「    」



◆「     」



 朝早くから、騎士団専用の馬車に揺られていた。

 時折り飛び出してくる魔物に進行を止められながらも、順調にダンジョン、『摩天楼の森』へ向けて一行は進んでいく。

 騎士団だけなら馬に騎乗して、半日でダンジョンに着くようだけど、僕らのためにわざわざ速さの劣る馬車を用意してくれたらしい。ダンジョンのレクチャーや、移動手段の提供と、まさに至れり尽くせりだ。

 ラベンダーさんは、

「ミッちゃんてば、ロロルんのことよっぽど気に入ったのね」

 と言っていた。

 太刀川がミッちゃん呼ばわりされていることはさておき、太刀川が僕のことを気にかけているって? なぜ。また「特訓」と称して僕をいじめるつもりか?

 もしそうなら、今度こそはぶっころころすることになる。この前のギルドの訓練場のようにはいかない。

 僕のあのスキルを使って、いちころだ。


 日がどっぷりと暮れた頃、僕らはダンジョンの前までたどり着いた。

「ここだ」

 さして広くもない野原だった。休憩所の小屋がいくつかと、馬屋やら、井戸やら、生活の設備が整えられている。

「あれが入り口だ」

 野原の中央に大きな扉があった。ピクニックボックスの時と同じだ。普通、扉というのは建物に面しているはずの物なのに、その扉はそれ一枚だけで立っていた。前にも後ろにも何もない。だけど中は全く別の空間。

「すごいねぇ〜、ミノタウルスのお家のドアみたいだねぇ〜」

「ダンジョンの扉としては小さい方よ」

「ボク、ダンジョン初めてだから緊張するにゃ!」

 ダンジョンの中には各国の騎士団や、それに準ずる戦闘集団、ギルドのハンターたちぐらいしか入らないと言う。

「ダンジョンに入るのは明日だ。ゆっくり休んでくれ。だが警戒は怠らないことだな。ダンジョンの周囲は魔物が多い」

 太刀川が団員に指示を出すかたわら、僕らに言った。

「あの扉から魔物がコンニチワしてくるにゃ?」

「いや、外にいる魔物は扉の周辺にある魔空孔からポップして来ているんだ」

「まくぅこぉ〜?」

「扉以外にダンジョンと外とを繋ぐ穴のことだ。まぁ魔空孔に関しては中から外の一方通行になっているがな。中にいるやつらはコアが随所に出現させている」

「冒険者なら常識よ」

「それから……なぜかヒトのつがいも発生するんだが、アレは一体……」

「カップルめ。困ったもんよ、ホントにさ」

 サティと太刀川、その点では気が合いそうだ。

「サティはダンジョンに入ったことがあるの?」

「もちろんよ。アタシのレベルくらいにもなれば何回もね!」

(ホントは村のやつらに放り込まれただけだけど)

 騎士団と僕らで休憩所を1つずつ借りて、夕飯の支度に取り掛かった。

 騎士団の人たちが交代で見張りをするとのことだが、そのローテーションに僕らも入れてもらった。さすがにそれぐらいはしないと悪い、太刀川以外の騎士団の方に悪い。

「ねぇねぇ、あの人たちに魔物の丸焼きあげようかぁ?」ニロが言う。

「ダメよ。アタシらの荷物に魔物なんてなかったでしょ? いい? 何度も言うようだけどこの遠征中アンタは絶対にそのお腹の口を閉じてなさいね!」

「お口にチャックねぇ。あ〜不便だねぇ。ねぇ?」

 妙に強くニロが迫る。

「あぁ、ニロの奈落がないと不便でしょうがない」

「えへへ〜」

 ニロ、ご満悦。この遠征ではレインコートの下にシャツを着ていた。

 荷物はリュックの中に入れていた。

 遠征用の出費は少なくなかったけど、今後のことを考えればいつかは必要になる物だった。それにそんな出費と比べてもダンジョンに入るのは有意義なことだとサティは言った。

「前も言ったけど、有名なダンジョンハイカーになれればお金になるからね。でも…………」

「なに?」

「ダンジョンには魔物以外にも、沸き出るからね」

「何が出るにゃ?」

「ナンパなやつらよッ……! チャラチャラしちゃって。ナメるなダンジョン!」

「…………なんかコワイにゃ」

 よっぽど嫌なんだな……。

「アニスも気をつけなさい。「おれが守ってあげるよ」なんて言われても絶対にときめいちゃダメだからね? そんなやつがいたらとりあえず一撃かまして、その言葉が真実か確かめなさい。いい? 分かった?」

「あ、うん。はいです……にゃ」

 アニスはヒートアップするサティの腰のポーチから、お皿などの新品の食器を取り出し、テーブルに並べていく。

「アニスもここでは、死体を操るネクロマンシーは使っちゃいけないよ」

「うん、分かってるにゃ。……あれ? にゃにゃ?」

「どうしたのぉ、アニスぅ?」

「おかしいにゃ。なんかさっきから物が1個ずつ余るんだにゃ」

「余る? 予備に買ったんじゃなくて?」

 遠征用の備品を揃える時、僕は太刀川と南西通りにいたから、何を買ったかを細かくは把握していない。

「そうだったかにゃ……? ねぇサティ姉————」

「ダンジョン内で婚活とかすんなっての! 見た目ばかりで使えん装備に身を包んじゃってさ。しかも! 挙げ句の果てには香水なんてつけちゃってさ! ぷんぷんさせちゃってさ、ぷんぷんなのはこっちだっての!」

「ロロ兄……サティ姉が発火してるにゃ。鉄も打てそうなほど熱いにゃ……」

「自然に冷めるのを待とう。ん? こらニロ、ご飯前になに食べてるんだよ」

「なにってぇ〜、りんご飴だよぁ。ロロルが買ってきてくれたやつだよぉ」

 ニロが真っ赤なりんご飴を舐めている。

「ニロ姉、あの日すぐ口に入れてガリガリ噛んでたにゃ?」

「それ……お腹から出したんじゃないの? ダメだって言ったろ……」

「とぉ……思うじゃないですかぁ? 実は余ってたやつをぐるぐる巻いた髪の毛の中に隠してましたぁ! 皆さん、この中で今日のわたしのかんざしが一本多いことに気がつかれた方はぁ〜? はいっ、挙手ぅ!」

 誰も手を上げなかった。

 みんな、互いを見渡す。

「なんかさ……」

 なんか————、

「変だよね」

「変だにゃ」

「変ね」

「変じゃないよぉ! わたしの髪型をみんなしてバカにしちゃってさぁ。ねぇ? 変じゃないよねぇ? ねぇ————」

 ニロは誰も座っていない椅子を振り返った。

 そうだ。

 変だよ。

「1人、足りない」

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