VSシローネ



◆VSシローネ



「今日は嘘ばっかり言ってきたけど、Dランクハンターってのはホントだよ?」


 シローネはフェニと同じように2本のダガーを構えた。刺突の他、投げることに向いているナイフのため、何本か携行しているようだ。


「キミはFランクでしょ? ワタシに敵うわけ————」


 セリフが言い終わらぬうちに、フェニの刃はシローネの喉元へ。シローネは身を引き、ダガーで攻撃をいなした。


「なるほど」


 シローネはまた自身に浮遊のスキルを使ったらしい。本当なら後ろに倒れるはずの姿勢から身を捻り、フェニに横から回し蹴りを浴びせた。


「素人にしては灰色魔法が上手だね。でもそれじゃダメ。ここはワタシが用意した。アドバンテージはワタシにあるってこと。はい、終わり」


 蹴りにより体勢をくずしたフェニは、何を思ったのか、横に大きく跳んだ。直後、彼女がいた場所にサッカーボールサイズの岩が落下してきた。


「ハハッ! すっごいじゃん!」シローネは心底驚いていた。「今のを避けるなんてさ」


「先ほど『魔物たちを浮かせてある』と言いましたね。入念に計画を練る性格のあなたなら、罠があってもおかしくないなと」


「よく上から来るって分かったね」


「あなたは物を浮かせるだけで、その後に自由に操作することはできないのでしょう? できたら崖のふちに浮かせた彼を手で引っ張らないし、彼の太ももに刺した刃物も、浮かせた後にまた脚で押したりしないはずですからね。ですから罠は、上から落下させるタイプだと推測できます」


「フン」シローネはつまらなそうに鼻を鳴らした。


 どうやら図星のようだ。フェニはこの短時間で相手のスキルを見抜き、そして瞬時に罠の種類を突き止めた。恐ろしく頭が回る……。僕は動けない体に鞭打って首を捻った。洞窟の天井にはたしかにいくつもの岩が浮いていた。


「まっ、だからナニってカンジだけどさー」シローネは余裕そうに笑った。「Dランクにもなれば身体強化魔法なんて必修科目だよ」


 上から岩が落ちた。僕でもフェニでもなく、シローネの上に。

 彼女は僕らに背を向け、ふわりとトンボを切った。オーバーヘッドキックの要領で蹴られた岩はインパクトの瞬間に砕け、細かい石のツブテとなってフェニへと飛んでいく。


「うぐッ!」


 回避行動をとったフェニだがいくつか石の直撃を受けてしまう。ダメ押しで飛んできたダガーが彼女の太ももに刺さる。出血も厭わずフェニはそれを引き抜いて立ち上がった。


「すごい根性じゃん! 恋人のためなら頑張れるってことね。泣かせるよ」


 シローネは薄ら笑いを浮かべたが、それもフェニの傷がたちまちふさがるのを目の当たりにすると驚愕の表情へと変わった。


「なんなのそれ! 魔法じゃない。ということはまさか……!」

「そうです。私もクラフトですよ。最も、不名誉な転生者ですが」

「つまり、それって————」突如としてシローネは大笑いした。「何度もキミを痛めつけられるってことじゃないの!」


 なんてやつだ。フェニが死ぬことはないが、何度も傷つけられるのを見せつけられるなんて耐えられない。さっさと僕も死んで回復し、加勢しなければ。


 そばに刃物がある。シローネが僕に刺したダガーだ。あれに手が届けば自刃できる。

 しかし動くのは指先だけで、腕の方は鉛のように重かった。毒を消さなければ。

「とど……け! 動けよ」悪態をつきながらシローネお手製の毒と闘う。


 また岩が落下した。僕はフェニたちに目をやる。

 フェニは上からの岩を警戒しながら、シローネが蹴り飛ばす石のツブテにも注意しなければならなかった。しかし攻撃はさばききれない。


 フェニは避けるのから一転、シローネに向かい一気に距離を詰めた。


 どうせダメージを受けるのなら————そう思ったんだ。

 それはシローネも同じだった。


「不死身であることがワタシに勝てる理由にはならない」


 地面を力強く、そして素早く蹴っていたフェニの足がすくわれた。一瞬で宙吊り状態となってしまう。まさかシローネは、フェニの足だけを浮遊させた?!


