減る事例はあるのか──普通はありえない」
そう、普通はありえない。例え、それが愛し子であっても。
ならなぜ師匠の魔力は子ども並みになっているのか? それは何かしらの魔法か呪いが関わっているということだ。
呪いは悪意がある魔法で、禁じられた魔法の一種だ。
一応、呪いの本も閲覧したけど呪いを使用したのなら、その代償として禍々しい使用した跡…刻印が残る。
だけど、運ばれてお医者さんが診察した時そんな話はなかった。呪いの刻印は特殊だから隠すことは不可能とされている。
逆に呪いにかけられたとしても呪いは対象が術者より弱い人間ではないと不可能である。師匠は愛し子であるため、師匠を呪うことできるのは世界中探しても十人もいない。
そう考えると呪いという線は低く、何かしらの魔法によるものだと考える。
「師匠でも失敗する魔法……」
師匠は魔力に愛された愛し子ゆえ、魔法の成功率は高い。それはどの愛し子も同じだ。
そんな師匠が失敗するする魔法となると限られてくる。
普段なら使わない魔法。膨大な魔力を使用する強力な魔法。危険性のある魔法と考えると──。
「……禁忌」
喉が掠れてポツリと呟く。
禁忌魔法。人が使ってはいけない絶対禁忌の魔法。
多くははるか昔に作られた魔法ばかりだが、稀に偶然の産物で新しく生まれることもある。
禁忌魔法は非常に強力な魔法だったり、唯一無二の特性を持つ魔法であるが、その代償は計り知れないと言われる。
例えば術者の命。または魔力。または大勢の人間の命といった危険性が伴われる。
「……まさ、か」
思わず口を手で覆う。
師匠は、禁忌魔法を使った……?
いや、まさか。ありえない。だって師匠だ。
師匠は無愛想で冷たい人だが常識を持っている。禁忌魔法の危険性、そしてその代償。知っていてわざわざ使うわけない。
もし使用したのがバレれば処罰される代物を使うとは思えない。
何より、そんなの大師匠様が許すはずない。
大師匠様が今でも生きていることは歴史を学んでいる中で知った。
あの人は師匠の師匠ということで、師匠なんか簡単に封じ込めることできる。だから師匠が禁忌魔法を使うことなんてできるわけないのだ。
──でも、そうじゃないと説明がつかないじゃない?と冷静な私が囁く。
魔力の減る事例は普通はありえない。でも禁忌魔法なら術者の魔力を代償にすることがある。なら師匠の魔力が少ないのも説明がつく。
だけど子ども化は? 子ども化の原因は何なの?
……ダメだ。頭が痛くなってくる。わからないことが多すぎる。
とりあえずわかることは、師匠の魔力が減ったのは普通じゃないこと。そして呪いが原因ではないこと。
そして、何かしらの魔法が原因で魔力を大幅に失い、子ども化になったということ。
「これだけでもわかればいいかもしれない…」
禁忌魔法…。もし、それを使ったとしたら恐らく失敗しているはずだ。禁忌魔法の代償の多くは術者の命だ。師匠が生きているということは仮に禁忌魔法を使っていたとしても失敗しているということだ。
一応、禁忌魔法について見てみよう。
本に書いてあるのは禁忌魔法の一覧とその事件についてで、術式や材料、詠唱の言葉などは一切書いていない。真似するのを防ぐためだ。
禁忌魔法の一覧と事件について見てみる。
殲滅魔法。悪魔召喚。精神操作。時空操作。空間汚染。死者蘇生。他にも禁忌魔法とその事件について書かれている。
……どれも、普通の人間じゃ扱えない危険な魔法だ。そして、師匠とは縁もゆかりもなさそうな魔法。
師匠が自身の命を犠牲にしてでも叶えたいとは思えない魔法ばかり。
「……これは直接本人に聞ける内容じゃないしなぁ……」
はぁっ、と溜め息が零れる。
禁忌魔法を使いましたか?なんて聞けるわけない。特に師匠は魔法に詳しいからそんなこと聞いてみよう。すぐに内容を理解してどうなることやら。
