第8話 平穏な日常
師匠を引き取って一週間。概ね問題なく過ごすことができたと思う。
朝に弱い師匠を起こしに行ったせいで警戒心がすごかったけど、一週間もしたらほんのちょっと師匠の警戒心がましになった。よかったよかった。
「男性の心を掴むのはやはり胃袋ですよ、お嬢様」と、まだ私が小さかった時に公爵家の侍女が教えてくれた。彼女の言い分は正しかった。やっぱり胃袋を掴むのがいいのか。この調子だよ、私。
ちなみにシロちゃんは既に私に懐いてくれてる。最近の癒しになりつつある。
そう考えながらギルドの中に入って依頼を達成したことを伝える。
「シルヴィア」
「イヴリン。久しぶり」
数日ぶりに会う友人に笑う。
「久しぶり。ちょっと時間いい?」
「勿論。どうしたの?」
何か大事な話かな。最近の話となると……師匠か。
「パウルさんたちと見つけた男の子を保護したんだね。どう? 困ったこととかない?」
「大丈夫だよ。大人しくていい子だよ」
大人しいのは事実だ。警戒されているけど。暴れないしいい子である。
「そう……? いきなりシルヴィアが引き取るって聞いて驚いちゃった」
「あぁ、確かにそうかもね。忙しかったから伝えられなくてごめんね」
「それはわかっているからいいよ。何かあったら相談してね」
「うん。ありがとう、イヴリン」
そう返事するとギルド内の時計の鐘が鳴る。正午を告げる鐘だ。
「イヴリーン! 休憩していいよー!」
「あ、ありがとうー!」
「イヴリン休憩? なら一緒にお昼食べない?」
「いいの? 男の子は?」
「ディーン君にはお昼用意してるから大丈夫だよ」
今日はサンドイッチを用意した。食べているだろう。
本当は帰ろうと思っていたけど、イヴリンも忙しい身だ。丁度休憩になったのなら一緒にランチくらいしたい。
「シルヴィアがいいのなら」
「じゃ、決まり」
イヴリンとギルドから出て王都の安くて人気のカフェへ入ってパン二つとドリンクを頼む。
「それでディーン君って言うんだ?」
「うん。その子のお友だちの猫ちゃんもいてね、今は二人と一匹で暮らしてるかな」
「一気に増えたね。賑やか?」
「どうだろう。ディーン君は大人しいから。シロちゃんは甘えてきてかわいいから最近の癒しだよ」
「へぇそれは癒されるね! あ、でもまだ慣れてなくて忙しいよね。遊びに行くのはまた今度にしよっか」
「いいの? 助かるよ。遊びたいけど、本当ごめん」
手を合わせて謝る。私も遊びたいけど、今は師匠の方を優先しないと。
どうして子どもになっているのか。これが気になる。
「気にしないでよ。またいつでも遊べるんだから。今はディーン君を優先して?」
「イヴリン……ありがとう」
イヴリンは他人の事情を考えてくれて優しいなぁと改めて思う。
イヴリンと話しながら食事をする。公爵令嬢時代はこんなこと殆どできなかった。
お母様がいた頃は食事でこれおいしいねって話したりしたけど、継母たちが来てからは私は家族団欒の食事を一度もしていない。
あの人たちにとって、私は家族じゃなかったんだろう。
……それに悲しいとは思わない。虐げられたのに家族愛を求めるほど私は愛に飢えてない。
私にはレラの時代にもシルヴィアの時代にもちゃんと愛情を注いでくれた人がいるから。
「……シルヴィア?」
「! ごめん、イヴリン!」
しまった。せっかくの食事中に昔を思い出してしまった。申し訳ない。
「シルヴィア」
イヴリンが私の手に手を重ねてくれる。
「ディーン君のことでも、それ以外のことでも何か悩んでいたり、困っていたら言ってね? 話くらいは聞けるからね」
「イヴリン……」
イヴリンの名前を呼ぶと優しく微笑んでくれる。