「屠殺される鶏と同じ格好だよ? かわーいー」


 シローネはフェニに急接近した。斬撃を防ごうとまだ自由のある両手を動かしたフェニを出し抜き、間合いの外から得物を投げた。予想外の攻撃を防げなかったフェニの胸に深々と刺さるダガー。

 フェニはうめき声を一つあげ、助けを乞うわけでもなく、ジッとシローネを見つめた。


「キミたち反応薄いからツマンナイなー。じゃあ遊びは終わりにしよっか」


 そうだ。もう終わりにしよう。


 フェニを見下ろすシローネ。僕は彼女にダガーを投げた。


「なッ!?」


 惜しくも刺さりはしなかったが、シローネの腕に擦り傷をつけることができた。


「君が仲間を失ったのには同情するよ。でもそれはフェニを傷つけていい理由にはならない。君は僕の怨みを買った」


 毒の完全浄化は成功した。


「まさかオマエも解毒草を持ってたのか?!」


「持ってなんかないよ。でもそこらじゅうに生えてるじゃないか」


「ワスレナ花がなんだよ」


「ちゃんと調べたんじゃないの? ワスレナ花には記憶を癒すほかに解毒の作用もある。でも知らなくても当然か。君にとってはクロエ君の恋人と嘘つくため、『記憶に効く』ことだけ知っていればいいもんね」


 僕はワスレナ花の効能を思い出し、自刃より先に解毒を優先した。幸い口は動いたから、咀嚼して飲み込むことは可能だった。毒を治してから、首を切ったのだ。


「薬物作りが十八番とか言っておきながら、とんだヘマをしたね」


「そう?」シローネはニヤリと笑った。「じゃあこれでも問題ないね?」


 シローネが足元に小瓶を投げて割った。直後、あたりに赤黒い煙が立ち込める。視界がゼロになった。勝ち誇った声が頭上から降りそそいでくる。


「このガスもワタシ特製だよ。麻痺に加えて内側から焼けるような痛みもあるでしょ? ワタシは吸ったことないけどさ。そのガスは空気より重いからこうして高みの見物ができるんだ。命乞いしたら次の復讐のステップに————」


「たしかに良い毒だねコレはッ!」


 うるさい声をかき消すように、滞留したガス溜まりの中から言った。

 毒は先程のものとは比べ物にならない凶悪な効果だった。


 復讐するのなら自分も刃を向けられる。その覚悟しなければならない。

 どこで怨みを買うか分からない。なるほど、良い経験だったな。


「ちょっと! 何したの!? 沈んでいってる……! 落ちていく! ワタシのスキル【浮遊】が弱まってる! なんで! どうして!?」


「それは僕が『少しずつスキルが使えなくなる呪い』をかけたからだよ」


 蘇生後、何かされる前にあらかじめかけておいたのだ。


「最期に道連れにしようってわけね!」

「最期だなんてとんでもない。僕はこれからたくさんのクラフトたちに復讐していく。僕もね、フェニと同じ不死者なんだよ」


 痛っ、とシローネが小さく漏らす声が聞こえた。

 フェニが落ち着いた口調で告げる。


「あなたの足に傷をつけました。たっぷり吸う前に、少し味見してもらいましょう」


「ああっ、やだ、やだやだやだやだ!」


 足の傷がガスに触れたらしい。シローネの絶叫が洞窟に響き渡った。

 まるで魔物の咆哮だ。


 苦痛によりスキル継続ができなくなったのか、シローネは地面に落下した。僕とフェニはシローネのわきに立ち、ジッと見下ろす。


「ガハッ! がッああァ!」


 苦しみ悶えながらシローネはワスレナ花を貪り食った。彼女のポーチからガスマスクが落ちる。慌てて目に入ってないらしい。


 僕はそれをフェニの顔に当てがった。フェニが言う。


「このガスが晴れるまでは苦しんでもらいますよ」


 次はフェニが僕の顔にマスクを当てがった。


「これは激痛を呼ぶ猛毒だけど致死性はないんだろ?」


 また呼吸する番をチェンジ。


「さっき次のステップだとか言ってましたからね」


 シローネはダガーを手にした。阻止する。


「自害なんてさせないよ」


 二人がかりで押さえつける。


「アアアアァァアアアアアア!」


 今際の際に立たされた人の力は恐ろしいもので、シローネは僕ら2人を押し退けて走り出した。「崖かラ下へ飛べバッ! 遠クへ行ケばッ!」まさに死に物狂いだった。


 でも忘れたのかな。もうスキルは使えない。絶壁からスキルなしで飛んだら彼女も命はないのに。


 トドメをさしたい。でも追いかけようにも、僕らの体は動かない。


「死ネぇぇエェヤぁァァッ!」


 高い音がした。地面に何か硬いモノが跳ねたような音だ。


 ガスの中、突然目の前に光の球が現れた。ダンジョンコアだ。

 シローネが蹴ったのかもしれない。ともかく僕はコアの直撃を全身に受けた。


「カズ君!」フェニが手を伸ばす。


 吸い付くような感覚だった。僕とフェニはまさにコアと一丸となって転がった。崖へと投げ出される。一仕事おわった安堵と毒による激痛のせいで少しも抵抗できなかった。


 コアを抱え、2人で落ちていく。


 洞窟の地面に落下したその刹那、僕らは光の奔流に飲み込まれた。


 その光はマナの光だった。


 体が膨れあがり、はじけ、はじけたものがまた膨らみ、またはじけて……。

 その時、懐かしささえ覚える声を聞いた。あの不親切で自堕落な響きの。


「げー! なによこれェ! ダンジョンが壊れるなんてありえないってのー!」


 声の主は、あのグータラ女神だった。

 


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