……もし、使ってたらどうしたらいいんだろう。
禁忌魔法の代償なんて私の手に負えない。どうすることもできない。
……ダメだ。まだ禁忌魔法を使ったとは確定していない。落ち着け、私。
でも他に何があるのだろう。毒による後遺症? だけど調べてもそんなのは出てこなかった。
「……聞くしかないのかな」
師匠が禁忌魔法を使用。
もし禁忌魔法を使用したのなら何が師匠をそこまで突き進めたのか。
この三百年間に師匠の身に何があったのかを知らないといけないけど……怖い。
「……はぁぁぁ~。……悩んでるのは私らしくない! よし、聞いてみよう!!」
考えても仕方ない。
どんな答えが待っていようとも、知らずにぐずぐずするより知って次について考えないと。できるだけ早めに動こう。
とりあえず、師匠には何も知らないふりをして接しないと。不自然に接すると気づかれてしまうかもしれないから。
「よし、帰ろうか」
気持ちは晴れないまま、重い腰を上げて歩き出した。
***
「ただいま」
「…お帰り」
「ニャッ~」
「ただいま、ディーン君、シロちゃん」
家に帰って挨拶をすると返事が返ってくる。
この一ヶ月と少しですっかり師匠たちがいる生活に慣れてしまった。
「寒くなってきたね」
「…そうだな」
「今日は温かいシチューしようか」
「…じゃあ、手伝う」
「いいの?」
「ああ」
あのお出かけ以降、師匠は片付けだけではなく、調理も手伝ってくれるようになった。
なので包丁で少し切ってもらったり、野菜を洗って皮を剥く手伝いをしてもらっている。
「ありがとう、ディーン君上手だもんね」
「…一応、簡単なのは作れる」
そうですよね、三百年生きているから料理くらい作ったことありますよね。
師匠の料理なんて食べたことないから一度食べてみたいなぁって思ってしまう。
野菜に鶏肉を切って煮込んで、ルーを入れて温める。いい匂いが部屋に充満する。
「うん…おいしい」
ルーを一口飲んで味を確かめる。これでいいだろう。
「ディーン君、お皿」
「…ん」
「ありがとう」
シチューを入れて、パンを出して、冷やしたミニサラダをテーブルに置いて向かい合って挨拶をする。
「いただきます」
「…いただきます」
温かいシチューは体を温めてくれて、ほっとする。もうすぐで本格的に寒くなるから風邪には気を付けないと。
「ここの冬は雪も降るから風邪を引かないように気を付けてね」
「…わかった」
「それと…」
「……?」
続きを待っている師匠と目を合わせる。
「ちょっと、用事でしばらく家を空けることになるんだけど……大丈夫かな?」
「家を?」
師匠の言葉に頷く。
師匠と生活していた時も依頼の仕事で数日家を空けていたことがあるから大丈夫だと思うも、一応確認しておく。
「わかった」
「よかった…。早速だけど、明日には出発しようと思うんだ。ちょっと遠いから……一ヶ月くらいになるんだけど……」
「一ヶ月も?」
師匠が少し驚いたように目を開く。
「うん、国出るから…。もしかして一ヶ月ちょっと過ぎるかも……。ごめんね」
「ふぅん…わかった」
「ありがとう。ご飯は好きに作ってくれていいし、お金はここに置いているから、好きな食材買っていいからね。外食したいならたまにならいいから。戸締まりはちゃんとしてね。あとは──」
「わかった、わかったから。子どもじゃないから大丈夫だ…」
うんざりとした顔で言ってくる。そうだった。見た目は子どもだけど中身は違うんだった。
でも、そのうんざりとした顔が懐かしくて笑ってしまった。
「ふふ、ごめんね」
「……気を付けろよ」
「大丈夫だよ」
師匠を安心させるように笑って食事をした。
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