第7話 同居生活開始
師匠の手を繋ぎながら歩き、隣には白猫が歩く。
あの後、ニコルさんと少し話した後、病室から出て今は王都をゆっくりと歩いている。
「着いた。ここだよ、私の家」
二階建てのテラスハウスを指差す。一階にはリビングにキッチン、二階には小さいけど洋室が二つある。ちなみに買っているわけではない、賃貸。家を買うお金はまだない。
「えっと、ディートハルト君。なんて呼べばいいのかな?」
師匠に尋ねてみる。レラの時はずっと師匠と呼んでたからなぁ。間違えて師匠と呼ばないように気を付けないと。
ディートハルトって呼び捨てで呼ぶのは恐れ多くてできない…。それ以外でお願いします。
「……ディーンでいい」
適当。でも適当なところが師匠である。
私の魔法座学はしっかり丁寧に教えてくれたものの、実技は「感覚で掴め」だった。それが師匠の口癖だった。説明は未だにわからない。とりあえず師匠は天才型だということだけわかった。
師匠が来る前は老師が教えてくれてたけど、老師は座学に実技どちらも丁寧に教えてくれたのに。
「ディーン君ね。私はシルヴィア・エレインっていうの。シルヴィアって呼んで」
「…シルヴィア」
「うん!」
レラじゃないけど師匠に名前を呼ばれると嬉しい。まったく、前世では異母兄に毒殺されるわ、今世では婚約破棄に国外追放、挙げ句の果てには命狙われるわと、人生ついていないって思っていたけど、師匠に会えたのはよかったなと思う。
「お腹減った? 今何か作るからね」
えっーと何があるかな。少量の肉にソーセージにベーコン、ジャガイモにキャベツに玉ねぎに人参などがある。あ、ブロッコリーもあった。何作ろうかな。
一緒についてきた白猫にはとりあえずミルクを与える。
「この猫ちゃん名前は?」
「……シロ」
「ディーン君が名付けたの?」
「違う。違う奴が名付けた。そいつが勝手についてきてるんだ」
「へぇ、好かれてるんだね」
ミルクを与えると舌を出して飲んでいく。かわいい。猫なんて飼ったことないけどこんなにかわいいんだ。
「……どうして俺を引き取ってくれたんだ?」
「んっ?」
子ども姿でも敬語を使う気はないらしい。師匠を知っている私だから構わないけど、他の人には敬語を使うように教えよう。
「さっき言ったでしょう? 孤児院に行きたくないって。でも君は子どもだから一人で生きていくのは大変だから引き取ったんだ」
「シルヴィアは見ず知らずの子どもに誰にでもしているのか?」
はっきりと話してくる。そりゃあ私も見ず知らずの子ども全員にしてあげるほど余裕はない。
だけど貴方は師匠だから。レラだった頃の私の心を支えてくれた人だから特別なんだよ。
…とはいえないから言わないけど。どう誤魔化すか。
「…君が、私の恩人に姿が少し似ているからかな」
「恩人に?」
「そう。ディーン君と同じ黒い髪の男の人で、色んな方面で私を助けてくれた恩人なんだ。だから少し似ているディーン君を助けてあげたくなっちゃって」
そう言って誤魔化す。黒髪は別に珍しくない。だから大丈夫だろう。
それに、師匠はあまり人に興味ない人だからこれ以上は聞いてこないだろう。
「ふぅん」
それだけ言うと窓の外に視線を向けた。ほら思った通りだ。
「座っといていいよ。少しだけだけど、本もあるから読んどいてもいいからね」
「……わかった」
師匠にそう言ってご飯の準備をする。うーん…そうだ! あれを作ろう!
早速決意した私はエプロンを着て料理していく。
二人分のご飯を作るのなんてイヴリンが家に来る時くらいで楽しい。
肉に野菜を切り、煮込んで温める。
調味料で味を調整して作ること約一時間。
「できたー! お待たせ、食べよっか」
「……これは?」
「ポトフだよ」
一口サイズに切ったゴロゴロ野菜はおいしくて、ソーセージの味も出ている。
ポトフにパンにサラダを用意して、ポトフを一口食べてみる。うん、温かくておいしい。
師匠の方を見ると、丁度ポトフを一口食べるところだった。
「どうかな? 味は」
「おいしい」
即答。即答を貰った。やった!
「よかった」
三百年前にはなかったポトフは今世の私の一番好きな食べ物だ。
でもポトフを知らなかったとは。もしかして外食とかあんまりしていなかったのかな。
黙々と食べる師匠がなんかかわいい。やっぱり子どもだからかな?
「まだあるからね。子どもなんだからたくさん食べなよ」
「……子どもじゃない」
いや実年齢は立派な成人ですけど肉体年齢は子どもですよ師匠。
でも知っている私はそこをスルーしておく。
「過労で倒れていたんだから、しっかり食べて栄養をつけないと。これは約束です」
「……約束」
「…ディーン君?」
ポツリと約束、と呟くと師匠は何か考えているように見える。なんか…間違えたこと言っちゃったかな…?
「どうしたの?」
「……いいや、何でもない」
努めて明るく尋ねるけど誤魔化された。
そして師匠はまた黙々食べ始めた。…約束。
もしかして、大切な人と何か約束していたのかもしれない。
私の死後から三百年経っている。その間に好きになった女性くらい一人や二人、三人くらいいるはずだ。その内の一人と何か約束していたのかもしれない。
…気になるけど、私は師匠の弟子であるレラじゃない。シルヴィアだ。だから深く聞くことができない。
もし知りたいのなら、まずはシルヴィアとして師匠と仲良くならないと。
…でもレラと教えずに師匠の過去の女性話を聞くのはなんか騙しているようで嫌だな。うん、やっぱりやめておこう。
「何が好きで、何が嫌いかあとで教えてね」
三百年で味覚の好みが変化しているかもしれないし、一応聞いておこう。
食事の後は片付けをした後は、師匠が持っていた荷物を見る。ううむ、全体的に少ないなぁ。
しかし、服が少ないのは見逃せない。
「これは買わないと!」
早速決意して食後の運動として師匠を連れて散歩する。
目指すは王都の中でも平民に人気な安さが売りな服屋さん。私もその店の常連である。安いのに長持ちするんだよね。
「これとこれと、これとかどうかな?」
値段を見て服を取り、師匠に見せてみる。正確なサイズまではわからないから目視で判断して服を師匠に渡し、師匠に最終判断を任せる。
「別にいらない」
「ダメでーす。数少ないんだから。三着は買ってもらうからね」
「じゃあ自分で買う」
「いいからいいから。私が買ってあげるから!」
すると師匠が眉をひそめる。食と住を提供してもらっているからか、衣服までは申し訳ないって思っているのかな。不測の事態に備えて十分貯金はしているから大丈夫なのに。
「これくらい買っても蓄えはあるんだから。だから大丈夫だよ。ねっ?」
ニッコリと笑う。絶対引きませんオーラを地味に流す。
そのオーラを感じ取ったのか、師匠は数十秒の沈黙の後頷いた。よし、勝った。
「…お前、お人好し」
「お人好しじゃないよ」
「…世話焼き」
「えへへ、そうかな~」
確かにレラ時代は王女なのに生活習慣の悪い師匠の面倒を見ていたな。世話焼き。違いない。
「…絶対、そのうち騙されて損する」
「じゃあ気を付けようっと」
そう言うとはぁっ、と溜め息を吐いた。なんで? ちゃんとまじめに聞いてますよ、師匠。
なぜか師匠の溜め息が納得できなかった。
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