キエフ王国に来て冒険者になろうと決意したけど右も左もわからない私を助けてくれたのはイヴリンだった。
私が依頼達成できたら喜んでくれて、他の冒険者にも優しく接して本当にいい子。
クリスタ王国の生活はあまりよくなかったけど、キエフ王国に来て、最初にイヴリンに会えたのは幸運だった。
この親友を、大切しよう。
「イヴリン……大好き」
「ふふ、私も大好きだよ」
それからイヴリンの休憩時間を見ながら談笑した。
また休憩時間一緒に昼食を摂る約束をしてイヴリンとは別れた。
「あとは食材だけ買って帰ろうか」
今日は依頼を二つ引き受けて両方達成したし、報酬金を貰ったからしばらくは依頼を引き受けなくても大丈夫そうだ。
なるべく一日に一気に依頼を達成したい。
師匠を保護したものの、問題がある。
それは子ども化した原因がわからないことだ。
実際、レラと師匠は十二歳の年の差があったけど、師匠は出会って九年、ずっと十代後半の姿をしていた。
それは大師匠様も同じで、大師匠様はずっと二十歳くらいに見えた。
つまり、子どもの姿になるなんて普通はありえない。何かある。
……だから依頼を一気に達成して師匠の子ども化の原因を探さないといけない。
勿論、依頼は大切なのでしっかりと完璧にやりとげる。そして師匠について調べる。
師匠のことを知っているけどそれを出すことはできない。だから秘密裏に調べないと。
「……そういえば、もう魔力は大丈夫なのかな」
お医者さんが子どもにしては魔力が少ないって言ってたな。夕食の時にでも聞いてみよう。
そう考えながら食材を買っていく。
平民生活ももう三年。初めの頃は食材の新鮮さもよくわからなかったけど、今ではよくわかるようになった。平民生活は私には合うようだ。
「おばさん、トマト二つにレタス一つください」
「あらシルヴィアちゃん。まいどあがり!」
野菜を買っていく。あ、ピーマンもいつもより少し安い。ピーマンも追加注文。
「シルヴィアちゃんまた来てねー!」
「勿論、おばさんの野菜は新鮮なのが多いから贔屓してるよ」
「あら! 口が上手ね! 人参一つおまけしてあげる!」
「ありがとう、おばさん」
キエフ王国に来て三年。今が幸せだ。
「あれ? エレインさん?」
「あ、ニコルさん?」
名字を呼ばれて振り返るとそこには騎士のニコルさんがいた。
「お仕事中ですか?」
「いえ、今日はもう終わりなんです。昨日夜勤だったから」
「騎士団って不規則な生活ですからね。お疲れ様です」
国民を守る騎士団は夜勤もあって大変そうだ。
「今は宿舎に帰ろうと思ってたらエレインさんを見つけて。ディートハルト君はどうですか?」
どうやら私に声をかけたのは師匠を心配してのようだ。
「大人しくていい子ですよ。ご飯もしっかり食べてくれてます」
「それならよかった。子ども一人あんな所にいて心配だったから。何かあれば騎士団に来てください」
「ありがとうございます」
ニコルさんも優しい人だ。さすが国民を守ろうとする騎士だ。何かと気遣ってくれる。
ニコルさんに挨拶をして家に向かって歩いて帰る。
「ただいま」
「……お帰り」
「ニャッ」
無愛想ながらも師匠が返事してくれる。始めは沈黙が長かった気がするけど、最近は短くなっている気がする。嬉しい。
シロちゃんも私の足元にやって来てすりすりしてくる。かわいい!
「ご飯作るね。今日はトマトパスタだよ」
「パスタ」
「そう。待っててね」
シロちゃんには先にミルクだけ与えておく。夕食の時にシロちゃんにもご飯をあげよう。
パスタは好きだ。色んな味付けできるから楽しくて好きなんだよね。
そして私は夕食作りに取り組んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます