無味ぃ〜
■無味ぃ〜
わたしたちが馬車から降りた場所は見知らぬ家の前だった。
「どこですかぁ、ここぉ?」
行きとは違う使用人の人に聞く。
コックにメイドに庭師に演奏者、クロエ君にはたくさん使用人がいるんだなぁ。お金がなくなったら雇ってくれないかな。毒味役として。
「こちらはクロエ様が、ニロ様、サティ様、アニス様のためにご用意したものでございます。クロエ様は皆様に大変感謝しておられました。そのお礼にということでございます」
彼女はわたしに鍵を手渡した。予備が2本もある。
こんなにいらないよぉ〜。
「家をプレゼントってどんだけ金あんのよ……」あきれ顔のサティ。
「もらえる物は貰わなきゃ損々にゃ!」アニスは喜ぶ。
んー、なんか忘れ物をしてる気がするけど、まぁいいかぁ〜。
お家の中は3人で住むにはかなり広い造りだった。あとなんか甘い匂いがする。うん、そこが重要だ。調べる必要がある。
「では、私はこれにて失礼いたします」
去ろうとする使用人にアニスが言った。
「いろいろありがとうにゃ! クロエ君によろしくにゃ!」
「申し訳ありませんが、それはできかねます。私の仕事はこれまでですので」
彼女はよく分からないことを言い残して去っていった。
仕事、辞めるってことかな?
まぁいいかぁ〜、あの人は友達じゃないし〜。
わたしは甘い匂いの元をたどっていく。行き着いたリビングに大量のお菓子があった。テンションがどかんと上がって、すぐさま手をつける。
「明日からどうしようかしらね」
サティがため息をつく。友達が結婚したのに、なんで憂鬱なんだろう。
「ロロ兄が結婚したから、冒険も大変になっちゃうにゃ」
「ねぇ2人ともぉ、はやく食べないとわたしがぜんぶ食べちゃうよぉ〜?!」
わたしはそう言いながらも食べ続ける。
「美味しいなぁ〜!」
どんどん食べる。
「甘ぁ〜い!」
休まず食べる。
次から次へと手を伸ばし、口に放り込んでいく。
「あれぇ〜〜?」
なんだか変だ。
おいしくない。
味がしない。
たくさん食べても、食べても食べても食べてもお腹いっぱいにならない。
お腹空いた。
深海で海獣が鳴いたみたいな音がする。
お腹が、ううん、違う。もうちょっと上。
胸がサワサワと痛む。
「ニロ姉……? な、なんで泣いてるにゃ?」
アニスの言葉で自分が泣いていることを知った。
「ニロ、どうしちゃったのよ? 悲しいの……?」
「ロロルぅ……」
お腹の中で、声がする。深いところから、わたしを呪うあの化け物の声がする。暗い森でわたしに囁いていた、あの声。でもなんだかいつもと違うような。
(思い出せ、ワタシに刃向かったあの小僧を。生意気にあたしに意見したあのガキを、思い出せ。アイツに会ったら殺してあげなきゃ。この子を泣かせたアイツをお仕置きしなきゃ。だって私はこの子の神だから。思い出せ、思い出せ、思い出せ!)
「あーーーーーーーー!」
わたしは椅子を蹴って立ち上がった。
「ロロルだぁ! ロロルだよぉ!」
「ちょ、何言ってんのよ。ロロルがどうしたの?」
「みんな腕を見てぇ! 思い出してぇ!」
3人はそれぞれ自分の腕を見た。薄くなってるけど、マナで文字が書いてある。サティに文字を教わってよかった。
忘れるな クロエは敵 仲間をとられてる
「そうだわ! アタシたち、闘いに行ったんだった!」
「やられたにゃ! ご飯振る舞われてノコノコ帰ってきたにゃ!」
手を足も出なかった。忘れた時用のメモも書いて、サティの防御魔法をかけてもらったのに。簡単に相手の術にハマった。
「今すぐリベンジしに行かなきゃだぁ〜!」
「その前に時間をちょうだい。さっきのよりもっと強力な防御壁を作るから!」
サティは片膝をついてマナを練り始めた。
なんでも出来て本当にサティはすごい。
しばらく待った。
「はいニロ。溶けちゃうから早く被って」
薄いベール状になったマナをサティがわたしに被せる。冷たい感触と共に体に溶け込んでいく。時間が経って蒸発するまでは敵の魔法を防げるバリアだ。
わたしはまた腕にマナ筆で文字を書き直す。サティと、あの人が文字を教えてくれたから書ける。
「すぐ行きたいところだけど、また忘れるわけにもいかないからね」
サティはまたベールの作成に取り掛かる。もうちょっと時間がかかりそうだ。
わたしは窓の外を見た。ジリジリと落ちていく夕陽が焦燥感をあおった。
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