第10話 魔法指導

 それはある日のお昼だった。


「あ、痛っ」

「?」


 昼食を作っている途中、指を切ってしまった。

 指から血が出てくる。


「光よ、集え。我の魔力と引き換えに傷を治したまえ」


 光魔法を唱えると、ポゥッと淡くて白い光が傷口に落ちる。治癒魔法だ。

 落ちてきた光は私の傷口を治していき、傷口は消えていった。


「よし」

「光魔法使えるのか?」

「えっ?」


 後ろを振り返ると師匠が立っていて、じっとこっちを見上げてくる。つぶらな大きな青紫の瞳がかわいい。


「そうだよ」

「シルヴィアは、火と雷も使っていたな。光も使えるってことは三属性の使い手なんだな。珍しいな」


 なんか急に饒舌に話してきた。確かに三属性は珍しい。だから王子の婚約者になってしまったんだよね。


「そうだね。珍しい、珍しいってずっと言われてきたね」

「それなのにどうして冒険者なんかしてるんだ? 王宮魔導師にもなれるだろう?」


 疑問に思ったのかそう尋ねてくる。そういえば私、師匠にこの国の人間じゃないって伝えてなかった気がする。


「私はこの国の人間じゃないからね。だから魔導師なんてなれないんだ。でも冒険者も楽しくていいよ? あっちこっちの場所にも行けるし」


 冒険者業は依頼があればあちこち行く。だからついでに観光もできるのだ。

 地域によったら気候に料理と、街並みも変わる。それを見るのも楽しくて好きだ。


「それに、冒険者してたからディーン君にも会えたしね」


 そう言って師匠に向かってニコッと笑ってみる。


「……ふぅん」


 それだけ言うと戻って本を読み直す。あ、師匠のことも言ったのに寂しい。

 でも他人に興味なかった師匠が私が怪我したことで本を中断して様子見てくれるようになるってすごい進歩じゃない? やっぱり大事なのは胃袋掴むことなんだ。

 私が怪我したことで見に来てくれてなんかむずがゆいけど、嬉しい。


「…ふふ」


 なぜか楽しい気持ちで料理を作っていく。

 切った野菜を入れて温めていく。


「できたよ。今日は野菜スープだよ」


 夕食のおかずの一部として作った結果、野菜具だくさんスープになってしまった。少し前までは一人暮らしだったから基本的に一人分しか作ってなかった。

 たまに翌朝用として二人分を作るだけだったのに、今は常に二人分作って他人と食べている。それが楽しい。

 師匠と同居するまではたまにイヴリンと食事するくらいだったけど、他人と食べると同じものでもいつもよりおいしく感じる。


「いただきます」

「…いただきます」


 スープを口に含む。うん、今日もおいしい。


 師匠の方を見ると黙々と食べているけど、よく食べていてくれている。おいしいようでよかった。


「まだあるからね」

「…平気」


 イヴリンとの食事と違い、黙々と食べ、たまにお話する生活。

 それでも居心地がいいのは、師匠だからかな。

 そして食事をしていき、ごちそうさまと挨拶をして、片付けしようと思ったら師匠が声をかけてきた。


「シルヴィア、手伝う」

「ディーン君?」


 私の真横に立って私を見上げてくる。


「…いつまでも、されるがままは悪いからな」

「ディーン君…」


 聞いた? あの師匠が、「いつまでもされるがままは悪いからな」って? 

 やっぱり三百年はすごい。人の性格を多少変化させるらしい。

 昔のように師匠と食事するのもいいけど、一緒にお皿洗いなんて初めてだ。新鮮だ。


「ありがとう!」

「…別に」


 私がお皿を洗っていって、師匠にはお皿を拭いて貰う。


「……そっちするつもりだったんだが」

「こっちも大切だよ? ちゃんと拭かないと」

「……わかった」


 そういうと黙々と拭いていく。


「手伝ってくれてありがとう」

「…別に」


 さっきも別に、って言ってたな。照れてる時に言う癖なのかな。もしそれだったら師匠の新たな発見だ。


「よし、終わった」


 あとはゆっくりとできる。どうしようかな。

 今日一日は依頼を引き受けずにゆっくり過ごそうと考えていた。

 本でも読もうか、それとも早速師匠と信頼関係を築いていこうか。あ、でも今シロちゃんが師匠にべったりくっついている。よし、本にしよう。


「私は自分の部屋にいくね」

「ああ」


 師匠に一言告げて自室に入る。

 先日、王都の図書館で借りた本をバックから取り出す。役に立つ内容があるかわからないけど一応読んでみようと思い、本を開いた。




 ***




 チクタクチクタク、と時計の針だけが響いていた室内にコンコン、とドアをノックする音が響いた。


「はーい」


 ここには私以外に住んでいる人は一人だけ。なんだろうと思いながらドアを開けたら師匠が立っていた。


「ディーン君? どうしたの?」


 師匠が私を訪ねてくるとは。同居して初めてだよ。


「…本読んでいたのか?」

「え。あ、うん。図書館で本借りてね」


 さりげなく本を隠す。大丈夫だよね? これくらいじゃ怪しまれないよね?


