第9話 師匠の謎

「そういえばディーン君。魔力はどう?」

「…どういうことだ?」


 夕食中、師匠に尋ねてみたら睨みながらそう返してきた。いや、警戒しないでくださいよ、師匠。

 昔から師匠の睨みは鋭い。前世でも師匠は美形だから王宮の侍女たちにきゃあきゃあ言われていたけど、誰も近づく人はいなかった。遠くから鑑賞するだけだった。


「君を保護した時にお医者さんが魔力が少ないって言っていたから不安に思って。ほら、魔力は人間が生きるのに必要不可欠だから気になっちゃって」

「ああ…そういうこと」


 早口になってしまったけど納得してくれたのか睨みが消えた。


「魔力はもう大丈夫だ。…魔法を使って疲れていたんだろ」

「そっか」


 子どもの姿でそう話すのはやっぱり少し違和感ある。だって偉そうなんだよ。

 しかし、三百年前は王女の指導係に愛し子ということで国でもトップに君臨する地位と待遇を受けていたし、偉そうになるよね。


「…何か、困ったこととかない?」

「…今は、大丈夫」


 あ、また嘘ついた。目線が左いってますよ。

 …そうだよね。困っているに決まっているじゃん。膨大な魔力があったのに子どもになって魔力が著しく減ってしまっているんだから。


「魔法も使える? 少し見せてくれない?」

「……わかった」


 数秒の沈黙の後、師匠はそういうと自身の右手の小さな人差し指を立てる。


「火よ、集え。火の玉よ、出でよ」


 ポゥッと小さな火が発生する。


「水よ、集え。水の玉よ、出でよ」


 今度は小さな水の玉が発生する。


「風よ、集え。風を起こせ」


 今度はびゅっと小さく風が音を立てて発生する。


「土よ──」

「よしっ! 大丈夫そうだね!!」


 無理矢理師匠の魔法を止める。師匠、小さくなっても全属性は使えるようですが、そんなの見せてはいけませんよ。相手によっては奴隷として売られますよ!

 キエフ王国は奴隷制度を禁止しているけど、他国では今でも継続されている国もあるんですよ。特に師匠はきれいな顔しているんですから大変ですよ!!


 私が止めるとそう、と言ってパスタを食べ始める。ううっ…妙なところで警戒心ないんですね…。それとも私ごとき瞬殺なのですか…? 後者だと思いたいです。


「…魔力は」

「うん?」


 ぼそりと呟く師匠にもう一度尋ねる。


「…魔力は多くないのは事実だ。だが、魔法は使えるから気にするな」

「うん、そうだね。わかったよ」


 そして私も食事を再開した。




 ***




 ────って言ったけど、気にするに決まってるじゃーん!!


「ううっ~わからない~」


 机に頭をぐりぐりと擦り付ける。

 師匠に魔力のことを尋ねて数日後。私は王都にある一番大きな王立図書館で調べものをしに来ていた。

 勿論、内容は師匠のこと。

 師匠には用事があると言って留守番させた。だってこんなの師匠が隣にいて調べられないよ。


「はぁ…」


 魔力・魔法に関する本をとりあえず手にとったあと、ひたすら読んでいく。


“──魔力とは生命を維持する重要なモノで必ず全員が持っている。魔力が減ると疲れ、それが長期間続くと肉体に負荷がかかり、疲労が蓄積される。その結果、基礎免疫が低下するため、過度な魔力不足は生命に関わる”


“──魔力の属性は「火」「水」「風」「土」「雷」「光」「闇」の七つに分類される。多くの人間はいずれかの一つの属性に適合し、二つ以上適合する人は少なく、また、操れる属性が多ければ多いほど魔力量が多いとされている”


“──魔力マナの愛し子とは魔力に愛された存在の人間のこと。膨大な魔力を保有し、全ての属性を使いこなし、従来の人間とは異なる寿命を持ち、若々しい肉体を持つ。愛し子はいつ誕生するかは予測できないが、愛し子の存在は時に戦争の火種になることもしばしばある”


