とんぼ返り
◆とんぼ返り
「なに? 帰るとはどういうことだ?」
見張りを兼ねて剣の素振りをしていた太刀川は額の汗を拭きながら振り返った。
僕らは何度も謝り、行きと同じ馬車で王都へ引き返した。
馬の手綱をとる御者は、「こんな夜に危険だ」と断った。だがサティが魔物除けのトーチでデコトラよろしく馬車を彩ると、「ここまでできるなら……まぁいいか」と引き受けてくれた。お金もこっそり握らせた。お金でなんとかなるのならいくらでも出す。仲間のためなら。
でも思い出せないなんて。
不死身が1人、魔族が2人、メラニズムのエルフが1人……復讐者が計4人。
秘密だらけの僕らと行動を共にしていた人だ。大事な人であることは疑いがなかった。
「十中八九、クラフトの攻撃ね」
馬車の御者のすぐ後ろでクロスボウを構えながらサティは言った。御者には僕らの声はサティの魔法、【アウトーブザループ】の効果で風の音に聞こえるらしい。おかげで安心して話せる。
「記憶を消すなんて、恐ろしいスキルだな」
「そうね。どこかのタイミングで接触して、その時にやられたのね」
「でも思い出せないのにどうやって探すにゃ?」
「そうだよぉ、敵もさらわれた仲間もどこにいるか分からないんだよぉ?」
「でも妙ね」魔物がいたのか、サティが遠くの闇に何発かマナの矢を撃ち込んでから続けた。「アタシたちの記憶を消して、アタシたちの仲間を奪ってどうするっていうの? 始末する気なら……もしその気があったのなら容易にできたんじゃないかしら」
「たしかにそうだにゃ。つまりボクらのその仲間だけに用があったのかにゃ?」
沈黙の代わりに夜風が騒がしく吹き荒ぶ。
「僕のことをクラフトたちが覚えてないのも、その敵の仕業だったのかな……」
「だとしたらロロル、気をつけなさい!」
「えっ?」
「もしそうだとしたら、元より狙いはアンタ1人だったってことになる。アタシたちの仲間は、あくまで囮。アンタをどうこうするためのね」
「ロロ兄によっぽど怨みがある人間だにゃ……! にゃ?! ニロ姉が寝てるにゃ!」
「寝かしときなさいよ。ある意味すごいわ。どうせ分からないことだと分かって、さっさと寝ちゃうんだから……大物よ」
不思議だ。こういうやりとりの中に、その人がいたはずなのに、過去を思い返しても虫食いの写真みたいに抜けた箇所ばかりなのだ。
馬車内の会話は心なしかテンポが悪い。この写真を補完する手立てがあれば…………。
「あっ!」僕は手を叩いて立ち上がった。
ある。あるじゃないか。
「ニロ! ニロ起きてッ!」
「どうしたにゃ?!」
「ほら、あれだ! 僕ら5人が一緒にいた証明」つっかえてつっかえて、ようやく言葉が出た。「写真だよ!」
藻木のカメラで撮った写真がある。ニロがたまにお腹から出して眺めているやつだ」
「たしかに……! ニロ、起きなさい!」
「ニロ姉、起きるにゃ!」
3人に揺さぶられてようやく目を覚ますニロ。
「ふぇえ〜、3度の飯より好きな朝飯ぃ……ですかぁ?」
「違う違う! お腹!」
「今すぐ出すにゃ!」
「待ってぇ! いきなり下のお口触らないでぇ! 何を盗む気ぃ、お触り強盗ぉ!」
「そんな居直り強盗みたいに言ってないで、写真を出してくれ!」
「ちょっと待ってぇ! 写真は宿屋に置いてきてるのぉ……」
「なんでよ!? いつもなら持ってるでしょ!」
「だってぇ〜、今回はお腹開けちゃダメって言われたし……どうせ見られないなら持ってくる意味ないな……って部屋に飾ったのぉ」
たしかに、部屋にあったような気もする。
「ニロ、ごめん……」
「引っ張って悪かったにゃ……」
「謝るわよ……ゴメンね」
「えっへ〜ん!」
それから夜が更け、明け、昼になってやっと王都に戻って来られた。城門を抜けてすぐ、
「お待ちしておりました」
燕尾服を着た1人の男に声をかけられた。
「あなたは、誰ですか……?」
そう訊ねると、彼はしばらく悩んだ。
「わたくしは……使用人でございます。そう、クロエ様の使用人の1人でございます」
「クロエ君……」
「クロエってワスレナ花騒ぎの……。王都で知り合った記憶喪失の彼よね。そいつが実はクラフトだったってこと?」
「スキルを行使して、仲間を奪ったのがクロエ君……?」
彼がクラフトだったなんて。学校にいた頃の記憶を消されたのか?
「皆さま、お急ぎを。もう間に合わないかもしれませんよ」
馬車に乗るよう、彼は促した。
「行くべきだ」
写真を取りにいって思い出すより、助けに行く方が重要だ。
「そうね」
「行くけどコワイにゃ……」
「でも友達のためだよぉ。わたしは1人でも行くよぉ〜」
「僕らみんなで行けば大丈夫だよ」
僕らは意を決して馬車に乗り込んだ。
サティはそれとなくクロスボウを使用人の彼に向けていたけど、当の彼自身はうつろな目を泳がせているだけで敵意はゼロだった。アニスはグローブをはめていて、ニロはというと「着いたら起こしてぇ」と寝た。正真正銘の大物だと思う。
みんながいて、心強い。
僕を肯定してくれる。
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