恋敵
■恋敵
「そんなことがあったんだね」
黒江雪樹と名乗った彼はさわやかな微笑みを私に向けた。
ここは黒江の館の一室。つい先ほどまでみんなと一緒にいたのに、気がつくと私はここに移動していた。途中のことが記憶から抜けている。
「忘れたい過去だね」
私は驚いていた。まさか【忘却】のスキルが実在し、その所有者が自分の目の前に現れるとは夢にも思わなかったからだ。
しかし私は彼に見覚えはない。1年の奴隷生活で記憶が混濁したからか、黒江のスキルのせいなのかは判然としない。
「きみはそのラブレターの返事について、彼に確かめたいんだね。でももし本当だったらどうするの?」
もしあの罵倒の数々を、
『うん、僕が書いたよ』
あっさり肯定されてしまったら。
「また死ぬのかい? 周りを大勢巻き込んで」
黒江はテーブルに置いてあった私の剣を鞘から抜き、刃を眺めた。
私は質問に質問で返す。
「なぜあなたは、彼のことが?」
フェニではなく、賢木藤美としての問いかけだった。
「それは」黒江は遠い目をする。「なんだったかな、忘れてしまったよ。保留……ということでどうかな?」
「……………お好きに」
忘れた……とは、冗談のつもりなのだろうか。【忘却】のスキル持ちの彼は。
「ねぇ、きみは本当に死なないのかい?」
「ええ」
「そうなのか。そんなきみを葬るとしたらどうしたらいいのかな。墓に閉じ込めてしまうとか? 重りをつけて海に沈めてしまうとか?」
私は答えない。
「まぁいいや。ねぇ、同じ人を好きになったぼくらは、仲間でいいのかな?」
「いいえ」
これには、はっきりと答えた。
「恋敵です」
「そうか。つまり敵なのか。まぁぼくもきみには消えてもらいたいと思っていたよ」
「私の方が彼のことが好きです」
黒江は短剣から私の顔へと、ゆっくりと視線を流した。
「そうかい? これはもしかしたら、ロロル君を消してしまった方がいいのかな」
彼の手にした剣に、私の顔が映り込んだ。
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