「それで、どうしたの?」


 師匠に話しかけて本から意識を逸らすように仕向ける。

 師匠がこっちを見る。


「シルヴィア。さっき、治癒魔法使っていたな」

「んっ? そうだね?」


 突然さっきの治癒魔法の話になる。使っていたし、師匠も見ていたはずでは?

 疑問符が頭を埋め尽くす。


「シルヴィアは魔力が多いから気にしないのかもしれないが、怪我に対して使用する魔力が多い」

「そう?」


 あまり考えてなかった。私、そんなに細かくないんですよ。モンスターとの戦闘ならまだ魔力の消費について考えるけど。


「お前のは多い。もったいない消費だ」

「えー。そうかな~?」


 そう言われても自覚がなぁ。多いかな? でも多かったら早く治るじゃん。

 すると師匠は溜め息をこぼす。え、ダメ?


「これ」

「ん? ……んんっ!?」


 見せてきたのは引っ掻き傷のようなもので、師匠の手の甲から血が滲み出ている。こ、これは!


「ど、ど、ど、どうしたの!?」

「煩わしくて無理矢理引き離したらあの生意気な猫に引っ掻かれた」


 なんてこと。シロちゃん引っ掻くのね。私にはそんなことしてこないし、お願いしたらちゃんと言うこと聞くのに。

 私の考えを読んだのか、「あの猫は計算高いから餌くれる人間には反抗しない」と呟く。そうですか。


「それで、見て。──光よ、集え。我の魔力と引き換えに傷を治したまえ」


 師匠が唱える。すると傷口と同じくらいの淡くて白い光が傷口に落ちていき、あっという間になくなってしまった。


「わぉっ」

「ほら、こんな小さな光でも瞬時に治る。だからお前の魔力の使用がいかに無駄に使っているかわかるか?」


 確かに無駄かもしれません。


「こんな風に、怪我の大きさに適した魔力を消費する方がいい。過剰にしても無駄だからな」

「わかりました」


 はっ、つい敬語を。

 でも師匠がシルヴィアに魔法指導してくれるとは。優しくなったなって思う。

 それに、つい懐かしいレラの時代を思い出してしまう。


「気を付けるね。教えてくれてありがとう」

「…別に」


 そう返事すると顔を逸らした。やっぱり照れてる時の癖ですか?


「お礼に今度お出かけする時何か買ってあげるね」

「…いらない」

「いいのいいの。ディーン君あんまり外出ないでしょう? だから今度一緒にお出掛けしようって考えてたの。何か買ってあげる」


 私がそう言うと師匠は何か考えている素振りを見せて、話しかけてくる。


「…それなら、二つ頼んでもいいか?」

「うん? 何?」


 師匠が私に頼みごととは。しかも二つも! これは頼られているって認識していいよね?


「…一つは図書館の道を教えてくれ」

「図書館?」


 私が師匠の言葉を繰り返すとこくんっと頷く。


「調べたいものがあってずっと行きたかった。案内だけでいい」

「私も一緒じゃなくていい?」

「平気だ。……それに、一人の方が集中しやすい」


 師匠にそう言われたら仕方ない。引き下がるべきだろう。


「わかったよ。今度一緒に行こうか」

「それと、俺も冒険者になる」

「うん、いい…んっ!?」


 あやうく頷きかけた。えっ? 冒険者?


「な、なんで?」

「いつまでも助けてもらうのは好きじゃない。何、魔法は得意だ。多少は力になる」

「ええっ~…」


 さすがにちょっと迷う。師匠が冒険者…。いや、別に師匠の力をみくびってないよ? 師匠の実力は知っているつもりだし。

 だけど子ども姿の師匠をか…。


「ダメか?」

「うっ…」


 師匠の願いだ、叶えてあげたい…。…仕方ない。


「わかったよ、じゃあ今度一緒にギルドに行って冒険者の手続きしようか」

「ああ」

「あ、でも魔法は二つまでだよ! 職員の人が驚くからね!」

「…わかった」


 別に平民なら子どもでも働いているからおかしくない。

 だから師匠の見た目が十歳くらいだけど大丈夫なはずだと思いたい。


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