「……はぁ。こんなの、もうとっくに知ってるよ……」


 溜め息がこぼれる。私が知りたいのはもっと他のことなんだけど…。

 

「やっぱりないなぁ…」


 まぁ普通大人から子どもになる現象なんてないもんね。私もそんなの聞いたことも見たこともなかった。

 師匠は愛し子だから特殊だとしてもなぁ…。手がかり一つ掴めないなんて。


 他の本も読んでいく。だけどどれも師匠の子ども化現象のことは書いていない。


「正直、本人に聞いた方が一番手っ取り早いんだけどね…」


 でもそんなこと聞けるはずない。下手したら逃げ出すか、最悪、物理的に瞬殺されるかもしれない。

 私だって命が大切だ。だから危険な賭けには出たくない。

 

「……急ぐ必要はないのかな」


 少なくとも今の師匠を見ていると命の危機はなさそうだ。ならゆっくりと調べてみるのでもいいのかもしれない。

 下手に急いで調べて師匠に勘づかれたらアウトだし、逃げられたら見つけられるかわからない。

 師匠を見つけたのだって、本当に偶然だったから。

 何より先ほども言ったが私だって命は惜しい。


 どういうわけか、私はレラ・セーラの記憶を持ったまま転生した。せっかくの二度目の人生なのだ。長生きしたいに決まっている!

 そう考えるとやっぱりゆっくりと師匠と信頼関係を築くべきではないだろうか。

 そして師匠から自分の秘密を打ち明けてもらう! ……まぁ成功する確率は低確率な気がするけど、諦めるな私。


「大師匠様は、このこと知っているのかな」


 大師匠様。師匠を育てた偉大なる魔法使いで、魔力マナの愛し子の一人。

 確か、ニコルさんが尋ねた時もあちこち転々としていたって言ってたな。私が尋ねた時もそうだったし。

 転々としていて大師匠様にも会っていないのなら、このことを知らないのかもしれない。


「それに、あの人殆ど外に出ていないよね」


 引き取ってしばらく経つけど、師匠は殆ど外に出ていない。

 師匠はもともと活発に外を歩く人じゃない。だけどずっと引きこもるのはさすがに問題では?

 よし、ここは私が師匠を外に連れていってあげよう! 外に出れば体にも心にもいいし。今度連れていってあげよう。


 そう決めて、とりあえず手に取った本を読んでいく。うん、これは課題として取り組もう。


 ミランダさんが見つけたけど、保護したのは私だ。なら責任を持って師匠を育てないと。

 理由はわからないけど、きっと今の師匠は不自由を強いられている。

 だから元弟子の私が師匠を支えて、元の姿を戻る手伝いをしないと。

 レラの時、師匠には色んな方面で助けられた。その恩を返したい。だから秘密裏で頑張ろう。


 そして再びにらめっこしながら読んでいった。




 ***




「うわっ、もうこんな時間」


 夕方になってきたからそろそろ帰ろうか。

 まだ読み終わってない本は借りて帰ろう。

 ここにあるのは基礎内容に関するものばかりだ。専門の魔法について閲覧したいから申請しとこう。


「すみません、魔法のことについてもっと深く知りたくて。魔導書の閲覧の許可を申請したいんですが」

「魔導書の閲覧ですか? かしこまりました、ではここに必要事項を記入してください。後日許可がおりたら連絡させて頂きます」

「わかりました」


 図書館司書のお姉さんに言われて必要事項を記入していく。

 魔導書は魔法のことがもっと深く書かれた本で、一般開架されていない。

 よって、申請して許可を貰わないといけない。

 貸し出し不可だけど、師匠の子ども化の手がかりがあるかもしれない。あってくれ。

 そう願いながら書いていく。


「書きました」

「はい。ではお預かり致します。許可がおりたら連絡しますね」

「お願いします」


 読みきれなかった本を数冊借りて図書館から出ていく。

 夕日が差して今日ももうすぐ終わりそうだと思いながら帰った。


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